第18話 火炎胎動・飛翔

 風が頬をなぜて行く。

 手にした刃は炎を切り裂いて、進んでいく。

「やぁああっ!」

 体育の授業で剣道はやっていたけれど、それとこれは別物だと、すぐさま思い知った。なにせ、手に馴染む刃は白く輝く。ズシリと手に落ちているのは鋼でできている。軽く振るだけで冴え冴えとした音を奏でて行く。

「是空、なぜ起きない」

「知るかっ!」

 篤臣を呑み込んだ炎神御柱はそればかりを問う。まともにぶつかっても相手にはならないだろう。八尋が何とか隙を作ろうと炎神御柱の周りを跳んではいるが、決定打にはならない。

 それもそのはずだ。炎神御柱の周りには球体の時と同じように炎の膜があり、それを鞭のように操って戦たちの動きを阻んでいるからだ。

(早くしないと……)

 篤臣の気配がどんどん消えて行くのを感じる。時間との戦いなのは分かっている。だからこそ、一太刀も浴びせられない状況がもどかしい。

 なにか、あるはずだ。

「若君!」

 どん、と右側から八尋が突き飛ばしてきた。炎の槍が八尋の方を掠って地面に突き立てられた。突き刺さった槍はパチパチと音を立ててかき消えた。

「あああああっ!」

 八尋の悲鳴がこだまし、左肩を庇いうずくまっている。足元にはかすかに赤い物が散らばっている。

「八尋、だいじょう――」

とっさに駆け寄ろうとした戦に気づいた八尋が目を見開いた。

「来ないでください! 炎神御柱の方を!」

「っ!」

 自分の傷より、こっちを心配している。今の戦にはどうすることもできない。

 ヒュン、ヒュン。

 炎神御柱が己を守っていた炎を槍のように細長く変形させ、手に持つ。

「引きずりだせばよいか。お前の腹を裂けばよいか、頭を砕けばよいか?」

「冗談じゃない!」

「行け」

 短い命令、その手を振り下ろした途端、いくつもの炎の槍が戦に向かって飛んでいく。戦はとっさに剣を構えた。

(食い止めなきゃ、八尋に当たる……)

 しょうがないな、と誰かが呆れたような声がした。ふっと、意識が途切れる。そうだ、戦うのは、こっちの方だ。


「是空? いや違う……お前は何者だ」

 目の前の少年が急に倒れこんだかと思えば、すぐに立ち上がる。その姿は似ても似つかない。同じ顔だが、肌の白さが目立ち、頬や手足には赤い文様が浮かび上がる。

 鬼の姿。

 記憶の奥底にあるそれと似ている。鬼本来の姿だ。

「イクサだよ、俺もな」

「俺も?」

「二つの意識で一つの身体を持っているようだな。こういうのはそっちの方が詳しいんじゃないか」

 すっとぼけたように言うのは、確かに先程の少年とは違う。飄々として、のらりくらりとかわす。捉えどころのない雰囲気が漂っている。

「お前が戦うというのか」

「ま、そういう事らしい。こっちの空気の方が性にあっているようだし」

「それもそうだろう。その姿は鬼の本性だからな。魚が水に住まうように、獣が森に住まうように、鬼もまたこの世界に住まうものだ」

「そうかい。なら、とっととその体を明け渡して眠ってもらおうか、炎神御柱」

「拙の目的は言った。それでもなお許さぬというのか」

「そうだと言ったら?」

「闘う迄!」

 すぅ、と炎神御柱が体を低くする。槍に持ち替えたその姿は殺気立っており、先程までが小手調べだとイクサは気づいた。

「八尋」

「は、はい!」

「立てるな?」

 こくり、と八尋がうなずいた。八尋はすかさず炎神御柱に接近すると、短剣を振り、敵の槍を受け止める。炎でできているのに、鋼が打ち合う様な音がした。そのまま二人の打ち合いが始まる。

 足を狙う炎神御柱に対し、八尋は持ち前の身軽さで避けて行く。一進一退の攻防が続く中、イクサは己の刃を見やる。

(揺籃は砕けた。あとは炎神御柱の核を砕けば……)

 八尋が戦っている間、炎神御柱を観察していて気づいた。炎が背中から出て渦巻いている。そして、その背中の中心に力の塊のようなものを感じた。あれを砕けばいいのだろう、と思った。

 八尋が作った隙を狙い、戦は背後から炎神御柱に近づく。一瞬で決める。

 ぐ、と是空を握る。すると、イクサの視界が急に変わっていった。全てが緩やかになっていくのだ。まるで動画のスロー再生のように、今まで目でとらえるのがやっとな二人の姿がはっきりとわかる。

 その二人の姿を捕らえる目は黄金色に輝いていく。瞳孔も細くなり、人というよりも獣に近いそれに変わっていく。


 是空を構え、イクサは一歩。また一歩と歩を進めていく。核を砕く。そのことしか頭になかった。

 ズ、ズ、ズ。

 イクサの姿に気づいた炎神御柱が炎を走らせる。しかし、八尋の攻撃を捌かなければならないせいか、その精度はいくらか劣っていた。ゆっくりと見えるから、剣を少し傾けるだけで済んだ。

「く、来るな……!」

 上空に跳びあがった炎神御柱が極大の火球を放とうと手を挙げる。

「させません!」

 八尋が短剣を投げつけ、火球を掻き消した。

「小癪―――っ!?」

 ザク、と背中の核に戦は是空を突き立てた。すると、核はその体から離れ、力を失った炎神御柱は地に墜ちていく。篤臣から分離した核をイクサは手に取った。

「炎神御柱、討ち取ったり!!」

 ヒビの入った赤い球はかすかな火を纏いつつも、数分後には消えた。

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