友と2人で⑤

 下仁田駅を出発して約30分で上州富岡じょうしゅうとみおか駅に到着した。富岡市の中心的な役割を担う代表駅であると同時に、当駅折り返し列車も設定されている線内の拠点駅の1つでもある。


 降りて最初に目に飛び込んだのは船の甲板かんぱんのような巨大な屋根だった。ミルキーな白い屋根が線路に平行するように伸びている。下仁田とはうって変わって随分と近代的な造りだと思った。木の匂いもするし、新しく建て替えられたのだろう。


「あれ? さくら?」


 ここから富岡製糸場まで歩いて15分ほど。早速向かおうと思ったのだが隣にさくらがいないのだ。辺りを見回してみると、桜色のスニーカーが窓口にいるのが見えた。本当によく目立つ。おかげで助かるけど。


「さくら、何してるの?」


「ああ、悪い悪い。切符買ってんだよ」


 切符? フリー切符を持ってるのに、わざわざなんで?


「ていうか、切符集めるタイプだったっけ?」


「いや、別に。でも、ここ硬券じゃん。折角だからさ。お父さんも喜ぶだろうし」


 ああ、上信ってまだ硬券が残っているんだ。それもそうか。駅員さん、入鋏用のハサミ持ってたもんね。


 硬券は厚紙に印字された切符のこと。自動改札機の普及によって急速に磁気券が数を増やし、今となってはレアものだ。発券してくれる場所も数も少ないけど、まさかこんなところに残ってたなんて。


 折角だし、私も買っていこうかな。


「あの、すいません。私も1枚……」


「そう来ると思ったぜ」


 横でニヤニヤしてるさくらには若干腹が立つけど、行動が読みやすいのがオタクのさがというもの。ありがたく駅員さんから切符を受け取って窓口から離れた。


 普通はそこから改札に向かうんだろうけど、私たちは駅から離れていく。こう思うとオタクってオタク同士だとわかりやすいけど、オタクじゃない人から見たら常識で図れない行動するよね。私が言えた義理じゃないんだけど。


「さっ、飯行こうぜ」


「ご飯?」


 そういえば時間は昼時を過ぎていた。


「富岡製糸場に行く前に昼飯昼飯!」


 まあ、折角だし良いかな。食にずぼらになりがちなのはオタクの悪いクセだ。旅先なんだから地元のものをいただくとしよう。


「で、どこ行くか決めてるの?」


「もちろん。さっき駅員さんにオススメ聞いてきた」


 ちゃっかりしてるなぁ。私なら絶対できない、そんなこと。


「んじゃ、行こうぜ」


 張り切って歩くさくらの後ろを素直についていくことにした。場所は彼女しか知らないし当然だろう。


 そして、歩くこと約15分。


「あれ? 富岡製糸場じゃない? ここ」


 なんと目的地に着いてしまったのだ。


「先にお昼食べるって言ったじゃん」


「ちっちっちっ。ここなんだな、実は」


 さくらが指さしたのは、製糸場正門真ん前の和風な建てがまえのお店だった。


「え、ここ!?」


 文字通り目と鼻の先で驚いた。


「おそば屋さん、だよね?」


「そそっ。とりあえず行こうぜ」


「ああ、ちょっと」


 さくらに引っ張られるようにして店内へ。やっぱりおそば屋さんだ。座敷席もある。折角だからお座敷でいただくことにした。


「ここのおっきりこみが美味いらしいんだよ」


 席につきながらさくらが言った。


「おっきりこみ?」


 メニューを開くと一番最初に大きく書かれていた。どうやら群馬県の郷土料理らしい。


「折角だから頼もうかな」


「オッケー。じゃあ、おっきりこみ2人分な」


 そう言ってテキパキと注文を済ませてしまう。早いなぁ、こういうの。


「私、食事のこと何も考えてなかったよ」


 ともすれば、分刻みの移動が求められるのが鉄道旅、いや鉄道オタク旅だ。どうしても食に関してはおざなりになってしまいかねない。


「だと思ったよ。まあ、気持ちはわかるけどな。でも、折角観光する時間とってるなら美味いもんも食わないとだろ? 機転利かせた私に感謝しろよ」


 ニカッと歯を見せて笑う。得意げな姿が鼻につくけど、まあここは素直に感謝してあげよう。


「はいはい、ありがとね」


「うわー、ドライ」


 そんなことないと思うけど。


 そうこうしているうちに頼んでいた品が到着した。


 おっきりこみ。名前からはどんな料理か想像できなかったけど、どうやらおうどんのようだ。太めの麺が透明なつゆの中から顔を覗かせている。これは髪が邪魔になるな。幸いヘアゴムは常備しているので、後ろで1本にまとめることにした。


 それでは、いただきます。


 箸で1本すくい上げる。本当に太い。ほうとうみたいだ。これは1本ずつ食べるしかなさそう。


 ふーふー。軽く冷まして口の中へ。箸を使いながら太麺をすすっていく。


 うん、美味しい。そして、ちょっと新鮮な感じ。弾力のある太麺はもっちりとしていて食べ応え抜群。醤油ベースのだしが、さっぱりとした味わいを生み出していた。味噌ベースのほうとうとはまた違った味わいが口の中に広がり、鰹節の香りが鼻腔を駆け抜けていく。


 一緒に入ってるのは鶏肉かな。だし汁を含んだ鶏の旨味が噛みしめる度にふくらんでいく。こっちは油揚げだ。だしが染みてて美味しい。一番につゆの旨味を感じられる食材かもしれない。


「なっ、みずほ」


「え?」


 対面のさくらと視線がかち合った。


「来て良かったろ?」


「……うん」


 それは心からの肯定の回答だった。

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