妹が鬱ルートしかない乙女ゲームの悲ロインに転生してしまったようなのでお兄ちゃんがフラグをへし折ります!

加賀見 美怜

プロローグ

この世は理不尽だ。


そう呟いたのは誰だったろう……、忘れた。


大切な人だったかもしれないし、通りがかりの知らない人だったかもしれないし、ただの隣人だったかもしれない、…僕自身だったかもしれない。


どんなに善い人でも酷い殺され方をする。


どんなに悪い奴でも甘い汁を吸ってふんぞり返って嗤ってる。


平等なんてない。


神様なんていない。


理不尽だ理不尽だ理不尽だ理不尽だ理不尽だ。


この世は理不尽だ。


僕も、そう思う。


じゃなきゃコレはなんだ。


じゃなきゃ目の前に転がっているコレは?


ただ純朴で、優しくて、平等で、可愛らしかった。


僕の自慢で愛する人。


その彼女は生前の見る影もなく、僕をただただ、光のない瞳で僕を見据えいた。


守れなかった、救えなかった、大切な人。


どうして、どうして彼女が、


神様、かみさま、カミサマ、神様なんて、


ああ、どうして僕は彼女の代わりになれない。


僕の大切な、


…大切な妹……


彼女を救う為なら僕は、僕は、





「っは……!!!」


目が覚めた。


まるでさっきまで溺れてたような感覚で勢いよく息を吸った。

ひどい目覚めだ。汗で身体がぐっしょり濡れている。

呼吸がおかしい、慌てて整える。

落ち着くとふうと息をついた。


酷い夢を見た、見たような気がする。

何も憶えてない、何も分からない、でも酷い夢だった。


「お兄ちゃん朝だよ……、わっ!どうしたの!?具合、悪いの?」


僕を起こしに来たであろう妹が部屋のドアを開けると僕の姿を捉えて目を見開いた。


「顔色、すごく悪いよ!」


「だ、大丈夫、ちょっと寝不足なんだ。ゲームのしすぎかな」


あまりに心配する妹に対して大したことないと取り繕う。

今回は違えど、ゲームのしすぎで寝不足なんてざらにあることだから言い訳としてはバッチリだった。

僕の言葉に妹は枕元に置いてあったゲーム機と積まれたソフトの箱を一瞥する。


「しゅみれーしょんゲームってやつ?お兄ちゃん好きよね。夜はちゃんと寝てよ」


恋愛シュミレーションゲーム。

僕はいまソレにハマっている。

意外とストーリーがしっかりしてて面白いのだ。

特別今ハマっているのは乙女ゲームと云われるジャンルで恋愛小説感覚で楽しんでいる。


「ご飯冷めちゃうよ。一生懸命作ったんだから」


「…、うん、すぐ行くよ」


妹はにこりと微笑むと部屋を出ていった。


…両親が死んで五年、妹とは支えあって生きてきた。


当時通ってた高校を中退して就職した。

引き取ってくれる親戚は居なかったけれど幸いなことにローンが払い終わった家があり、叔父が後見人だけならと申し出てくれたこともあって今の今まで不自由なく妹と暮らせている。


ご飯は妹の担当だ。

冷めると確かに勿体ないから早く行かないと。






嫌な夢を見た。


ああ、やいばは冷たいんだな。


妙に冷静にそんなことを思ったような気がした。






「お兄ちゃん!こっち!」


妹の声でハッとした。

どうやらボーッとしていたらしい。

妹とモール街に向かっていたところだが、真逆の方向を向いていたみたいだ。

今朝見た内容も憶えてない嫌な夢が尾を引いているのか、今日はなんだかおかしい。


「もう、今日は一日私のショッピングに付き合うって約束でしょ!つまんなくてもボーッとしないで!はぐれちゃう」


そう言いながら妹は僕の手を取った。


「お兄ちゃんがずーっとボーッとしてるから、拘束の刑~!」


妹はギュッと握った手を見せるとにひひと悪戯っぽく笑って見せた。

友人に兄妹にしては仲が良すぎると言われたことがある。

僕には世間の兄妹はよくわからないし、僕の家族は妹だけで、妹の家族は僕だけなんだから何もおかしくないだろう、と言った。


そうかもな、友人はそっけなく答えた。

僕たちはおかしいんだろうか。


「捕まっちゃったな」


妹にそう言いながら微笑むと、妹は嬉しそうにした。


これだ。


妹が嬉しいなら僕も嬉しいし、妹が幸せなら幸せだ。

他に何もいらない、僕は妹が居れば、妹が居ればそれで…。


それで幸せ…


ずしゃっ


地面に何かが倒れ込む音がした。


「あれ…?」


それは、


一瞬だった。


消えた。


視界から妹が消えた。


きえたきえたきえたきえたきえたきえたきえた


片手に重みがかかっているのに気づいた。


妹と繋いでいた手が下に引っ張られている。

地面に倒れ込んだのは妹だった。


「っ…は…???」


妹の周りには赤い水たまりが広がっていた。


包丁を抱えた男が目の前にいる。

赤い雫の滴る刃を持つ男は呪詛のように何かを呟いていた。


「ゆるせねぇ…り、リア充が…、カップルが……、どいつもこいつも、おおお俺を見下しやがって…!白昼堂々イチャイチャしやがって!ふざけるなふざけるなふざけるなよォ!!!」


殺してやる、皆殺しだ、そう叫びながら男は周りに向かって包丁を振り回した。


叫び、嘆き、恐怖……


蜘蛛の子を散らすように人々は逃げまどう。


何人か刺されて、何人か斬りつけられた。

そこまで一瞬の出来事で何が起きたのか分からなかった。


ただ、妹がそこに倒れてる、それだけ。


「っ…なあ、大丈夫か、すぐ、救急車、呼ぶから、気を確かに……、ああ、血、血が…」


妹の傷口をハンカチで抑える。


ポケットからスマホを取り出そうとするも身体の震えが止まらない。

妹は呻くでも痛がるでもなくただそこに転がっていた。


なんで?


何で全く動かないんだ?何で全く返事をしないんだ?


大丈夫、まだ間に合う、救急車呼ばなきゃ、


思考がぐちゃぐちゃに交わる。


驚きすぎて涙も出ない。


いや、未だ泣いてる場合じゃないから、


大丈夫、まだ、まだ間に合う。


「死んだのか、惨めだな」


頭から声が降ってきた。

見上げると薄ら笑いを浮かべる包丁の男。

何かがぶつんと切れた音がした。


「…ざけるな、ふざけるな!!!!!」


気づいたら男に掴みかかっていた。


許せない。


妹を傷つけて平然と笑うこの男は絶対に許さない。


僕が男の頭をコンクリートの上に打ちつけるように押し倒すのと男が僕の心臓を包丁で貫くのは同時だった。


最悪だ。


どうしてこんなことに、


最期は涙を流してた気がする。


ボヤける視界の中ゆっくり妹に手を伸ばした。


俺はもういい、


この子はまだこれからなのに、


ここで終わっていい子じゃない、


優しい子なんだ、可愛い子なんだ、賢い子なんだ。


幸せ、幸せに生きる権利がこの子にはある。


妹に手が触れるか触れないかでテレビが消えるようにぶつりと意識を失った。



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