2部 トリガー

第11話 嵐の前の静けさ

「純、大丈夫? 最近疲れてるように見えるけど?」


 夏休みが近づいたある日、教室でぐったりしている純のもとへ遥夏が心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫、大丈夫」

「本当? 体調が悪いんだったらすぐに言ってよ」


 別に体調が悪いわけではない。純がぐったりしているのは全くの違う理由だった。


「その様子だとがっつり絞られたか」


 純の前の席である龍樹が椅子に座りながらこちらを振り向いてきた。


「ああ、柳井さんがあそこまで本気を出してくるとは思わなかったよ」


 純が夢花との協力関係を結んでから1週間が経った。夢花の提案でプロットが完成するまでは原稿を書き始めないことになった。純は毎日のように物語の世界観を考え、どんな風な話にしてどのような結末にするかを書いた紙を提出していた。だけど、今のところ採用されたものは一つもない。


「正直舐めてたのかもしれない。小説家になるのは簡単だって」


 この1週間で嫌というほど思い知らされた。純はとんでもなく楽観視をしていたと。


「それに気づけただけでも良かったんじゃないか?」

「ああ、このままいつも通り挑んでたら間違いなく落選してただろうね。柳井さんには感謝しなきゃ」

「ねえ、私にも協力できることはないの?」

「う~ん、今のところはないかな」

「え~そんな~」


 純は義父とケンカしたときは紗弥加に、執筆のお手伝いは夢花と、遥夏だけ純の手伝いができないことにやきもきしている様子だった。


 人には適材適所というものがある。遥夏では純が直面した2つの問題は解決できないと踏んだからこそ、相談しなかった。逆に言えば遥夏の力を借りたいときも出てくるだろう。その時は全力で力を借りることにする。


「何かあればすぐにお願いするから」

「絶対だよ」


 純は苦笑いだけして、またプロットの制作に移った。今日も夢花に提出しなければならない。


「は~い、HRホームルーム始めるよ」


 担任の先生が教壇に立つと、先ほどまで騒がしかった教室が一瞬にして静かになる。いつもの純のクラスであればすぐには静かにならないのだが、今日は違う。一分一秒も惜しいと多くの人が思っているからだ。


「じゃあ今日は先日言った通り文化祭の出し物を決めるぞ」


 純たちの高校の文化祭は9月の3日と4日の2日間で行われる。始業式が9月1日であり、2日後には文化祭が始まるため、夏休み中に準備をほとんど終わらせておく必要がある。


「何かやりたいものがあれば挙手してくれ」


 お化け屋敷、喫茶店、縁日、演劇など、生徒一人一人が思い思いに案を出していく。一つの案が出れば、その度に否定意見が出てくる。


 「演劇は3年生がやるみたいな慣習があるからうちらは違うものやらない?」「喫茶店とか他のクラスト被りそうだな」「それをいったらお化け屋敷もじゃないか?」「店やりたいなら別に縁日でもいいんじゃないか?」


 結局、めんどくさくなった担任が多数決を取り、純たちのクラスは縁日をやることになった。


「では、このクラスは縁日をやるということで学校には提出しておく。来週までにどういうものをやるのか具体的に決めておいてくれ」


 担任がいなくなると、クラスの陽キャと呼ばれる人たちが集まり始め、具体的な案を相談し始める。純は立ち上がろうともせず、ぼーっと彼らの様子を見ていた。同じく、席から動かなかった龍樹がこちらを向いて話しかけてくる。


「純は、混ざらなくていいのか?」

「いや、行かないって。行ったところで何も言わないで終わるんだから決まるのを待ってた方が良い」


 純が何かを発言したところで大した効力は持たないのが目に見えている。だったら大人しく待っていた方が無駄な体力を使わずに済む。


「珍しいな、遥夏がああいうのに混ざらないってのは」


 遥夏は純たち陰キャ組というより、どちらかといえば陽キャ組だ。だから純は遥夏も積極的に参加するものだと思った。


「別に混ざってきてもいいんだけど、純や龍樹たちとしゃべってる方が楽しいからね」


 龍樹とは小4から、純とは中学からの付き合いの遥夏は他の友人たちと比べ優先順位が純たちの方が高い。中学時代の修学旅行の班決めも純と龍樹の様子を窺っていたぐらいだ。


「……それに私この夏忙しいんだ」


 龍樹には聞こえないように純の耳元でそっと囁いた。


「いくつかの作品のオーディションに受けなくちゃいけないし、収録のスケジュールも抑えられてて夏休みあまりないんだよね」


 人気のある声優はどうやら忙しいご様子。遥夏が彼らの話し合いに参加しないのも納得の理由だ。文化祭の準備を夏休み中にしなければならないのに、意見を出した遥夏が不参加というわけにもいかないから。


 遥夏の正体が出雲真衣という声優だとクラスのみんなが知っていれば、考慮してくれるかもしれないが純を除いて知っているものはいない。当然龍樹も含めて。


「なに2人で話してるんだよ。俺にも聞かせてくれよ」

「フフフ、内緒」

「ひどいな遥夏は」


 今度は純が龍樹に聞こえないように遥夏の耳元で話しかける。


「なんで龍樹には言わないの? 付き合い長いんでしょ?」


 遥夏は龍樹の顔を一度見てから笑って「絶対にバカにしてくるから嫌」と言った。龍樹にも聞こえる声で。


 それを聞いた龍樹は「なんだが知らんがひどい言われようだな」と笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る