第18話 和人の記録弐
決して交わってはいけない種族、二人の子は破滅の子、二人の子は滅びの子、二人の身勝手な愛で世界は消える。
けたたましい目覚し時計の音とともに和人は目を開けると着替えて食卓テーブルに着き、朝ごはんを食べる、いつもと変わらない朝のはずだがこの後は違う。
家を出て二分もしないうちにいつも美月と別れているT字路に着く、そこには自分だけのかわいい美月(かのじょ)が待っていた。
「和人君」
和人の姿を見つけると美月は嬉しそうに走り、その振動で長い黒髪が揺れる。
◆
学校につくと和人と美月は体操着に着替え、グラウンドに出る。今日は体力測定だ。
「しっかし炊事遠足のあとに体力測定って、普通、入学してすぐやるだろ……」
「だから遠足の後に一日休みがあったんじゃないの? それと時期がへんなのは握力測定の機械が足りなかったから届くまで待ってたんだって」
面倒臭そうに言う和人に美月の落ち着きのある穏やかな声が当てられる。
すると後ろから聞きたくない男子の声が和人に向けて飛んでくる。
「フンッ! 夜王和人、随分と余裕じゃないか、そんなことではこの一年D組駒ヶ嶺(こまがみね)武(たけし)には勝てんぞ!」
妙にハイテンションで勝負を挑んでくる短髪でスポーツマン体型の男子、駒ヶ嶺武、小学生の頃から運動で負けたことがない彼は体育の時間に亜人間(かずと)に負けて以来、和人を勝手に永遠のライバルと決めて何かと絡んでくる。
「だが、ただ貴様と戦っても面白くは無い、ここは一つ賭けをしようじゃないか!」
「賭け?」
「そう! ずばり、一種目ごとに敗者は勝者に講買のカツサンドを一つおごるというのはどうだ?」
それを聞くと和人は鼻で笑い、美月を右腕で抱き寄せる。
「わるいけど俺はお前と違ってこいつが弁当作ってくれるから興味ねえな」
その台詞に武は「グハッ!」と叫び声を上げて一歩うしろに下がる。
「おい光一、ちょっとこっちこい」
和人の言葉の先には女子達と親しげに話す光一の姿があり、和人に呼ばれ女子にすぐ戻ると言ってこっちに走ってくる。
「なんだよ和人、なんかおもしろい話か?」
和人の視線が武に戻る。
「というわけで駒ヶ嶺、俺が勝ったら光一にカツサンドっていうのはどうだ?」
「なにっ!?」
「えっ、マジで!? やった、和人、絶対に勝てよ!」
光一は喜びのあまり和人の両肩につかみかかり、武は少し戸惑うもすぐに平静な顔になる。
「いいだろう、まあ、全種目勝利するこの俺には関係ないがな」
その言葉に和人が反応する。
「そりゃどういう意味だ?」
「そのままだ、いいか、勝利の女神とはつねに正義に加担するもの、貴様のように昼間から女を抱き寄せるなどと破廉恥極まりない行為をするような汚れきった俗物に女神は微笑まん! ずばり、勝利の女神はこの駒ヶ嶺武(こまがみねたけし)に微笑むであろう!」
勝ち誇ったように大きく笑いながら武はその場を去り、光一もすぐに女子達の下に戻っていった。
「あ、あの、和人君、人間の言うことなんか気にしない方が……」
美月が和人の顔をちらりと見ると和人の額には青筋が浮かび、口の端はぴくぴくと痙攣している。
「安心しろって、今まで一六年間も抑えてきたんだぞ、怒りにまかせて本気なんて出さねえよ」
信じられない、美月にとって今の和人の言葉は政治家の税金を正しく使うという公約ぐらい信用できないものだった。
競技が始まると美月の予感は的中した。
男子一〇〇メートル走、武のスタートは完璧だった。それこそ公式大会でないのが残念だというぐらいに完璧なスタート、姿勢、勢い、まちがいなく自己ベストの一一秒フラットを切るはずなのに。
「夜王、一〇秒四〇、駒ヶ嶺一〇秒九七」
先生の言葉に駒ヶ嶺が叫ぶ。
「馬鹿な!? 高校記録でも一〇秒二四だぞ!?」
和人は勝ち誇った顔でにやりと笑い、美月はやっちゃったと大きなため息をつく。
その後も和人は全ての種目で高校記録ギリギリの記録を連発、武からカツサンドを奪い続ける。
当然だがこれでも和人は実力の三割も出していはいない、人間の姿でも和人が本気を出せば一〇〇メートル走など二、三秒で走れる。
極め付けは砲丸投げだ。
武はハンドボール投げで高校トップレベルの記録を出すも和人は超下手投げで武の記録をわずかに追い抜かし、砲丸投げが始まる。
「夜王和人、貴様の超人的な記録もここまでだ、言っておくが砲丸の投げ方はハンドボールのそれとは大きくことなる。見るが良いこの駒ヶ嶺武の力を!」
などと叫びながら投げられた砲丸は一五メートルと、この多日高校ではまちがいなく一番の記録を出す。
「どうだ! 言っておくがさっきのように下手投げは……」
「うるせぇえええ!」
華麗な下手投げだった。それこそ野球選手が投げたと見間違うほど綺麗なフォームで鉄の塊が射出される。
砲丸は高速で回転しながら大気を巻き込み空間を貫く。
地面に付くとそのまま地面を削りながら突き進みグラウンドの壁に激突する。
その場にいた者全てが凍りついた瞬間だった。
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