濃厚ぷるんっ・勇者のためのカレーうどん

相沢泉見

1ぷるん




「おーい、中村氏なかむらし、中村氏~!」


 む、誰かが小生しょうせいを呼んでいる。

 重々しく、地を這うようなこのダミ声……。こんな声を持つ知り合いは、覚えている限り一人しかいない。

 小生はあたりを見回し、声の主を探した。

 しかし、今立っている場所は人でごった返していて、どうにも見通しが悪い。

 こういうとき思いきり背が高いと便利なのだが、生憎小生は中肉中背。こうなったら背伸びをして視界を確保するしかあるまい。


 そうやってあたりを見回すことしばし。小生はついに、見慣れたチェック柄を発見したのであります!

「おお、太田氏おおたし。小生はここにいるぞ」

 小生の声は無事に届いたようだ。人の群れをかき分けるようにして、チェック柄のシャツがよたよたと近づいてくる。

 青きチェック柄のころもを纏いし者。その名は太田氏。小生の真友しんゆうの一人だ。

 む、何だ。『しんゆう』の字が違う……? 

 いやいや、これでいいのだ愚民よ。真の友と書いてしんゆうと読む。


 太田氏と小生……この不肖中村なかむらは、ともに『アノ山学院大学』に通っている。現在は工学部の二年生だ。

 ん、何だね。口調がおかしいので明治の文豪か何かだと思った……?

 確かに、小生は時々……いや、しょっちゅう「喋り方が変」と言われる。

 それどころか、存在自体を煙たがられることが多い。最近顔面を装うことを覚えた小生の妹などは、まるで毛虫でも見るような目つきで小生を睨んでくる。


 ああ、『顔面を装う』というのはアレだ。

 一般に化粧とかメイクとかいう、まやかしのことだ。全く、妹の奴。ちょっと見ない間にけばけばしくなりおって……けしからん!

 おっと、話題が反れたな。どこまで話しただろうか。……そうだ、太田氏のことだ。

 太田氏は、魑魅魍魎が闊歩するアノ山学院大学のキャンパスの中で、小生が心を許せる数少ない存在である。


 うむ? 魑魅魍魎とは何かって?

 いちいち小生に聞かずに周りを見回してみろ。右を向いても左を向いても、フワフワ、ヒラヒラ、チャラチャラしたころもで溢れているじゃないか!

 最近の大学生は、どうして揃いも揃ってあんな派手な服を着たがるのか。小生はちっとも理解できぬ。


 このキャンパスの中はそういう若者だらけだ。特に、今いる正門前は派手派手チャラチャラの魑魅魍魎が百鬼夜行している。非常にけしからん!

 それに比べて、真友の太田氏は実に潔い。

 太田氏の体型は、その名の通り横に広がって……ありていに言えば太っているが、そんなことは割とどうでもいい。


 今日の我が友のいでたちは、チェック柄のシャツにジーパン。

 は? 今時『ジーパン』という言葉のチョイスはどうか、だと?

 何を言う。我らにとって、ジーパンはジーパン。

 某同人誌即売会……すなわち聖戦コミケが始まった頃から、戦士の甲冑はチェックシャツにジーパン。リュックにはポスターサーベルを常備、と相場が決まっているのであります!


「あー、太田氏、中村氏! よかったー、やっと見つけた!」

 そのとき、百鬼夜行の向こうから、鶏の首を絞めたような声が聞こえてきた。

 甲高いのに太い、耳障りな……いやいや、聞き取りやすいこの声。小生はすぐに誰か見当がついて、振り返る。

細野氏ほそのし! 小生たちはこっちだぞ」

 視線の先で、枯れ枝と見まごうほどの痩躯が手を振り返した

 あれこそが、小生のもう一人の真友、細野氏だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る