第29話:策謀

 聖歴1216年4月6日:エドゥアル視点


「観客の皆さん、どうかよく考えてみてください。

 女子供の弟子に戦わせて、勇者を名乗る本人が出場しないのは、あまりのも卑怯なのではないでしょうか」


 ルイーズ教団の枢機卿を名乗るモノが、俺を非難する演説をしている。

 そんな事を言うのなら、召喚聖者の生まれ変わりで本当の勇者だと名乗っている、ルイーズが女で聖職者だからと言って出場しないのも卑怯だろう。

 そう言ってののしってやりたいのだが、ここは我慢する。

 ルイーズ教団が俺を出場させてくれるのなら、正直助かるのだ。


「ルイーズ教団の言う事は間違いではないと思う。

 確かに女子供にだけ戦わせるのは卑怯だ。

 真の勇者だと言うのなら、自分も出場すべきだ」


 魔術師協会の幹部だと名乗る男も同じように俺を非難する。

 だったら、お前たちが本当の勇者だと擁立したクロエも出場させろと言いたいが、ルイーズ教団の身勝手な言い分を黙って聞いていたのと同じ理由で、黙っておく。

 さあ、大闘技場の雰囲気を俺が出場すべきだという風にしてくれ。


「余もルイーズ教団と魔術師協会の言い分はもっともだと思う」

 

 俺に大恥をかかされた国王は、ここを好機とばかりに両組織の味方をする。

 この国王は本当にバカで、全くこりていない。

 俺がガブリエルに勝った場合はどうするつもりなのだろう。

 鮮やかなガブリエルの勝ちっぷりを見て絶対に俺が負けると思ったのだろうか?

 弟子たちの圧勝を自分に都合よく忘れてしまっているのだろうか。


「エドゥアル、この国を支配する余が、国王として特別に途中出場を許してやる」


 そう自信満々に言い放つ国王の左右には、多くの聖職者と魔術師がいた。

 身体からもれる魔力があまりにも少ないので、今まで気がつかなかった。

 どうやら国王は、ルイーズ教団と魔術師協会が味方に付いた事で、俺を怒らせても大丈夫だと思ったようだ。

 今直ぐぶちのめしてやりたいが、ここは我慢しておこう。


「国王陛下の御厚情に感謝いたします。

 それで、特別参加の私はいつ誰と戦えばいいのでしょうか?」


「真の勇者を名乗るのならば、同じように勇者を名乗るガブリエルと戦え!」


(待たせたのじゃ、エドゥアル。

 エドゥアルが命じた訓練を終え、魔力と命力が格段に増えたのじゃ。

 初めてエドゥアルと出会った時の300倍になったのじゃ)


 ようやく待ちに待った時がやってきた。

 もう時間稼ぎをする必要がなくなった。

 俺だけでもガブリエルをえこひいきする上位神に勝てるのだが、万が一そこに100柱以上の管理神が介入してきた場合を考えて、我慢に我慢を重ねていたのだ。

 ラファエルが俺の予想以上に成長進化してくれたなら、思いっきり暴れられる。


「わかった、いくらでも戦ってやろうじゃないか、国王。

 だがな、そこまで言うのなら、ガブリエルだけでは相手不足だ。

 本当の勇者だと言い張っている、ルイーズとクロエも出場させろ。

 それとも、またルイーズ教団と魔術師協会をえこひいきするのか!」


 俺は怒りの言葉を放つ映像と音声を王都中に流した。

 国王を支持していた王都の民も、馬上槍試合が始まる前から続く国王や騎士の悪事と醜態に、国王を非難する者が増えていた。

 その状況で、俺に土下座をして詫びた事を無視するような高圧的な態度と、国を内乱に追い込んだルイーズ教団や魔術師協会と手を組む変節に、愛想をつかすだろう。


「黙れ下郎、平民の分際で図に乗るな。

 召喚聖者の血を受け継ぐ王を何だと思っておる!」


「できそこないの子孫が生まれた事を、召喚聖者は心から嘆いているだろうな。

 いや、子孫をかたる何の血縁もない詐欺師に怒っておられるかな?

 俺が詐欺師をぶちのめしたら、召喚聖者もよろこんでくれるだろうよ」


「ゆるさんぞ、もう絶対に許さん。

 高貴な血を受け継ぐ余を詐欺師だと言ったな。

 もはや馬上槍試合など関係ない、今直ぐこの者を殺せ!

 ガブリエル、さっさと殺してしまえ、この国の王である余がゆるす」


「死ね、エドゥアル」


 正気とは思えない眼つきをしたガブリエルが槍を持って突っ込んで来た。

 俺の目が狂っていなければ、ガブリエルの馬は空を翔けている。

 どうやら神から天馬が一角獣を貸し与えられたようだ。

 悪に堕した元勇者のガブリエルにここまで執着する神の考えが分からない。

 召喚聖者は善神に召喚されて邪神と戦ったと聞くが、とても信じられない。


「お前ごときに殺される俺ではない」


 俺は、つい悪党がフラグを立てるような事を口にしてしまった。

 もしかしたら、俺の方が悪なのだろうか。

 強大な力を持つ神の基準では、俺が信じる正義の方が悪なのだろうか。

 もしそうだとしても、神に従う気にはならない。

 俺は、俺の信じる正義のために戦うだけだ。


 ギャアアアアア


 本当の事を言うと、上位神の力を分け与えられたガブリエルに殺される覚悟もしていたのだが、そのような覚悟が空しくなるほどあっさりと勝てた。

 俺の目の前には、兜から真っ二つに斬り殺されたガブリエルが斃れている。

 異常な切れ味だった槍も、俺に触れる事もできなければ何の意味もない。

 鋼鉄なら弾き返せた盾も、俺の魔力を込めたオリハルコンは防げなかった。


「問題は、馬に見えたこいつが天馬でも一角獣でもなかった事だ」


 俺がガブリエルと一緒に一刀両断したはずの馬が、2つに分かれても動いている。

 それも、馬の形ではなく、巨大なアメーバーのようになってだ。

 せめてスライムのように美しい色をしていればまだ見られるのだが、どす黒く濁った色の上に、吐き気をもよおすほどの悪臭を放っている。


「邪神だ、邪神の使徒だ、ガブリエルは邪神の手先だったのだ!」


 ルイーズ教団とは違う法衣を着た聖職者が大声で叫んでいる。

 大闘技場に嫌な沈黙が広がっている。

 俺も多少混乱してしまっている自覚がある。

 ガブリエルは神に選ばれた勇者だったことに間違いはない。

 だがガブリエルは色々と問題があったから、俺が育成者に選ばれたのだ。


「キィイイイイ、本当に役立たずね。

 若き天才美少女魔術師の私が偽物の勇者を殺してやるわ。

 エリア・ウルトラ・ヘル・ファイアウォール」


 突然現れたクロエが禍々しい魔力を放ちながら呪文を唱えた。

 悪い予感しかしなかったので、全力で防御魔術を展開する。

 大闘技場に俺だけしかいないのなら、最小の防御魔術よかった。

 だが大闘技場にはかわいい弟子たちがいるのだ。

 しかも弟子たちの正確な居場所が分からないから、とてつもない魔力の無駄遣いだと分かっていても、クロエを封印するように防御魔術を展開するしかない。


「キィイイイイ、なんで死なないのよ、化け物なの。

 エリア・ウルトラ・ヘル・ファイアウォール。

 お前たちも手伝いなさいよ。

 エリア・ウルトラ・ヘル・ファイアウォール。

 エリア・ウルトラ・ヘル・ファイアウォール」


 クロエが禍々しい黒い炎の壁を放つたびに、俺の魔力器官から人間を相手しているとは思えない量の魔力が消費されていく。

 しかも相手はクロエだけではなかった。

 大闘技場の所々から突然多くの魔術師が現れて、クロエと同じように、エリア・ウルトラ・ヘル・ファイアウォールを放ってくる。


「「「「「エリア・ウルトラ・ヘル・ファイアウォール」」」」」


 これほどの魔力を普通の人間が持っているとは思えない。

 ガブリエルの乗っていたアメーバーのような生物といい、ルイーズ教団以外の聖職者が放った言葉といい、邪神が係わっているとしか思えない。

 だがそれなら、なぜ上位神が介入してこないのだ。

 

(こわい、こわいよ、たすけて、たすけてよ)

(だいじょうぶよ、私がいるわ、何があっても助けるから安心して)


 悪い癖で、考えてもしかたのない事を考えてしまっていた俺の心に、恐怖に震える孤児の想いと、孤児を護ろうとする慈母竜の想いが伝わってきた。


「もう自重も手加減もやめだ、死に腐れや!」

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