第27話:第1馬上槍試合

 聖歴1216年4月5日:エドゥアル視点


「「「「「ウォオオオオ」」」」」


 王都の民の欲望を満足させるために使われている大闘技場。

 悪趣味な事に、酒を飲みながら奴隷や獣が殺し合う姿を見る。

 生き残るモノを当てる事を賭けにしている場所でもある。

 そんな大闘技場で今日は馬上槍試合が行われる。

 表向きは真の勇者を選ぶ神聖な試合だが、実際には民の欲望を満たす見世物だ。


「結局、王は何もしかけてきませんでしたな」


 俺の横に座ってくつろいでいるアキテーヌ公爵が話しかけてきた。

 10万人を収容できる大闘技場の1階にある貴族席。

 王の席は大闘技場の東側に設けられるのだが、敵対しているアキテーヌ公爵と俺は、反対方向の西側に広大な場所を与えられている。

 俺に狭い場所を与えて、これ以上殺らせる事を恐れたのだろう。


「絶対に勝てない相手にケンカを売るほど、王もバカではなかったのでしょう」


 俺は不安を抑えきれずに話しかけてきたアキテーヌ公爵に返事をした。

 全馬上槍試合のなかで、1番最初に戦うのが侯爵の長女アリエノールなのだ。

 俺やアリエノールが絶対に勝てると言っても、不安でしかたがないのだろう。

 本当に強くなっていたとしても、王や側近が卑劣な罠をしかける可能性もある。

 自分が入れない選手控室にいる娘たちが心配なのだろう。


「大丈夫ですよ、お嬢さんたちの強さは俺が保証します。

 相手が大陸最強の騎士であろうと、傷1つ受ける事なく勝ちます。

 それに、お嬢さんたちには強力な護衛がついています。

 俺の弟子から護衛を引き離そうとした時点で敵対したとみなすと言ってあります。

 お嬢さんたちと護衛を引き離そうとした時点で、護衛の竜が大暴れしますよ。

 護衛たちはどのような毒も見抜く嗅覚と持っています。

 毒をもったモノが50m以内に近づいた途端に尻尾で突き殺されます」


 俺の大切な弟子たちを護る護衛とは、試合に出る慈母竜とは違う竜たちだ。

 慈母竜たちは馬上槍試合で勝てるように成長進化させている。

 子供たちを護り慈しむための身体になっている。

 護衛の竜たちは慈母竜たちと違って、子供たちを護る事だけに特化している。

 狭い部屋の中でも子供たちの盾となって護れるように成長進化させたのだ。


「頭では分かっているのですが、どうしても不安になってしまうのです」


 アキテーヌ公爵が不安に思うのもしかたがないとは思う。

 彼は、俺が1番大切に思っているのが孤児だった子供たちだと知っているのだ。

 最悪の場合になったら、俺が自分の娘たちを見殺しにして、子供たちを助ける事を知っているからこそ、心から安心できないのだ。


「第1試合、選手入場」

「「「「「ウォオオオオオ」」」」」


 アキテーヌ公爵の不安などおかまいなしに、馬上槍試合がはじまった。

 血と欲望にまみれた王都の連中が本能むきだしで大声をあげている。

 下劣なモノは、高貴な公爵令嬢が殺される姿を思いえがいているのだろう。

 公爵令嬢が地に叩き落とされ、命乞いをするところが見たいのだろう。

 おあいにくさま、そのような事は絶対に起こらない。


「アキテーヌ公爵家令嬢アリエノール」


「「「「「ウォオオオオオ」」」」」


「王家騎士団長、宮中伯ブリトゲッシュ」


「「「「「ウォオオオオオ」」」」」


「なんと立派な……」


 戦う騎士が本人だと証明するために、兜をとって顔を見せた状態で入場するのだ。

 りりしく騎竜にまたがる長女アリエノールを見てアキテーヌ公爵が涙ぐんでいる。

 アリエノールは初めての馬上槍試合に緊張した表情を浮かべている。

 もう1人の騎士は、女の身で馬上槍試合にでてきたアリエノールをさげすみの目で見ているが、直ぐにその報いを受ける事になるだろう。


「両人とも卑怯なまねは絶対にしないように。

 騎士らしく誇りを持って正々堂々と戦うのだ、いいな」


 審判役の貴族であろう奴がクドクドと言っているが、その顔がアリエノールだけに向けられているのが腹立たしい。

 審判役のくせに不公平極まりない。

 介添え役のアキテーヌ公爵家騎士が審判役を睨みつけているが、それでも言動を変えようとしないのは、自分は貴族だと言う差別意識があるのだろう。


「ふん、女の分際で栄誉ある馬上槍試合に出場するとは、恥知らずにもほどがある」


 王家騎士団長ブリトゲッシュンの暴言を聞いて、俺はブチ切れてしまった。

 貴族席からブリトゲッシュンを罵ってやった。


「じゃかましいわ、この恥知らずが。

 配下の騎士が悪行を重ねるのを見逃し、賄賂を受け取っていたくせに、処分を受けるどころか引退もしない恥知らずが、騎士の名誉を語るな!」


 子供たちのついでとはいえ、公爵令嬢たちも俺の弟子には違いない。

 大切な弟子をバカにされて黙っていられるほど、俺はできた人間ではない。

『目には目を、歯には歯を』が俺の信条なのだ。

 最初から手加減する気などまったくなかったが、必要もない恥までかかす気はなかったのだが、自分の事を棚にあげた暴言を聞いて、黙っていられなかったのだ。


「俺が王に直談判した時に、恐怖のあまり王を見捨てて逃げようとした事。

 恐怖のあまり足が動かずに逃げる事もできず、その場で失禁脱糞した事を、俺が知らなかったとでも思っているのか、このうんこたれが!」


「「「「「……うっははははは!」」」」」


 大闘技場内は王家代表の騎士団長をあざ笑う大歓声につつまれた。

 大恥をかかされただけでなく、上は貴族から下は奴隷にまでバカにされあざ笑われた事で、騎士団長の表情が真っ赤になる。


「うんこたれ、うんこたれ騎士団長」

「がんばれや、うんこたれ騎士団長さま」

「公爵令嬢にまで負けたら恥の上塗りだぞ、うんこたれ騎士団長さま」

「うんこたれ宮中伯閣下、がんばれや」

「うんこたれ騎士団長ブリトゲッシュ様、ウワッハハハハ!」


 平民どころか奴隷にまでバカにされた騎士団長の顔色が、みるみるうちに真っ赤から真っ青に変わった。


「死ね、小娘」


 怒りのあまり理性を失った騎士団長が、剣を抜いてアリエノールを殺そうとした。

 騎士団長が放つ殺気を恐れて、審判役の貴族が腰を抜かしている。

 突然起こった事に、アリエノールの介添え役も固まってしまっている。

 当然だが、生まれて初めて馬上槍試合にでるアリエノールも動けないでいる。

 だが、アリエノールには俺が成長進化させた慈母竜がいる。

 

 キュルルルル! 


 最初は俺も普通の騎竜をアリエノールに貸すつもりだった。

 だが、アリエノールとペトロニーユが慈母竜を気に入ってしまったのだ。

 幸か不幸か、公爵令嬢と言う高い身分の2人は愛玩竜を飼っていた。

 単に飼っていたのではなく、心から可愛がっていたのだ。

 可愛がられていた愛玩竜も2人をしたっていた。


 ズッパーン!


 慈母竜の肩には自由自在に動かす事ができる触手がある。

 非力な子供たちの代わりに馬上槍、ランスを持つための触手だ。

 観客にも対戦相手にも気がつかれないように、こっそりと手助けさせる為の触手。

 今回も、全く動けないアリエノールの手足を動かして、まるでアリエノールが巨躯の騎士団長を一刀両断したように見せかけてくれた。


 キュルルルル、キュルルルル、キュルルルル! 


 誰も予想していなかった大事件が起こってしまったが、慈母竜が勝利の雄叫びをあげたことで、固まっていた大闘技場の時間が動き出した。


「おのれ、卑怯だぞ、国王!

 馬上槍試合に見せかけて公爵令嬢を暗殺しようとしたのか?!

 やはりお前は召喚聖者の血を継いでいな、邪神の手先だな。

 今この場で成敗してやるから、覚悟しろ!」


 俺は大闘技場中に伝わるほどの大声で叫んだ。

 同時に、前回使った王都中に映像と音声を広める魔術を展開した。

 これで大闘技場に来る事ができなかった人にも今回の件が伝わる。

 すべてを一瞬で行って、ひとっ飛びで大闘技場を横断した。

 大闘技場の対面にいた国王たちをぶちのめすためにだ。


「卑怯で下劣な邪神の手先はこの手で成敗してくれる!」


「ヒッ、ヒィイイイイイ。

 ち、ち、ちい、ちぃ、ちが、う、余ではない。

 余がやらしたのではない、ほんとうじゃ、本当なのじゃ。

 ゆるして、ゆるしてくれ、ゆるしてください、おねがいです」


 日本から召喚された勇者の影響があるのだろう。

 四つん這いになって、頭を大闘技場の床石にこすりつけて国王が謝っている。

 この映像と音声は王都中に流れている。

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