第4話 会ってみたい人がいる。
―――3年前
母親を亡くしたことの傷が癒えず、誰とも関わりを持ちたくなかった純は学校でも教室の隅にいて大人しく過ごしていた。
元々純はこの町で生まれて生活していたが、母親の再婚を機に違う町に引っ越し、母親の死をきっかけにこの町にまた戻ってきた。
転校してきたばかりで友人がほとんどいない。初めのころは母親を亡くした哀れな子みたいな感じで話かけてくる人たちはいたが、長くは続かなかった。
人と関わることが嫌だった。「大丈夫?」や「元気出して」なんてただの気休めでしかない。そいつらは母親が今も元気だからそんな言葉が言えるのだ。だから誰とも話すことはなく無視を続けていた。
そんな態度をとっていれば数日もしないうちに話しかけてくる人はいなくなった。ただ一人を除いて。
「なあ純」
「何か用?」
純が徹底した無視を貫いても毎日のように話しかけてきたのは龍樹だった。龍樹は純の幼馴染で引っ越すまではいつも一緒に遊んでいた友人だった。
龍樹だけは何度言っても純から離れようとはせず、今日も懲りずに話しかけてくる。
いくら追い返しても近づいてくるので純はいつの間にか追い返すことを諦めていた。
「お前Vtuberって知ってるか?」
「配信で、人じゃなくて、アニメみたいなキャラがしゃべってるやつのこと?」
「そうだ、それそれ」
「それがどうかしたの?」
「お前にオススメのやつがいるんだよ」
龍樹は1人の名前が書いた紙を寄こしてきた。
「誰かにオススメするときってさ、普通その人の動画を見せたりするもんじゃないの?」
「いや、この人今日の夜が初配信なんだ」
「今日なの?」
まだ配信をしたことがないのにどうして龍樹はオススメしてくるのか疑問に感じた。そんな質問は受け付けないという龍樹の圧が凄かったので渋々と名前の書かれた紙を受け取った。
「とにかく、絶対見ろよ。明日感想聞くからな」
Vtuberというものには興味はなかったが、見なかったらあの龍樹だ、見るまでずっと言ってくるに違いない。
見た上でつまらなかったって言えばもう言ってこないだろう。そう考えた純はその人の配信を見ることに決めた。
その夜、龍樹のオススメの人の配信が始まる時間になったので、You○beを開き、配信が始まるのを待っていた。数分するとBGMが流れ、声が聞こえ始めてきた。
目の前に広がったのは画面に映っているキャラが小刻みに揺れて、まばたきをしたりしている。
「初めまして~、私今日からVtuberとしてデビューします、“うすいさち”って言いま~す」
画面に映って自己紹介をしたのは青髪のロングヘアーの女の子だった。(あっ、かわいい)というのが第一印象だった。
Vtuberというものはイラストが画面に置かれてしゃべるだけだと思っていた純にとって、言動に合わせて顔や体が揺れたり、表情が細やかに変化したりしているのが衝撃だった。
そして何より、うすいさちの声を聴いているととても安らいだ。うすいさちの声が直接心に響いているようで荒んだ心が洗われるような感覚だった。
この日から純はうすいさちの配信を欠かさず見ることが日課になった。
*
この日の出来事は今でも覚えてる。うすい先生に出会ってから、暗かった感情が薄れていき、学校でも笑顔を見せられるようになった。
(配信は30分後か……)
古参のファンとしては配信は極力生で見ることにしている。それにうすい先生の配信を見れば、義父のケンカで高ぶってる感情を和らげることができると思った。
このまま義父と話してもまたヒートアップしてケンカしてしまうのが目に見えている。だから、“うすいさち”の声を聴くことで落ち着きが取り戻せると思ったのだ。
ただその一方で義父とのことは誰かに相談はしておきたい。落ち着いたところで解決策がなければ意味がないからだ。
電話出るかな? っと思いながらある人物に電話を掛けると5コールぐらいでつながった。
「もしもし、どうかしたの? 純くん」
「今、大丈夫ですか?」
電話に出たのは純のバイトの先輩である
「……今かぁー、うん、大丈夫だよ。あああ‼」
電話の向こうで何かが大量に崩れ落ちたような音が聞こえてきた。
「大丈夫ですか? 忙しいならまた今度でも」
「ううん、気にしないで大丈夫だから」
大丈夫なような気はしなかったが、何事もなく話そうと紗弥加がしていたので気にせず電話を続けることにした。
「ただ、このあと予定が入ってるから20分ぐらいしか話せないけど良い?」
「はい、大丈夫です」
「それで急に電話かけてきてどうかしたの?」
「実は義父さんに小説を書いてることがバレちゃって……」
純は義父に小説家を目指していること、そしてその夢を否定され、ケンカしてしまったことを説明していった。
「すみません、紗弥加さん。昨日の今日で相談に乗ってもらってしまって」
「純くん、私言ったじゃん、昨日のことは気にしなくていいから、今まで通り接してほしいって」
「でも……」
「私はこうして純くんと話せることは本当に楽しいんだから、それがなくなったら、その方が私耐えられないよ」
純は昨日、バイト帰りに紗弥加に告白をされ、それを断ってしまっていた。
紗弥加とは純が一年前に柳井書店でバイトを始めた時からの付き合いであり、慣れない仕事を丁寧に教えてくれたりと面倒をよく見てくれていた。
純は基本的に女性のことは名前で呼ばず苗字で呼んでいる。紗弥加のことも知り合った頃は『榎原さん』と呼んでいたが、紗弥加の方から下の名前で呼んでと言われてからそう呼ぶようになった。
紗弥加とは年齢が3つも違うが、あまり壁を感じさせない。誰とでも親しくなれ、それでいて誰にでも優しく、気配りができる人だ。近所で有名な大学に通えるほど頭も良い。ただ、かなり天然であることが玉に瑕である。
ただ、そんなギャップもあってか、高校時代から学年を問わず人気があった。大学生になった今でも色んな人に告白されているけれど、今まで誰かと付き合ったということはないらしい。
だから、告白してきた数多の人を選ばずに純のことを好きだと言ってきたときはひどく驚いた。
告白を断ったと言っても、紗弥加のことを嫌っていたわけではない。むしろ惹かれていた。好きかと言われたら好きなのではないだろうか。だから、紗弥加の告白を受け入れるのも悪くはないと思っていた。
だけど、純はその選択を選ぶことはなかった。他に好きな人がいるというわけでもないのに、心の奥深くで顔が浮かばない誰かのことが過ってしまった。
もし、この告白を今すぐに受け入れたら二度と会えないんじゃないかって。その時は誰のことかはすぐには浮かんでこなかった。
だけど、今考えれば、うすい先生のことではないかと純は考えていた。
そんな身勝手な考えでせっかく告白をしてきてくれた紗弥加のことを傷つけてしまったと罪悪感を感じていた。
でも実際は紗弥加はショックなどは一切受けていなかった。純は小説家を目指すことは紗弥加に伝えていたし、何故小説家を目指すのかも聞いていた。まるで最初から断られるのを見越していながら紗弥加は告白をしているようだった。
「とにかく、この話はお終いだよ。今は純くんの今後について話さなきゃいけないんだから」
時間が限られているため、いつまでも昨日のことを引きずってはいられない。もし、小説家を諦める羽目になったのなら、紗弥加の告白を断った意味がなくなるのだから。
「それで、確認だけど純くんはどうしたいの? 小説家目指すの辞めようと思った?」
「ううん、辞めたくない」
「ならそれでいいんじゃないの? 本当にやりたいことがあるなら親の反対ぐらい押し切らなきゃ」
紗弥加の言葉は力強かった。紗弥加も声優になることを目指している。両親に反対されても諦めることはなく、今も家を飛び出して声優になることを諦めてはいない。
「僕もね、義父さんの言うことなんて無視しちゃえばいいと思ったんだ。だけど、僕は義父さんに養ってもらってる。だから、家を飛び出してもお金がなくて一人暮らしなんてできない」
一人暮らしにかかる費用は馬鹿にならない。家を飛び出してしまうなら仕送りなんてもちろんない。純一人で稼がなければいけなくなる。そうすれば、アルバイトに費やす時間が増え、執筆なんてする時間が減ってしまうことは予想がつく。
「それにね、血は繋がっていないとはいえ、あの人は僕の義父さんなんだ。だから、このまますれ違うのもなんか嫌なんだ」
母親が亡くなった時、この町に戻ってこようと提案したのは義父だった。あの町に居続けるより、実の父と母と暮らしたこの町の方が純にとって良いだろうと思ってのことだった。
純もそのことには内心気づいていた。血は繋がっていないけど、あの人は自分の父さんだって。だけど純は素直になることができず、先ほどのケンカで言いすぎてしまったと後悔していた。
「ならやることなんて1つしかないんじゃない?」
義父に小説家を目指すことを認めてもらう。これが純が出した答えだった。
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