第17話 縋る者
「やってしまった……」
先程までこの部屋にいた純のことを思い出しながら、夢花は自室のベッドの上で悶えていた。純を追い出した後、冷静になった夢花は後悔していた。
「やっぱり、私イライラが溜まってたんだ……」
ここ最近の疲れが大きくたまり、夢花は限界寸前だった。決定打となったのは午前中の用事だった。
純には最初は優しくダメ出しをするつもりだった。2か月を切ったとはいえ、まだ私がしてあげられることがあったから。だけど、全く危機感を覚えてない純を見てついに怒りが抑えきれなかった。
「自分だけ楽しそうに女の子とおしゃべりですか」
午前に入っていた用事を終え、家に帰宅しているとき、美人の女性が純の隣を歩いているのを目撃した。紗弥加さんを振っておいて、自分は違う女とおしゃべりですか。と夢花は内心思っていた。
夢花から見ても紗弥加と純はお似合いだと思っていた。だから、紗弥加の告白を純が断ったと聞いたときはひどく驚いた。純が憧れている、うすいさち先生に会いたがっていることは知ってはいたが、紗弥加のことを振ってまでとは思いもしていなかった。
(Vtuberなんて顔を出していないんだから、どんな人か分からないのに……)
素直に紗弥加と付き合ってしまえというのが夢花の本音だった。くだらない幻想を抱くくらいなら目の前の紗弥加と交際する方がよっぽど良い。
夢花は迷っていた。純が小説家を目指していることは知っていたが同時に純には才能がないことも分かっていたからだ。応援してあげるべきなのか、現実を見させるべきではないのかずっと悩んでいた。
かつて夢花には純と同じように小説家になりたいと言ってきた友人がいた。その子に対しても純と同様現実は甘くないことを分かってもらうためにわざと厳しく評価した。
『なんでそんなひどいことを言うの……夢花なんて大っ嫌い』
仲が良かった友人がいなくなるのは早かった。夢花はただ現実を知った上で乗り越えてほしいと思って厳しく評価した。自分がやろうとしていることはそれほど難しいんだと分かった上で。そうしないとこの先簡単に挫折してしまうことになるから。でも、それが1つの友情を壊すことになるとも知らずに。
先月、純から次の新人賞で一次審査を突破しなければ小説家の道を諦めることを聞いた。最初は手伝う気は夢花にはなかった。小説家を目指さない方が純のためになると分かっていたからだ。厳しい試練は今回を乗り越えたとしても今後何回も襲ってくる。だったら最初の段階で諦めた方がよっぽど気持ちが楽だと分かっていたからだ。
けれど、夢花は頑張って小説を書いている純の姿を見るのが好きであった。だから、純が書いた小説を毎回貰って読み込んでいた。純が小説家を目指すべきではないと分かりつつも、いつか頼ってきたときに助けてあげられるように。
自分のことではないのに何故夢花は純を応援するのか。それは、夢花自身も人には言っていない夢があったからだ。才能がないのに諦めきれていない夢がある。だから、同じような夢を持つ純のことを応援してあげたいと思った。自分が嫌われてもいいから。
『どうですか、先輩。私のこと嫌いになりました?』
厳しい評価をぶつければ過去の友人のように自分のことを嫌いになってしまうかもしれないと思った。けど、辛い現実を知って諦めたらそれ以上純が傷つくこともないし、諦めなければ見込みがあるかもしれないと思ったからだ。
でも、純の眼は死んではいなかった。だから夢花は使える時間をすべて純のために使うことにした。睡眠時間と文化祭の準備時間を削ることで、純のための時間は作れた。
それでも、上達するには程遠かった。このままでは間に合わないと思ったが、純が頑張っているのなら最後まで全力で付き合ってあげようと考えていた。例え無駄だったとしても最後に純を褒めてあげられるように。
「なんで先輩はそんなに平気そうにしてるんですか。私なら耐えられないですよ。時間もないのに、評価が得られない、自分に力がないのが嫌になります」
ベッドに置かれている枕を顔に押し付けながら胸にしまっていた言葉を吐き出していく。
「先輩の横にいたのが、遥夏さんでも紗弥加さんでもなく私でもない。なのに、なんであんな風に楽しいそうな、喜んだ顔をしてたんですか」
夢花は恋をすることができない。未だに過去を引きずっているから。だから純も友人としては好きでも異性としての好意は抱くことはなかった。けれども、楽しそうに歩く純を見て何故か胸がチクチクした。
「先輩は小説家になること、うすい先生に会うこと、私たちといることより、その人といることの方が良いんですか」
気がつけば昨日洗濯したばかりの枕は湿っていた。
「最低だな私。こんな自分勝手な理由で先輩を追い出しちゃって。私のことこれで本当に嫌いになっただろうな」
もはや起きる気力さえなくなりそのままベッドの上で眠った。けど、1時間もしないうちに再び夢花は起き上がった。
「いつまでもくよくよしてられない。他人の評価なんて私には関係ないでしょ。あの人にもう一度会えるのなら他には何もいらないんだから」
夢花はペンタブを持って描き始めた。あの人に会う唯一の方法がそれだと知っているから。夢花の初恋の相手に。
服で目を擦りながらも、液晶が涙で濡れようとも、他人に自分の作品が汚されようとも、純が夢花を嫌いになろうとも。あの人に会えればそれでいい、その存在こそが夢花を動かしている。
集中して描いていたせいか、閉まっていたはずのドアが開いていることに気づくことはなかった。
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