第47話 ひっくり返る世界
それから数日後、今晩、京子は奏蓮の誕生会に招待され黒塚家の居間にいた。
テーブルには奏蓮の母が腕によりをかけて作った料理が並び、祖父と両親、奏蓮と京子の計五人が座り、家族は皆、嬉しそうに奏蓮を祝福した。
そうして皆が始まりの言葉を言おうとした瞬間、奏蓮の部屋から携帯電話の音が奏蓮を呼びつけた。
「あっ、ちょっと待ってて」
奏蓮は、はやる気持ちを抑え、立ち上がると自分の部屋に向かい、京子はその背中が消えるギリギリまで奏蓮に視線を送り続けた。
◆
電話の相手は友達で明日体操着が必要かどうかというものだった。
奏蓮は軽い足取りで居間の前まで戻ると元気よく戸を開けた。
「……!?」
あまりの出来事に奏蓮の脳がその情報を拒絶しようとするが無駄な抵抗だった。
首を失った三つの死体、服装から母と思われる体の首の切断面から血を吸う京子の姿、全てがおかしかった。
こんなはずじゃない、さっきまではみんな笑いあっていて、これから楽しい自分の誕生パーティーが始まるはずだ。
夢? 幻? どれも違う。
「あっ、奏蓮、電話早かったね……」
見たことも無いほど冷たい顔でこちらに視線を向ける京子はあまりに恐ろしく、奏蓮のは無言のままにパニック状態となる。
「これね、かんたんだったわ、怪我の後遺症でまともに戦えないキラーと霊力が高いだけで戦闘経験のないただの人間だもの、一度に三人とも殺したわ」
感情のまったくこもっていない声、そこでやっと奏蓮の口が動いた。
「嘘だ……こんな、なんで?」
「なんで? だって私は吸血鬼だもの、人の血を吸うのは当たり前でしょ? それと教えてあげる、吸血鬼はね、高い霊力を持った人の血を吸い続けているとそれだけで力が上がるの、あたし達の家族はね、こうやって高い霊力を持った人間だけをターゲットにして地を吸い続けて、少しずつ力を蓄えてきたの」
人形のような顔で説明する京子に奏蓮は問う。
「でも……僕達あんなに仲良く……」
「そんなのこの家に近づくために決まってるじゃない、だいいちあたし達吸血鬼があなた達人間なんかと仲良くするわけないのに、ましてやキラーの孫なんて、本当に、奏蓮って見てておもしろかったよ」
「……」
まばたきすらしてるかわからない表情で京子は指をパチンと鳴らすと巨大な黒い影がベランダの窓ガラスを突き破り部屋に侵入してくる。
その正体は蝙蝠の大群、蝙蝠達はまるでそれで一つの生物のように的確な動きで奏蓮に襲い掛かる。
「戻ってこないでそのまま逃げれば助かったのに……奏蓮は少し強いから、体力がなくなるまではその子達に相手してもら……」
「アァアアッ!」
蝙蝠達から赤い血肉が飛び散り京子の足もとを赤く濡らした。
「……えっ?」
京子が目を大きく開くとそこには子供とは思えぬほど怒りに顔を歪めた奏蓮が撃進する姿が映る。
「アァアアアア!」
人の喉から発せられてるとは思えぬ咆哮、触れるもの全てが爆ぜ散り、辺りを蝙蝠の血肉で埋めていく。
「そんな……人間がそんな力を……」
無機質な表情に初めて生まれた表情は恐怖、一歩下がろうとした瞬間、京子は奏蓮に押し倒された。
「アアアアア!」
叫びながら襲い掛かる奏蓮の右手の指が京子の左胸に突き刺さりそのままアバラを突き通る。
「ガハッ……!」
「コロシテヤル……お前だけは、絶対にコロスッ!」
絶望に満ち溢れ、血の気の引いた京子目からはあまりの恐怖で涙が流れ続ける。
「殺さないでぇえええ!」
「!?」
奏蓮の顔からわずかに歪みが取れ、指の進攻が止まる。
その隙に京子は奏蓮を突き飛ばしめちゃくちゃに羽を上下させながら外へと飛び出し、飛び去ってしまう。
その姿を奏蓮は黙って見届け、何故か追おうとはしなかった。
ただ一人残された奏蓮は周りに転がっている家族の死体に視線を向けると、涙を流しながら拳が砕けそうなほど床を殴り、声にならない叫び声を上げた。
◆
次に奏蓮の意識が目覚めたのは病室のベッドの上だった。
「先生、患者が目を覚ましました」
「何、本当か?」
周りの医療器具をいじる看護婦、自分の体を調べたり色々と話し掛けてくる医者、その全てがどうでもいい。
「フム、口がきけないのかね、まああんなことがあった後じゃあ仕方ない、君のおじさんが面会に来ているから、私達は席をはずすよ」
そういって医者と看護婦は病室を出て行く、だが奏蓮におじさんなどいない、ふと横を向くとそこには黒衣に身を包んだサングラスの男が立っていた。
その男と一緒に医者達の態度も何かおかしかった。
まるで何かに操られているような、それで黒衣の男の正体がわかった。
「やあ黒塚奏蓮君、君は家族を殺したのが誰かわかるかな?」
ゆっくりと頷く。
「復讐したいかね? 力が欲しいかね?」
奏蓮は血がにじむほど強く拳を握り、掛け布団の上に大粒の涙を落とし、震える声で語る。
「欲しいさ……母さん達を殺した奴が憎い、人間を食い物にする奴が憎い、モンスターが憎い……」
バッと顔を上げて総連は叫んだ。
「頼む、俺をあんたらの所へ連れて行ってくれ!」
黒衣の男は怪しく笑い、右手でサングラスを上げた。
「ようこそ、キラー協会へ……」
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