第19話 出発の前に

昨日は新たな旅と言ったが今日はまだ王都付近から出ない。というか出れない。スラムのボスとの約束があるからだ。


俺とサラはスラム内の館へと向かっていた。一度来た場所なので迷うようなことはないが相変わらず貧しそうな人ばかりである。出発前に用件だけ済ましてさっさと帰るようにきつく言われたので俺はぐっとこらえながら進んでいく。


館の前まで来た俺達はすぐに奥まで通される。すぐに行くと言っていたので話はついているのだろう。


「随分と警戒されているようだけど気づいてる?」


他の人に聞こえない程度の声で話しかけられる。そう言われればそんな気もする。


「前来たときはこんな感じじゃなかったような気がするんだけどな。まぁ向こうは手を出したら負けるってのはわかってるだろうし大丈夫だって」


そうこうしているうちに一番奥の部屋にたどり着く。


「ボスがお待ちだ。さっさと入れ」


扉を開けて部屋の中へと進んでいく。一昨日と変わらぬ光景でクロードは俺達を出迎える。


「やぁ、久しぶりってほどでもないけど。今日は素敵なお嬢さんも一緒なんだね。この方が君の言っていた仲間かな?なるほど、相当な魔法の使い手に見える。君に釣り合うだけの人と言うのも納得だね」


「お世辞はその辺でお願い。今日は手短にしたいの」


「失礼、君のような強くて美しい人を見ると興奮してしまうのだよ。・・・それで、一昨日の質問の答えを聞かせてもらおうかな」


「魔物の調査はする。元々する予定だったからな。一区切りついたら報告もするが報酬はいらないし受け取らない。これでもいいって言うなら調査の結果を教える」


事前に打ち合わせた通りに答える。


「なるほど、そう来たか。こちらに借りは意地でも作らせない気なんだね。うーん、わかった。俺達はこの件が終わったら君たちに関わったりしない」


よし、と思った俺とサラ。だがクロードは続けざまに口を開く。


「君たちの調査にうちからも1人同行させてほしいんだ。大丈夫、この件が終わるまでの契約でその間は君たちに不利なことは一切しないって保証するよ。この件は私達としても早く片づけたいんでね。これくらいはいいだろう?」


困った提案をされてしまった。俺が下手なことを言うと悪い方向に進みそうなのでサラの方をチラッと見る。彼女もどう答えるか悩んでいるようだ。


「ありがたい申し出だとは思うのですがそのものが足手まといでは話にならないです。魔物との戦いいついてこれるんでしょうね?」


「それはそこの彼に聞いてみればわかるよ」


合図と同時に一人の男が現れる。


「お、お前は!」


一昨日剣を交えたギュンターがそこに居た。


「ユウタ、もしかしてあいつがギュンターっていう双剣使い?ユウタに手も足も出なかったって聞いたけど」


「ぐっ、痛いところを突かれたね。でも実際に対戦してみた彼はどう思っているだろう?」


「それは・・確かにあのスピードとパワーは相当だ。少なくとも足手まといになるってことはない。でも正直見張られているような気になるから何とも言えない」


「わかったよ。君たちに納得してもらえない以上ここは引きましょう。もし彼の力が必要になったらその時は言ってくれ。条件は先程と同じだから。これ以上は譲れないね」


「こちらとしてはそれで大丈夫です。では、これで」


俺達は館を後にする。館から離れていく俺達を見ながらクロードは呟く。


「彼らに期待するとしましょう。それにしても彼の言っていた仲間とは・・・あの少女1人"だけ"なんですかねぇ?」


今日一緒に来た彼女も頭が回る方ではあるだろうが態度や提案から微妙に違和感を感じていたクロードだった。




宿に帰ってきた俺達は王女を呼び出す。


「今日は上手く交渉できたようね。2人の表情を見ればわかるわ」


満足そうな王女に今日の出来事を話す。やはり彼女も他に同行者が増えることは現状ではあまり良くないとの判断だった。


「状況が変わればどうなるかわからないけど今は魔物の件を優先しましょう。明日には王都を出るから王都でしておきたいことは今日中にしておきなさい」


「それとユウタ、しばらく貴方は1人での行動は控えてください。私かサラのどちらかがついていた方が今はいいです。この世界に疎い内は面倒でしょうが我慢してください」


「えーーーっ、それじゃあマリー様と2人きりでいれる時間がないってことじゃないですかー。ユウタの馬鹿ーっ」


「怒り過ぎだろ・・・はぁ、まぁ仕方ないな。この世界に来てから色々見たり聞いたりしたつもりだったが積み上げた年月が違いすぎるって感じたよ」


サラの駄々こねは気づけば終わっていた。彼女にとっては嬉しくはないことなんだろうがそもそもこの状況で2人きりになれる時間なんてあまり取れないからである。


「よし、店が閉まってしまう前にさっさと準備して明日に備えるぞ」


準備と言っても長旅をしてきたわけでもないのでそれほど補充するものはない。


「そういえばあなたの持ってる剣、随分と使い込んでいるようだけど予備くらい持っておいてもいいんじゃない?」


「確かに、こっちに来てから手入れをする道具とかも買ってなかった。覚えることが多すぎてそれどころじゃなかったってのもあるけどこれは恥ずべきことだ。よし、今すぐ買いに行こう」


「部屋には誰も来ないでしょうから私はここで待ってるわ。何かあれば異空間に戻るから2人で見てきなさい」


いくら暇つぶしがあるとはいえ異空間に長時間いるのはストレスも半端ないだろう。そんな彼女を少しでも早く普通の生活ができるようにしなければいけない。俺とサラは改めて魔物の件の解決に全力を出すと決心した。



俺の剣はこの辺りでは珍しいらしく、品選びは苦戦した。しかし、現地で生産されている武器も使えないといずれ来る今持っている剣が壊れたときに対応ができなくなってしまう。似た感じの剣で妥協するか別の剣を扱えれるようにするか。悩んだが結局両方買ってしまった。少々値は張ってしまったがこのまま悩んでいても仕方がない。実際に使ってみて使いやすい方を選ぶしかない。


「どうする?ちょっと試し切りに行く?1時間くらいはいけそうだけど」


「よし、やってみよう。いつもより迷惑をかけるかもしれないがその時はよろしく」


俺達は王都近くで魔物を探す。人通りが多いため、基本的には魔物はいないがそれでもたまに冒険者に会わずにこの辺りまで来てしまう魔物もいる。そういう魔物は少数で群れを作っていることがほとんどなので今の俺には丁度いい練習相手になる。


いざ探してはみたものの中々魔物はいない。サラの言った1時間の期限が近付いてきたころようやく群れを見つける。戦闘自体は俺一人ですぐに片付いたが問題なのは武器の感触である。今回使ったのは今使っている剣と握った感じが似た武器だったが中途半端に似ているせいで今使っている剣と同じように使ってしまう。そのせいで何度か攻撃が有効打にならないことがあり予想より苦戦してしまった。


「うーん、もう1本使ってないからまだ何とも言えないが似ているが故に微妙に使いにくいな」


「もう少し使えばなれるかもしれないけど今の様子じゃ前衛としての役目は果たせそうにないわね。今日はここまで、もう1本の方は明日以降ね」


なんだかモヤモヤしたまま終わってしまった。仕方のないことだけど早くしなければいけないな。


・・・気付けばしなければならないことが減るどころかどんどん溜まっていっている気がする。今は大丈夫だけどあんまり詰め込み過ぎないように注意しないといけないなぁ。

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