Vtuberってめんどくせえ!【増量試し読み】

烏丸 英/ファミ通文庫

第一章●初手、大炎上(1)

「う~わ、なんか凄い勢いで炎上してるんすけど……?」

 一向に収まる気配が見えないアンチコメントを仕事用のスマートフォンで見ながら、 れいは心底嫌気が差した表情でそう漏らした。零は口の端を吊り上げながら、この状況を確認しているであろう所属事務所の社長へと視線を向けた。

 今、乗りに乗っているVtuberブイチューバー事務所【CRE8クリエイト】のCEOであり、零の叔母でもあるほし かおるは、カラカラと快活に笑いながら愉快そうに甥へとこう言葉を返す。

「いいじゃないか! 炎上するってことは、それだけ注目を浴びてるってことだろう? 確かに幸先の良いスタートとはいえないかもしれないけど、知名度を上げるってことに関しては大成功してるじゃないか」

「いや~……俺、Vtuberに詳しいわけじゃないけど、配信初日からここまで燃え上がってる奴って間違いなく史上最大規模ですよね? 下手するとこのまま灰になるまで燃やし尽くされちゃいますよね?」

「大丈夫だって! しょせんいつせいの炎上。零には後ろめたいことなんてないんだから、どっしり構えてなよ!」

「どっしり、って言われてもなぁ……」

 薫子からのアドバイスにため息をつきつつ、スマホの画面へと視線を戻す零。

 この一分にも満たない会話の間にも、次々と送られてきていたコメントを目にした彼は、それを声に出して読み上げていった。

「【今すぐ引退しろ、ゴミ】【百合の間に挟まる奴は死刑】【CRE8に男なんていらない】【とりあえず死ね、話はそれからだ】……見事にアンチコメントばっかりなんですけど?」

「よく見てみなよ。【初配信面白かったです!】って好意的なコメントも寄せられてるじゃないか!」

「その後に【引退配信はいつですか? 楽しみにしてます!】って続いてますけどね! こいつ、上げて落とす分、他の奴らよりタチが悪いっすよ!? っていうか、どこをどう探しても好意的なコメントが見つからないんですが? なんだぁ? 世の中の連中は全員、俺の敵なのか?」

「味方がゼロからの始まり、逆境からのスタート……う~ん、いいね! 男の子なら、燃えるものがあるんじゃない?」

「ええ、燃えてますよ。今現在、こんがりくろげになるほどの大炎上の真っ最中です。いつになったら燃料の投下が終わるんすかね?」

「あっはっは、なかなか面白い返しだ! やっぱり零には配信者としての才能があるよ」

「……社長にほめてもらえて嬉しいですよ。本当にね」

 どこまでも能天気に語る叔母の姿にうんざりしたように再びため息をついた後、社長室にある豪華なソファーへと崩れ落ちた零は皮肉交じりの言葉を漏らす。

 そんな彼の様子にふんふんと鼻を鳴らした後……椅子から立ち上がった薫子は、都会のネオンがきらめく夜景を見つめながら言った。

「……損な役回りを押し付けて申し訳ないと思ってるよ。だけど、男性タレントの存在は、この事務所を大きくするために必要なことだ。かわいい女の子を集めて配信させるだけで生き抜けるほど、Vtuber業界も甘くない。多少の痛みを支払っても、次に繋がる投資をしておかなくちゃ、ね……」

「………」

 薫子のその言葉に、零は黙ってうつむく。

 彼女がSNSの公式アカウントに寄せられるアンチコメントに対しての処理やその他諸々手回しをしていることは、零も知っていた。

 炎上のおもてに立っているのは自分だが、彼女もそれと同じくらいの苦労を背負っていることを理解している零は、薫子と顔を合わせないまま小さな声でつぶやくようにして、言う。

「……行き場のない俺に居場所を作ってくれたって恩がありますから、できる限りのことはしますよ。そもそも、この会社を辞めたところで、何ができるんだって話ですしね」

「ありがとう、零。苦労をかけるねぇ……」

 その言葉を聞いて少し疲れた様子の薫子の顔を見た零は、すぐにそっと視線をそらす。

 別に、彼女のやることに文句があるわけではないが、この改革に本当にやる価値があるのかという疑問はぬぐい去れてはいない。

 別に、女性のVtuberタレントだけをようしていて、経営が上手くいっている事務所なんてざらにある。

 今、十分に成功を収めているはずの【CRE8】が、ここまでのリスクを背負ってまで男性タレントの所属を決断する必要が本当にあったのだろうか?

 無言のまま、配信用のアプリを起動した零は、そこに表示されたもう一人の自分と視線を合わせる。

 短く切り揃えられた黒い髪に赤いメッシュ。

 やや鋭い目つきと細身の顔は零の特徴とこくしていて、多少の美化はされているものの決して自分と彼が大きくかけ離れた存在だというわけではないと零は思っていた。

 白のTシャツにファー付きの黒いジャケットを合わせ、暗めのグレーカラーをしたジーンズと合わせたシンプルな服装。

 それに手首に蛇を思わせるブレスレットを装着しているだけの、比較的シンプルな男性キャラクターの名は『じゃどう くるる』……Vtuberとして活動する際に零が使用する、もう一つの彼の姿だ。

「デビュー早々から死ねだの引退しろだの……お前も大変だな、おい」

 ちょう気味に、自分の分身へと語り掛ける零の口元には、この状況に対するあきらめを感じるだるい笑みが浮かんでいる。

 生きるために、恩に報いるために、この活動を続けていかなければならないということはじゆうじゆうしようしていた。

 だが、しかし……何か問題を起こしたわけでもないのに、こうして心無い言葉を浴びせ続けられると、

「マジで、Vtuberってめんどくせぇ……!!」

 否定はできないかな、という遠回しな薫子からの同意の言葉を受けて、零は再び無気力な笑みを浮かべるのであった。

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