幕間・壱 空城の残骸

「やはり、ここも手詰まりか……」

 男はあきらめにも似た言葉を漏らした。それもそのはず。足元には瓦礫の山、砕け散った結晶が辺りに散乱していた。もしここが人の世であったなら、べとりとした血がこびりついてあったろう。

 鬼は死しても何も残すことは無い。ただただ、魄に戻るのみ。石垣であった場所を跳び下り、男は目を伏せた。

「蒼穹城は落ちたも同然だな。ここまで攻めこられればひとたまりもあるまいよ」

 目を閉じれば、いつでも平穏だったあの頃に戻れた。むせ返るような森の匂いと、心をほどくような清水の流れる音。

 けれども、もうそれはどこにもない。この石垣は蒼穹城の支城で、最後の防波堤であった。ここを突破されれば、自分達の総本山である蒼穹城は目と鼻の先。ここには多くの使い手がいた。

「?」

 歩いて行くと、何かが足に引っかかった。一歩下がってしゃがみ込む。それは魄の欠片だった。

「これは……!」

 かけらにうずもれて見えなかったが、それは髪飾りに見えた。男はその鮮やかな石の輝きを知っていた。この髪飾りをつけていた人物こそ、男の目的だったから。

 はやる心を抑えて欠片をひとつずつどかしていく。大きな石が手に当たり、両手で持ち上げて遠くへ投げ飛ばす。

「やはり……!」

 ひしゃげた金細工の簪があった。先の方には小さな貝を糸でつないだ飾りが揺れる。かすかな風に心細く揺れている。

「あ、あああああああ!」

 男は声にならない声を上げた。

尺五あたご殿!! いずこに!!!」

 焦って辺りを見渡しても、気配を辿ってもどこにもその名の主は現れなかった。尺五はこの城の城代で、強大な力を持つ鬼だった。

 マニアワナカッタ。

「嘘だ! 嘘だ! 尺五殿が敗れるわけがない!」

 地面を両こぶしで殴りつけても、跳ね返ってくるのは痛みだけ。自分と比肩するほどの使い手が負けるわけない、とかすかな希望に縋っていたのだ。

 相手を見くびっていた、希望的な観測などできるはずがなかったのだ。奴らはすべてを喰らいつくす呪いそのものだ。かつて多くの同胞たちを喰らい、力をつけた奴らに対抗することなど、できなかったのだ。

「皆、すまない。たどり着くのが遅くなった」

 自分の城が落ちるのにそう時間はかからなかった。だから、完全に落ちる前にこっちにやって来たというのに、ここも狙われていたのだ。

「鍛冶師……この暴れ様は、寺日じびに違いない」

 鍛冶師達の情報は古文書を紐解けば手に入った。だが、その正体を知った時、自分は少なからず動揺した。

 あれらは、呪いと呼ぶにはあまりにも―――。

「いいや、まずは蒼穹城を目指さねば、温羅様の指示を待たねばならない」

 もうあまり役に立たなくなった足を動かして前へと進む。じゃり、じゃり、と歩を進めるたびに罪悪感に襲われる。マニアワナカッタ、マニアワナカッタ、とそれだけが頭をよぎる。

「どうか、どうか無事でいて下され!」

 それだけを心に留め、男は歩き出した。

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