秘密の仮面 ~ 憧れの人に会うためには小説家になるしかない

宮鳥雨

1章 菱村純は小説家になりたい!

1部 会ってみたい人がいるから

第1話 プロローグ:菱村純

 僕、菱村純ひしむらじゅんには憧れの人がいる。その人は僕にとって恩人の人でもある。


 僕はその人のことはほとんど何も知らない。なぜなら話したこともなければ、一度たりとも、直接その人の顔を見たことがないからだ。


 顔も知らなければ、本当の名前も知らない、年齢さえも知らない。もしかしたら性別だって偽っているかもしれない。僕はその人のことを画面越しでしか知らないから。


 その人はVtuberでありながらイラストレーターでもある、うすいさち先生。


 僕のことを救ってくれた恩人。だからいつか会えることがあればお礼を直接言いたいと思ってる。


 邪な心がないかと聞かれれば素直に頷くことはできないが、ただ純粋にどんな人なのか会って話してみたいという気持ちは強い。


 でも、そう簡単に会えるわけがないことはもちろん分かっていた。僕とうすい先生とでは住む世界が違うのだから。


 だけどあの日、僕はたった1つだけ、うすい先生に会える可能性がプラスに生じるかもしれない方法を見つけた。


 本屋に行った僕は“うすいさち”と文字の入った本が目に入った。その本を手に取ると、それはライトノベルというものだった。


 今までラノベというものは読んだことはなかったが、せっかくだからとその本を購入した。一番の理由はその挿絵を担当してたのが“うすいさち”だったから。その後、僕はラノベにハマることになった。それと同時に1つの妙案を思いついた。


 彼女はイラストレーターだ。だから僕が小説家になれば、挿絵の担当をしてもらえるかもしれない。それがきっかけで会える可能性もあるのでは、と考えた僕は単純にも小説家を目指すことにした。


 小説は今まで書いたことはなかったけれど、簡単に書けるものだと思ってた。実際書くのは凄く簡単なことだった。色んな作品をたくさん書くことができたし、自分の書いた作品は読み返しても面白いと感じていたから。


 でも、現実はそう簡単ではないと教えられた。1年前、僕が高校1年生の時初めてライトノベル新人賞に小説を応募してみた。


 さすがの僕でも、一発で入賞することなんてできないけど、そこそこ良いところまで行くんじゃないかって思ってた。


 だけど結果は惨敗。一次審査で落選した。


 それでも僕に焦りというものはなかった。読んだ人がたまたま僕の作品を気に入らなかっただけ、違う人が読めば入賞できたと。同じく落選した人が書いているネット記事を読んでそう思い込んでいた。


 そんな甘い考えをしたまま、気づけば僕は1年間にわたって計10回新人賞に応募していた。だけど、どの作品も一次すら突破することはできなかった。


 『執筆の才能はない』


 僕の脳裏に浮かんだのはそんな言葉だった。


 正直言ってやめてしまうのは簡単な選択ではあった。僕には他人より秀でているものが他にあったからだ。その能力を伸ばせば将来困ることなんてないだろう。


 だからこそ、小説家という先の見えない職業に就くなんて選択をすること自体おかしなものだった。


 にも関わらず、投げ出すという選択肢は僕の中から遠の昔に消えていた。まだ1年しか挑戦してないからっていうのもあるかもしれない。


 でもそれ以上に、“うすいさち先生”は僕の心に大きく住み着いてしまったらしい。今更簡単に諦めるということはできなかった。


 そんな僕を見ておかしな奴だと思う人もいるかもしれない。だけど、他人からどう見られようとも、僕は自分の意思を貫く。


「なんとしてでも僕はうすい先生に会うんだ。たとえ、僕の前にどんな障害が現れようとも……」

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