第八十四話 暇つぶし(原田龍之介)
【暇つぶし 原田龍之介】
ミルクホールにバニラミルクを飲みにいった。荒川がよく飲んでいるやつだ。飲まず嫌いというか、見た目とノリで荒川にはあんなものがよく飲めると一度言ってしまいあれ以降本人の前で飲むのは負けた気がしてなんかやだ。でもあまりに毎度毎度美味しそうに飲んでいるものだから気になって一度飲んでみた。ただの牛乳とかミルクセーキかと思ったら生クリームのように濃厚でいて軽やかな口当たり、牛乳臭さではなく思わず口角が上がるようなバニラの香りが広がるとんでもなく美味しい飲み物だったのだ。美味しさを知って以降、俺はひっそりと一人バニラミルクを楽しむようになった。活動が少し早く終わった今日は放送室に行くまでここで暇を潰すつもりだ。降り続く雨を見ていると制服を派手に飾った生徒がミルクホールに入ってきた。
派手な生徒はカウンターの上に鞄と大小様々な紙袋を乱暴に放り出すとコーヒーを一口飲んだと思ったらそれを置いて手を振り始めた。
「ニイニイ!ニイ!オイ!兄貴!」
「うるさい。叫ぶな、気付いてるよ。」
なんとなく見たことのある七三分けの生徒が厳しい顔をしてミルクホールに入ってきた。
「ニイニイ、遅い!着替える時間なくなっちゃうじゃん」
「髪ゴムが派手だ。はずせ」
「気付いてくれた!今日、誕プレで友達がくれたの!かわいいでしょ」
「褒めたんじゃねえ。学校でつけるな。わかるだろ今、みんなの生徒会に対する目は厳しくなっているし俺には大事な時期なんだ。」
「そんなことで潰れる面目なんて潰してしまえ〜。ニイニイが生徒会長とか、ウケるんだけど。」
「はあ?」
派手な生徒はふざけているのか真面目なのか凄むような怖い目になると人差し指で魔法を使うよなジェスチャーをした。そうか、あいつ生徒会副会長だ。会長に立候補するのか。そりゃそうか今、副なんだから今出れば確実だ。
「そんなことより早く行こー。お腹すいた!」
「そうだな」
派手な生徒は副会長の返事にニコッと笑顔になって言った。
「早く行こう!焼肉、焼肉!」
その時、初めて申し訳なさそうな顔をして副会長が言った。
「そうだ、悪いけどさっき連絡があって。」
「ママンとパパンは来られない、初めからわかってることじゃん。ニイニイが謝ることないね」
「そうか。」
「来るふりする必要ないね。レストランに迷惑かけるだけ、マジくだらないね」
カウンターの上の荷物を握りしめると二人はミルクホールを出ていった。
仲がいい兄妹だな。羨ましい。いけない、いけない嫉妬なんて恥ずかしい。俺は目を逸らすと放送室に向かった。少し早いが今回は我妻先輩に聞きたいこともあったしちょうどいい。
「こんばんは」
「こんばんは」
もう俺が来ることは日常的になっていて誰も顔もあげない。荒川はいなかったが我妻先輩はいた。
「こんばんは。我妻先輩」
「こんばんは。原田君」
改めて挨拶をすると我妻先輩は後輩の面倒を見ていた顔をあげて、こちらにきてくれた。
「改まってどうした?慎二君なら帰るまでにもう少しかかると思うよ。」
「いや、そう言うことでは」
「そう、私に話ってことか」
そういうと我妻先輩はどっしり腰を下ろして構え直した。俺もそれに向き直り姿勢を正す。
「はい。あ、あの、なんであんなことしたんですか?」
「あんなこと?」
我妻先輩は本当にわからないようで水を飲みながら聞いてくる。
「生徒会長のこと。今ちょっとした話題ですよ」
同級生である俺の周りではちょっとどころではない。高三を抑えて当選した生徒会長のスキャンダルだ。
「ああ、そのこと。それの何が知りたいの?」
「なんでやったんですか?なんで映像を先生たちにあげるようなことをしたんですか?」
そのせいでいろんな人が傷ついた。学校全体の問題にしたのは先輩だ。
「私は近々出回る可能性があると言う情報をもたらしただけだよ。」
「え、映像自体じゃなかったんですか?」
それってもっと悪い、そう言う映像を撮っていると知っていたなら止めるべきだ。被害者はもっと少なくて済んだ。
「ええ。だからあの程度の処分で済んでいるのよ。削除できたらしいから」
「状況はわかりました。なんでそう言うことを?」
「理由?」
「はい。なんでそんなひどいことしたんですか?」
「ひどいことをしたのは会長であって我々じゃありませんよ」
話を聞いていた琉偉君が答える。
「あんなやり方しなくても良いはずです。確かに会長の行動は許されないけれどこんなみんなを不幸にするやり方を取らなくてももっとやりようはあったでしょう?」
それとも何か俺には見えていないことがあるのか?俺の考えを我妻先輩の答えが粉砕していった。
「理由なんてないよ」
「え」
「強いて言うなら暇だったから。暇つぶしよ」
俺の頭が一度その答えを拒絶して。それがもう一度飲み込めるまでしばらくかかった。そして呆れとも怒りとも違う何かが俺の中に膨れ上がった。これは嫌悪か?
「お友達か何かだったのですか?学校全体にとっては良いことかと思いますが」
明らかに怒っている俺の表情を見て琉偉君が尋ねる。
「いや、別に友達って言うわけでは」
どちらかというと苦手だ。
「じゃあ、いいじゃないですか。先輩も慎二先輩と仲が良いわけですし悪い気はしないでしょう?」
「どう言うこと?荒川は関係ないだろう」
「もちろん。この事件に直接関わりはありませんよ。でも先輩をいじめていた人間の一人ですから。」
「え、」
「いじめのナンバーツーってところですかね?主犯ではないですけど」
琉偉君が我妻先輩に確認するような目線を送る。
「主犯ではないね。ストッパーという感じらしいわ」
「そうなんですね」
「ってことはこれは報復なのか」
「だからただ、暇だっただけよ」
我妻先輩は今も暇そうに背もたれに寄りかかる。タイミングがいいのか悪いのか、ちょうど荒川が帰ってきた。
「おい荒川」
「応、原田。ちょっと待っててまだ仕事終わってないからさ」
「そんな話じゃないんだ。」
「そうか」
仕事に戻ろうとする荒川の肩を掴んで、俺は目を見て聞いた。
「今回の生徒会の醜聞、あれは報復なのか?」
荒川はしばらく言いたいことがわからなかったようだが、やがてくすりと笑って言った。
「そうでもあるかもね」
「あるかもねって」
「だったら何?急にどうしたんだ?」
「だったら、何、だと?どうしてそんなひどいことするんだよ。」
「ちょっと落ち着いてください。慎二先輩は何もしていませんよ。」
琉偉君があくびをしながら俺を諭す。
「でも知ってたんだろ?」
「そりゃな。なんでもいいけど、君のところだってチアにしっかり制裁を加えたそうじゃないか。別に大騒ぎすることじゃない。」
「あれはやらなきゃ活動に支障が出てたし、最悪乗っ取られてた。これは、やらなくても放送委員会にはなんの影響もない。」
生徒会と放送委員会、放送委員会の優位は絶対だ。
「そうだね」
荒川は何を大騒ぎしているんだと言うような涼しい顔で、それ以外の委員たちはニタニタと笑っていた。醜聞、いやそれより後に起こるいろいろなことをこの人たちは楽しんでいるんだ。荒川の顔を見ると悲しくなった。なんだか目がチカチカし始めて
「見損なったよ。クズだな」
俺は荒川にそう吐き捨てると放送室をでた。一人、廊下を歩く。
「報復ならもっとやりようあるだろうに」
荒川のあんなところは見たくなかった。
【つづく】
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