第百二話 滑る(伊東夏樹)

【滑る 伊東夏樹】

「寒い」

スケートリンクに行くと青木がホットのJavaティーを握り締めながら震えていた。

「よう」

「寒い」

「そんな格好でくるからだろ」

山下が的確なツッコミを入れる。

「動いたら暑くなるからさ」

「にしても薄着すぎだ。」

「都会だし屋外だし人がたくさんいるから寒くないって聞いたのに嘘だった。ほらみろ、もうアイスティーになってる。元はと言えばなお前らが遅いのが悪いんだ。集合時間から十五分もたってるぞ」

誰からその完全にウケ狙いのアドバイスを聞いたのかは知らないがそいつにこの状態を写メして送ってあげたい。

「リンクで待ってるとは思わなくて」

私は正直にいう。

「俺たちはミッドタウンで待ってたんだ。」

「はあ」

「で、遅いねって話になって一応確認でリンクを覗いたらいたってわけ」

私が説明する。

「クソが!」

「まあまあ、滑ろうよ。」

その時青木の目が私の靴に向いた。

「お前ら借りたのか!俺はせっかく自前で持ってきたのに靴代は込みだから持ち込んでもいいけど金は返さないって言われたよ。」

さすがに昔使っていた靴は小さくなって履けないため私と山下は借りたが青木は自前のものを持ってきたらしい。

「こう言うところはついででやる感じだし、そもそもスケート靴を持っている人は少ないでしょ」

「それはそうだけどさ。俺だけこれじゃ目立ってないか?」

「目立ってる」

事実だ。

「せっかく遊びで行くなら仮設リンクとか普段じゃ行かないところに行ってみたいって言ったのは青木じゃないか。嫌ならちゃっちゃと履き替えてこいよ」

山下が呆れたように言う。山下は怖がる様子もなくリンクに上がった。私もそれにつづく。六年ぶりで少し不安だったが体の方は滑ることを覚えているようで滑るだけなら問題はなかった。スピードを上げたりしたら昔のようにはいかないのだろうけど小さい子もたくさんいるこんなところで出せるスピードはたかが知れているので問題はない。

「変な感じだな。ビルだらけのこんなところで滑るのは」

「確かに。でもいいお天気で気持ちいい」

「てか、なにあれ、可愛いんだけど。雪だるまが滑ってる!」

「はあ?」

子供が滑るのを支える押して使うソリみたいなのがこちらにやってくるのだ。子供の背が低くて雪だるまが突進してくるように見える。

「なんじゃあれ?」

「可愛い」

そこからはiPhoneでたくさん写真を撮った。電飾のついた木に誰に見せても六本木とわかるような景色の数々。もちろん自撮りもたくさん。青木の耳当て付きの変な帽子はボケるには良い道具だ。

 何時間でもいられる気がしたし時間制限はなかったけれど二人は時間があるから仕方がない。ほどほどのところで靴を脱いだ。汗を拭いてカフェに入る。

「相変わらず甘党だな」

青木が私のシナモンラテを見ていう。確かに上にはホイップが乗っているでも

「ココアにマシュマロ乗せてるやつが言うなよ」

「ココアは体に良いんだ。」

「ココアより砂糖の方が多いでしょそれ」

「まあな。」

「どんぐりの背比べすぎるな」

そう言ってブラックコーヒーを持った山下が座った。

「一番長生きしそうだね。」

「つまんねーやつ」

「人の注文に文句つけるなよ」

「でも楽しかったな」

「うん。写真共有しようぜ」

「そうだな」

撮ったばかりの写真を見せ合いながら喋りたくる。私の写真はよく顔が切れちゃうし構図なんかもありがちだけどその時の熱や感動を押し込められている気がするから私は好きだ。

 青木がちらっと時計を見て言った。

「俺はそろそろ帰るぜ。じゃな。またビデオ通話しようぜ」

「応。バイバイ」

残念ながらみんな忙しいのよね。なんでもっと早く連絡を取り合わなかったんだろう。去年や一昨年だったらもっと気兼ねなく遊べたはずだ。よほど情けない顔をしていたのか山下が聞いてくる。

「どうかした?心配しなくてもまた遊べるよ。」

「そうだね。そろそろ出ようか」

「そうだな。ってあいつマグカップ返してない!」

「青木は最後まで青木ね」

「ああ」

私たちは青木の分のマグも返してカフェをでた。さっきは暖かく感じた外気が鋭く冷たいものに戻っていた。

「せっかくだからこの辺を少し散歩してから帰らない?」

「時間大丈夫なの?」

「ああ。」

「じゃあいいよ」

私たちは夜になればイルミネーションになるのであろう電飾に包まれた木々の下を歩いた。珍しく山下の方から口を開く。

「久しぶりだよね。実際に会うの」

「そう?」

ボウリングに行った後も1回遊んでいる。

「よくメッセージも通話もしてるから二人とは離れている気がしないよ。他の人ともあまり遊ばないしね。」

「そうなんだ。この前水族館に行くって言ってたから」

「ああ、行ってきた。妙だけど楽しかったわ。仲人としてはダメダメだったけどね」

「そうだったね。ねえ、なっちゃんには彼氏はいないの?」

「いないよ。なに山下までそんなことを」

「本当に?」

「本当だって。できたら青木に自慢しないわけないじゃん」

冗談半分にそんなことをいう。

「悪趣味だな」

「まね。」

「じゃあ、好きな人は?」

「なんで今、恋バナ、まあいいけど。いないよ。」

山下は?と聞き返す前に山下がオドオドと言った。

「いや、そのさ。もし、それが本当なら俺と付き合わない?」

「なんで?」

「なんでって、その、それはずっと好きだったんだ。」

「私のことがあ?」

信じられなかった。

「そう」

「本当に?」

「お、俺は大真面目だ。」

「ふーん」

私はやや遅れて山下の発言を理解して立ち止まった。山下も立ち止ま流。歩道にテラスを挟んである建物のガラスに反射して自分が見えた。

「ふーんって。ちゃんと聞いてよ」

ゆっくり山下を見上げる。山下のいうことはもっともだこれはちゃんと返事しないといけないやつだ。

「じゃあ。真面目なら、ちゃんと言うね。他に好きな人がいるわけじゃないし気持ちに応えられなくて悪いけど山下とは付き合えない。ありがたいけど。ごめん。」

「なんで。ひょっとして三人の関係が崩れるのを心配している?」

山下は怒った感じはなく、ただ落胆した声で聞いた。

「まさか。青木なら裏切りだとかなんやかんや言いながらくっついてきそうじゃない。」

「確かに。それは言えてる。じゃあなんで」

「だから付き合いたいって思わないからよ。」

恋だと思ったことは一度もない。好きだと思ったことも好きだと思われていると感じたこともない。

「そっかじゃあ。またな」

「うん。またね」

山下はいそいそと駅の方へ歩いて行った。振られてすぐ一緒に帰りたくはないだろう。私はそのまま後ろ姿を見送った。このまま帰るのも何か違う気がして芝生の庭に腰を下ろした。

 変なことを言うようだけどOKして良いと思っていた。本当だ。ただ、ガラスに反射した自分を見た時に思ってしまった。「恋なのよ。」「恋だよ。」西宮や冬海がそう言い切った時の瞳を私は持っていなかった。行きに買って残っていた炭酸を一口飲んだ。なんか変な気分。

 ちょっと待ってよ。私ってそもそもそんな熱量で生きてたっけ?違う。これは私のやり方じゃない。幼なじみで、ちゃんと考えて好きって言ってくれて、別に嫌いなわけじゃない、ならOKって返事をするのが普通じゃない?山下は紳士的で優秀で将来も安定してそう。普通の付き合いができるこれ以上ない相手だ。私、なにやってるんだろう。山下のこと傷つけてないといいけど。自分は後悔してもいいけどそこだけが心残りだ。


【つづく】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る