第4話 鬼の刀

 あんなに鳴り響いていたサイレンも鳴りを潜め、人々の声も遠ざかっていく。

「いくちゃん!」

「戦!」

 がらがらと店の戸が開かれ、二人の声が聞こえる。その声を聞きたかった。

「父さん! 母さん!」

 ばたばたと階段を下りて行くと、必要最低限の荷物を持った二人が立っていた。慌てて駆け寄り、二人の間に飛び込んだ。

「大丈夫なんだな!」

「うん、父さんもケガしてない?」

「いくちゃん、何か変わったことはなかった?」

 そう言われ、ぎくりとした。あの水去と名乗った男の事が脳裏によぎったのだ。だが、あの青年が語ったことは荒唐無稽もいいところだ。何が鬼だ。確かに産みの親はいないが、れっきとした人だ。

(大がかりな撮影にしては、妙だったな)

「八尋、入りなさい」

「はい、丹治様」

「お前、さっきの!?」

「いくちゃん、紹介するわね。この子は八尋といって、鬼なの」

「は?」

「若君、先程は御身を危険にさらしたこと、誠に申し訳ございません。ゆえに、この八尋、誠心誠意を尽くしお仕え申し上げます」

 店に入ってきたのは、少し前に会った忍者コスプレ娘だ。店のど真ん中で片膝をついて頭を下げているという、なんともシュールな光景だ。

 さっき、変な言葉を聞いた。

(鬼、って確か……)

「鬼って、あれだろ? 地獄にいて金棒持って、虎柄のパンツをはいてて……」

 そして、角だ。頭を下げているのでわかりやすいのだけれど、角っぽい物はどこにも見えない。八尋は言葉を続けた。

「若君は何か勘違いされている様子ですね。鬼といっても、そのようなものはヒトが我々を理解するために勝手に想像した形です。鬼とは本来、ヒトの理解の及ばないものを勝手にそう呼んでいるだけなのです」

「俺が鬼なわけないだろ? そんなのはゲームのやりすぎだって」

「ならば、しかたありませんね。紅緒様、お館様からお預かりしたものを若君にお返ししてもよろしいでしょうか?」

「ええ、封印が解けた今、猶予はないのでしょう」

「頼んだよ、八尋」

 かしこまりました、と八尋が立ち上がると戦に近づいてきた。その動きはまるで鬼気迫るものだったので、戦は思わずたじろいだ。近づきながら、八尋は空に指で何かを描いていく。

「おいでませ、我らが鎮護の白き鋼」

 そう言い終わった途端、戦の足元に何かの陣が現れる。魔法陣、にしては和風だ。幾何学模様ではあるのだけれど、円ではなく四角と三角ばかりが目立つ。直線的な陣形に驚き後ろに下がる。

 円の中心から白い煙が立ち上ると、その中から何かが見えた。それは白い光をまとった刀だった。

「その刃こそ、あなた様が持つべき刃。鬼を護る刀。我らが太祖より連綿に続く、唯一無二の刀」

 八尋ではなく、丹治が答える。いつものやわらかな声ではなく、厳しい声だった。その煙の向こうにいた三人の姿に戦は驚いた。

 白い、と思った。三人の身体が白く光っている。身にまとっている物も、まるで江戸時代に変わったように和服になっている。白い体に血管のように赤い線がいくつも走っている。

「父さん……母さん?」

 何が起こっているのか、両親だと思っていた二人が異形の姿になっている。鬼、と八尋は言ったが、目の前にいる姿はゲームで見てきたどれにも当てはまらない。白く淡く光っているところ以外、赤い線が浮かんでいること以外、何一つ戦とは変わらない。

「若君も、この姿になっています」

「?」

 そう言われ、はっと自分の両手を見た。

「あ。あ、あ、あ、あ、あああああああああっ!!!」

 白い手と、赤い線。彼らと同じ色を持った自分がいる、と思ったとたん声が割れた。体を二つに折ってうずくまる。

「若君!」

 体が熱い。先程体を貫かれたかと思えば、今度は灼熱に焼かれている。けれども、その痛みはまるで本来体にあるべきものを取り戻させるような、そんな気がした。その痛みのまま、戦は煙の中にある刃を掴んだ。


 戦がつかんだその瞬間、煙が晴れ、その手には一振りの刀が現れた。刀は重いと聞いていたけれど、思ったよりも軽く、手に馴染んでいる。心地の良い重さとはこの事なのだろうか、と戦は思った。

「この刃で鍛冶師どもを破壊していただきたいのです」

 元の姿に戻った八尋がそういう。

「鍛冶師ってなんだ?」

「鍛冶師とは、我ら血族に生まれた異端のものです。奴らはヒトを刀にし、それを集めているのです」

「刀に?」

「はい、それも鍛冶師どもによって鍛えられら一振りではありますが、奴らは本来の役割からそれ、いたずらに刀を鍛え始めたため、封印されていたのです」

「しかし、何らかの方法でその封印が解け、この地にやって来たのです。彼らの最高傑作である、この刀を奪うために」

「なぜ?」

「それは、彼らにしか知らない事です。若君、この刀を守るよう仰せつかりました。御身の守護は八尋が務めます。どうか、鍛冶師どもを封印するためにそのお力をお使いください」

 そう言われても、理解が追いつかない。

「いくちゃん………」

「母さん」

「本当ならばヒトの子として生きてほしかったと、襷様もうい姫様もおっしゃることでしょう。しかし、これも定めでしょう」

「母さん、やめてってば! 俺にそんなことは!」

 急によそよそしくなった母にイクサは叫んだ。手に持った刀に、イクサは問いかける。

(俺は……どうしたら)

 物言わない刃が答えられるわけがなく、イクサは立ち尽くすほかなかった。

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