第四十二話 哀れ(伊東夏樹)

これまでの「告白なんていらない」は、


 修学旅行中、伊東夏樹と我妻冬海は台風によってホテルの旧館に缶詰になっている。


【哀れ 伊東夏樹】

「あれ、冬海?」

トイレから出ると誰もいなかった。置いてけぼりくらわせやがった!。あのおしゃべりな幽霊も姿を消している。アロマキャンドルの明かりはどうにも頼りない。他の人といる時より雨風の音が強いように感じるのは気のせいよね?一人で屁っ放り腰になりながら廊下を進む。廊下の先にすっと白い煌々とした灯りが現れた。どんどん近づいてくる。なんだ人がランタンを持っているだけか、驚いた。しかも冬海じゃん。

「ちょっと、置いてきぼりにしたでしょう!ひどい!」

「ごめん。新館からこれを借りてきた。」

L E Dランタンは蝋燭とは比べ物にならないほど明るい。蝋燭に慣れた目には眩しいくらいだ。

「そういえば竈幽霊は?」

「さあ?ランタンと一緒に私の分のお菓子ももらってきたよ」

そう言って口の縛られたビニール袋をコーヒーテーブルに置く。

時間後に夕飯になりますってさ」

「ぶっちゃけ動いてないから空いてないのよね」

「そう?私は空いたけどなあ」

「冬海って細いのによく食べるわよね」

正直にいえば冬海は中肉中背別に痩せてはいない。でも、ほら、よく食べるわよね。だけだと角が立つじゃん。

「そう?放送委員会は意外と体力いるからね。それでかも。スポーツではないけどそこそこ体力も筋力もつくよ」

「スポーツはやらないんだっけ?」

「うん。夏樹ちゃんこそよく食べないでいられるね。燃費が良くて羨ましいよ」

「ね、燃費ね」

車かよ。

「スポーツ好きなの?」

「まあ、そこそこ。アイスホッケーやっていたから」

「へーかっこいいね。」

「そう?」

そう思う?

「アイスホッケー見るの?」

「オリンピックくらいかな。そもそも観戦する習慣がF1くらいしかなくて」

「モータースポーツは私はマジでわからん」

「そう?面白いけどね。あ、あとアイスホッケー部のインタビューを撮りに行ったことがあるよ。」

「え、この学校にもアイスホッケー部あるの!」

知らなかった。まあ知りたくもないけど。

「今はないよ。私が中二の時まではあった。どうかした?」

「え」

「いや、さっきから明らかに顔が暗いから。」

「ああ、もうやめちゃったからね。たまにやりたいなあって思うの」

「やればいいじゃん。ああ、人が足りない?」

「いや、そうじゃないよ。」

どうしても私はここで冬海に伝えたくなった。いや、これを機会に吐き出したくなったんだ。

「ねえ、呆れないで聞いてくれない?」

冬海は私の申し出に首を傾げたが頷いた。

「アイスホッケーって野球やサッカーほどメジャーじゃないでしょ」

「そうだね」

「やれる場所もチームも少なくて。女子部ってなるとさらに数がないわけ。私は男の子たちに混ぜてもらう感じで小学校の間、参加していたの。馬鹿な話なんだけどさ。小学生の私は大きくなってもみんなとアイスホッケーができるって信じて疑っていなかったの。」

冬海は無表情に相槌を打っている。やっぱりこんな話つまらないかしら。でもいまさら止まれない。

「小五くらいになるとやっぱり体力差って出てきちゃうのよね。私はたくさん食べたりたくさん練習したりしてカバーするように努めていた。ベンチなんて絶対嫌だったから。それでも大して何もしてない奴が大きくなって、抜かされて、今までだったらそいつの妨害くらい楽に跳ね除けられたのが最も簡単に抑え込まれるようになった。この無力さ、わかる?」

「さあ、私は経験がないから」

冬海ははっきり言ったがこちらをしっかりと向いて話は聞いてくれそうだ。

「どんなに努力しても。今までで通りのやつに敵わないの。それどころか後輩の男の子たちに背で抜かされる。もちろん私には技術力があった、でもそれも長くは続かない。みんなだって上手だからね。

 当然中学に上がると男女は別れることになる。女子部はないから私はやめるか他のクラブチームに紹介してもらうかの二択。でも私はあのチームでなきゃやっていたくなかった。すごく仲が良かったのよ。何より悔しかったのは中学生になっても混ざりたい。混ざれる、チームの力になれるって言えなかったこと。もう無理だって小六の時にはわかってた。なんで私だけみんなと試合することを諦めなきゃいけないの?何度も自問した、他の人にも言ったけど誰に聞いたって『仕方がない』だったわ。悲しかった。大人たちは初めこそ少しは共感するような姿勢を示してくれたけど私には一世一代の一大事なのに大人たちは一ヶ月もたたない間に『いつまでウジウジしてるの!』『仕方のないことなんだから諦めなさい!格好の悪い!』って慰めるどころか怒られちゃって。理屈はもちろんわかる。確かに仕方のないこと、でも仕方がないことだからこそ悔しくてたまらなかった。」

「仕方のあることならどうにかするよね」

「そうなのよ!」

冬海わかってる!!

「しかもさ、中学ぐらいになるとみんな良かれと思って『痩せてるね』とか『痩せたい』とか言うじゃん。マジなんの当てつけだよって感じなのよ!私からすれば!!」

「あはは、なるほど。確かにみんなそういうこと言うよね。別に私は痩せたいなんて思ったことないけど」

「まじ!だよね!はーなんかスッキリした。」

「ん?」

「ずっと言いたかったのよ。みんな『仕方ない』とか『でも』とかもう聞き飽きてたの。でも諦めはまだついてない、そんなに簡単に忘れられるほど私は器用じゃないの。今も確かに思っているのに時間が経てば立つほど言いづらくなる。だからこれを機に吐き出しったってわけ。悪かったわね」

私は急に恥ずかしくなってマンゴー味のバヤリースを煽った。冬海はさっきから表情が変わらない。

「六年も引きずってる哀れなやつだと思ったでしょ」

私自身がそう思うもの。

「いいや。忘れるのは簡単だ。大切なものには食らいついたほうがいいんじゃないかな食らいつけるのは覚悟のある証拠だよ。私は哀れとは思わない。」

「そう?」

「きっとね。」

口だけだとしても冬海の変わらない表情になんだかホッとした。私は笑顔で立ち上がった。無責任な話だけど人に言うとなんだか心が楽になるよね。

「食堂へ行こっか?」

「そうね。みんなに伝えておけと言われているから旧館を回らないと」

冬海もランタンを持って立ち上がった。

「そうだったの」

「うん。」

やっぱり二人で歩けば雨脚が弱くなる気がする。冬海が言った。

「ねえ」

「何」

「聞くに夏樹ちゃんの食らいつきたいものはアイスホッケーという競技自体だけじゃなかったんじゃないかな?」

「どういうこと?」

「仲間とはそれからどうしたの?」

「私は女子中に行ったの。クラブを辞めて仲間とはそれっきりよ」

「でもみんなとじゃなきゃ競技を続けたくないと思うくらいのものがあったんでしょう。会ってみたら?」

「今更?」

「うん」

「六年も経って迷惑でしょ。他の奴らは受験だろうし」

「人と会うこともままならないほど追い詰められてやることなんて成功しないでしょ。そんなことまで心配するのはあなたの仕事じゃない。嫌なら断られる。それだけ」

あっけらかんと言う。断られたくないとか思わないのかな。思わないんだろうな。冬海だもの。今、冬海は扉を力強く叩いている。人から嫌がられることを恐れる人はああいう扉の叩き方をしないだろう。

「何?」

「夕飯だ」

冬海の一言を聞くと扉がバタンと閉められた。これを4回繰り返し私たちは食堂に向かった。


【つづく】

次回、【被写体B (原田龍之介)】

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