第一章●再び、不当な炎上(2)

めようか、コラボ配信」

「えっ……?」

 翌日、事務所の会議室に自分たちを呼び出した薫子が発したその言葉に、有栖が絶望的な声を漏らす。

 大きなショックを受けたであろう彼女と、黙って話を聞いている零に向け、薫子はしんけんな表情を浮かべたまま話を続けた。

「蛇道枢に対する炎上の大きさを見誤ってた。正直に言うと、そろそろ落ち着く頃なんじゃないかって思ってたんだ。けど、思っていたよりもコラボに対するファンからの反発が大きい。このままコラボ配信を決行しても、零にとっても有栖にとっても良くないことになるだろう」

「ま、待ってください。確かに思っていたよりもげきな反応が返ってきて驚いてるのは私もですけど、きちんとフォローしていけば、みんなもわかってくれるんじゃ……?」

 コラボを打ち切る方向で話を進めようとする薫子へと、こんがんするように口を挟む有栖。

 引っ込み思案な彼女がを通そうとしていることに驚いた薫子は一瞬だけ意外そうな表情を浮かべるも、すぐに元の平静を保った顔に戻ると、申し訳なさそうに首を左右に振り、有栖の意見を否定する。

「ごめんよ、有栖。私の判断が甘かった。【CRE8】の、あんたのファンたちの蛇道枢への怒りは、私の想像を遥かに超えたものだった。せつかく、あんたが意欲を見せてくれてるっていうのに、私の判断ミスで二人の努力を水の泡にしてしまって、本当にごめん」

「そ、そんな……社長が謝ることなんて、なにも……!!」

 事務所の代表であり、自分たちの上司である薫子が深く頭を下げて謝罪をする様に、有栖が震える声を絞り出す。

 薫子がこんな風に自分たちに謝罪する必要なんて、何もないのに……と、少なくないショックを受ける有栖は、隣から聞こえてきた大きなため息にはっとしてそちらへと視線を向けた。

「……まあ、しょうがないですよね。むしろ、俺の方こそすいません。自分のことなのに、きちんとリスク管理がきてなかったのが問題なんだと思います」

「あ、阿久津、さん……?」

 既に諦めムード……というより、コラボは打ち切る前提で話を進めていそうな零の様子に、有栖は指先が冷えていくような感覚を覚えた。

 そんな彼女の目の前で、零は結果として自分の炎上に巻き込む形になった上司と同僚へと、謝罪の言葉を述べながら頭を下げる。

「入江さんの言う通りですよ。薫子さんが謝る必要なんて、にもない。悪いのは炎上中なのに、きっぱりとコラボを断れなかった俺です。おかげで、【CRE8】と羊坂芽衣のSNSアカウントも炎上気味ですし……このままコラボしても悪い方にしか話が進まないって考えるのも、当然のことですよ」

「阿久津、さん……」

「……すんません、入江さん。サムネ作成とか、募集用のフォーラムとかの設置までしてもらったってのに、全部無駄にしちゃいました。本当に申し訳ない。この通りです」

「あっ……!?」

 深く、深く……薫子同様に、有栖へと頭を下げる零。

 自分よりもずっと大きい彼が、体を縮こまらせて謝罪する姿は、とても痛々しく見える。

 上司である薫子と、同僚である零。

 二人が揃って自分に謝罪し、申し訳なさそうな表情を浮かべる様子を目にした有栖は、がっくりと俯くと完全に口を閉ざしてしまった。

「……今日中にコラボ配信の中止を各方面で告知しよう。理由に関しては、こちらで考えておく」

「わかりました。じゃあ、俺たちはこれで……」

「………」

 蛇道枢と羊坂芽衣のコラボ配信の中止が決定したところで、三人の話し合いは終わりを迎えた。

 これ以上の炎上が起きないような手頃な理由を考えておくという薫子の言葉を聞いてから、零はただ無言であり続ける有栖と共に会議室を出る。

「……本当にすいません。俺のせいで、こんなことになっちゃって……」

「阿久津さんのせいじゃ、ないですよ。悪い、のは……悪いの、は……!!」

 何を話していいのかわからず、繰り返し謝罪の言葉を口にした零は、苦し気な有栖の返事を耳にしてそれ以上なにも言えなくなってしまった。

 あがり症を克服するために、初のコラボ配信を成功させるために、意欲的に動いていた彼女の頑張りが無にしてしまったことを悔しく思いながらも、これが正しい判断だったのだと自分に言い聞かせて、零は一足先に社員寮へと戻っていく。

「すいません。俺、先に行きますね。少し、一人になりたいんで……」

「はい……」

 ショックを受けている有栖を一人にすることは気が引けたが、零自身もこのたいにショックを受けていないわけではない。

 自分がどれだけ嫌われているかを自覚し、同時にそんな自分と関わろうとする人までもが被害にうということを理解してしまった彼は、昨日感じた誰かと繋がりができる喜びに泥を塗られたような、心苦しさを抱いていた。

「……しょうがねえ、よな」

 仕事用のスマートフォンを取り出して中を確認してみれば、今でもSNSには多くのアンチコメントが寄せられている。

 所属事務所である【CRE8】を巻き込まないわけにはいかないだろうが、せめて有栖にはこれ以上炎上に巻き込まれてほしくないと、そう考えた末に、零は羊坂芽衣のSNSアカウントで青く点灯している『フォロー中』の文字をタップして、彼女との関わりを断った。

「これでよかったんだ、これで……」

 これで、有栖の方も自分のフォローを外しやすくなるだろう。

 相互フォローが切れれば、必要以上に有栖に絡むファンもいなくなる。自分の方はまた何か言う奴が出てくるだろうが、そんなものはもう慣れっこだ。

 有栖を傷つけないためには、これが最良の選択だ。

 そう、自分に言い聞かせながら、零は元の色に戻ってしまった羊坂芽衣のフォローボタンを見て、大きなため息をつく。

 何もかも上手くいかないな、と自嘲気味に思いながら、もう笑う気力すら湧いてこない心を抱えたまま、彼は重い足取りで社員寮への道を歩んでいった。

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