第21話
☆☆☆
あたしたちが大山君を連れて来たのは近くの交番だった。
警察官に大まかな説明をして、もしかしたら薬物の可能性でもあるんじゃないかという懸念を伝えた。
異様なまでに虫に依存している大山君に、警察官も怪訝そうな表情になった。
大山君は逃げ出す事もなく、胸を張って話を聞いていた。
「それじゃ妙検査をしてみようか」
警察官はそう言うと戸棚の中から薬物チェックのキットを取り出した。
「結果が出るまで10日ほどかかるけど、薬物をやめて何日も経過していたら陽性はでないかもしれない」
説明しながらキットと準備していく警察官。
あたしはその光景にゴクリと唾を飲み込んだ。
自分が検査されるわけでもないのに、嫌に緊張してしまう。
しかし、検査される大山君はひとり涼しい顔で立っていた。
「検査したってなにもでてきませんよ」
「結果が出てから、判断する」
警察官はチラリと大山君を見やり、そう言ったのだった。
☆☆☆
もっと暴れたり嫌がったりすると思っていたが、大山君は終始大人しかった。
ただ、虫の話になると急に多弁になり、虫と人間を同等のものとして見ていることがわかってきた。
帰り道、あたしたちは言葉少なだった。
あんな大山君の姿は見たことがなかったし、部屋に置かれている大きな水槽が何度も脳裏によみがえってきていた。
「一度、学校へ戻ろうか」
そう言ったのは柊真だった。
スマホで時間を確認してみると、まだ2時を過ぎたところだった。
クラスのみんなは授業を受けているのだろうか。
それともまた自習だろうか。
「先生の様子が気になるよね」
ヒナが俯き加減で歩きながら言った。
「そうだよね。大西さんにキスされてたんだっけ……」
学校の隣の診療所での出来事を思い出してそう言った。
先生の体調も気になる。
救急車で運ばれるようなことにはなっていなかったから、きっと大丈夫だとは思うけれど……。
それから学校へ戻ると、ちょうど休憩時間に入ったタイミングだった。
2年A組の教室へ入ると、みんな落ち着きを取り戻していることがわかった。
「どこ言ってたんだよ」
すぐに声をかけてきたのは遊星だった。
「ごめんね。ちょっと気になる事があってみんなで出てたの」
ヒナできるだけ明るい口調でそう返事をした。
「俺を置いていくなんてひでぇな」
「ごめんってば」
遊星と会話を進める内に、ヒナの頬に赤みが戻ってきていた。
緊張がゆっくりとほどけて行き、いつもの日常に戻って行く感じがする。
でも……。
あたしは自分の席の後ろへと視線を向けた。
大西さんはまた沢山の女子生徒たちに囲まれていた。
午前中には泣いていた子たちも、今は元気そうだ。
その様子に複雑な心境になった時、廊下から先生の声が聞こえてきてあたしは目を向けた。
「いやいや、まいったよ」
先生は苦笑いを浮かべながら教室に入って来る。
「先生、大丈夫なんですか!?」
驚きと同時にそう聞いていた。
見たところ顔色は悪くないし、しっかりと自分の足で立っている。
やっぱり、大したことはなかったのだろう。
「平気だよ。ごめんな心配かけて」
そう言って照れ笑いを浮かべる先生の後から入ってきたのは、先生を襲った男子2人だったのだ。
「なんでお前らが入って来るんだよ……」
教室のどこからかそんな声が聞こえて来た。
「いいんだいいんだ。あれは先生が悪かったんだから」
先生はそう言って頭をかいた。
え……?
あたしは自分の耳を疑った。
先生は男子たちに押し倒されて殺虫スプレーを口の中で噴射されたことを忘れたのだろうか。
「虫は大事にしないといけないよな」
先生の言葉に男子2人が大きく頷く。
「そうですよ先生。安易に虫を殺しちゃいけない」
男子生徒がやけに真剣な表情でそう返事をした。
そのセリフにも驚いたけれど、先生に敬語を使っているところにも驚いた。
おおよそ、そんなキャラではなかったはずだ。
「そうだよな。よし、みんな席につけ! 次の授業では虫の命について勉強することにしよう!」
一体これはどういうこと……?
自分の背中に冷たい汗が流れて行くのを感じたのだった。
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