第20話
「怖気付いたか?」
フッと鼻で笑われ思わず睨みつける。
「し、仕方ないじゃない……こんなに沢山の人の前に注目されながら出ることなかったんだもの……」
それだけじゃない、私は変に注目されるのが怖いのだ。
いじめられていた時の、嘲笑うようなあのじっとりとした視線を向けられる感覚が蘇る。私のことを話しているとは限らないのに私の悪口を言っているように思えてしまう。
中にはわざと私に好意的な態度を取り、つい話した雑談にもならない内容を『こんなこと言ってた』と嘲笑うためだけに言いふらす人間もいた。
人間不信やうつ病、自殺未遂を犯しても不思議ではないくらい私が追い詰められていた時の記憶が蘇る。医師にかかり何かしらの病名が与えられれば、私の環境はもう少し違ったかもしれないが母は私が心療内科や精神科に行くことを禁じた。
一度こっそりと行ったけれどそれがバレてひどく暴言を吐かれたこともある。
実際、あの時はカミソリで手を切ったりもした。と言っても母に見つかると『イジメられるお前が悪い、お前が異常者だから』と責められるので手首をざっくりと、ではなく他の怪我とごまかせるように手の甲を痕が残らない程度に薄く切り付ける程度だったが。
今振り返れば異常者と責めるくせに、医者にも行かせてくれない母が異常だと分かるが。
(怖い、嫌だ、逃げたい……)
昔の記憶とマイナスの感情が私の中に溢れ出して、この体には無いはずの傷痕がズキズキと痛む気がした。
なかなか姿を表さない魔王とその娘を不審に思ってかホールがザワつく。
(行かなきゃ……私は大丈夫、大丈夫にする、大丈夫になる、こんなこと何でもない)
繰り返し自分に言い聞かせるのに足は動かない。
私の様子にクローケンが動揺してるのが伝わってくる。
(わたしは、私は、大丈夫、大丈夫になる、大丈夫だから、大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫……)
「ヴィア」
ぎゅっと手を組みながら何度も心の中で繰り返しているといきなり抱き上げられた。
ビクリと肩を震わせ驚きながら思わずしがみつくと、サイアスの真っ赤な瞳と目が合う。
「恐ろしいなら見なくていい。私の肩に顔を押し付けていろ」
「……でも」
「構わない。王である私が良しとしている」
そう言ってサイアスは私の髪が乱れないようにそっと後頭部に手を添えてぽんぽんと撫でる。
気遣ってくれてるのだろう。
「挨拶を終えたらすぐに部屋に戻してやる。少しだけ我慢してくれ」
「……うん、ありがとう」
「……ん」
小さく礼を言うとサイアスが微笑んだ。
その微笑みに心が少しだけ救われた気がして、私はしがみつきサイアスの肩に顔を埋めた。
そのままサイアスはホールへ続く階段を降りていく。
遅れて登場した魔王にホールに集まった人々は戸惑いながらも視線を向けていく。もちろんサイアスにしがみついてる私にも。
ありえないのに私を見て嘲笑ってるように錯覚し、しがみつく手が震える。
そんな私の背中にサイアスは手を添えながら階段を降りきると、ホールにいる魔族に向けて挨拶をする。
自分の過去からくる恐怖に耐えるのに必死で内容はほぼ覚えてないが「新人騎士着任おめでとう」とか「国の発展のために力を貸してほしい」とかそんな内容だった。
「……私からの言葉は以上だ。後は思い思いに楽しめ」
サイアスがそう締めくくるとホール内にクラシックのような穏やかな音楽が流れ始め、人々が好きに行動し始める。
「ケビン。ヴィアを部屋に連れて行け」
「しかしこの後は……っ、分かりました」
私の顔見せも予定に組まれていたのだろう。この後の予定を口にしかけて、私がまだ小さく震えている事に気がついたケビンはすぐに了承する。
「ヴィア、よく頑張った。もう部屋に戻っていい」
サイアスは私の体を下ろすと優しく頭を撫でた。
「……パパは行かないの?」
ケビンが頼りない訳ではないが、何故かサイアスとケビンでは安心感が違う。不安な気持ちからつい子供のようなことを言ってしまった。
「私はまだ少しやることがあるから残らねばならない。戻るのは遅くなるだろう」
魔王として挨拶回りや声がけなどすることは沢山あるのだろう。
少し心細さを感じるが子供のように我儘を言ってはいけない。部屋に戻れるだけ良しとしなくては。
「わかった。私は大丈夫。ケビンと部屋に戻るわ」
そう言ってサイアスから手を離し、代わりにケビンと手を繋ぐ。
「ケビン、頼んだぞ」
「畏まりました。ヴィアお嬢様、行きましょうか」
「うん。じゃあね、パパ」
手をひらひら振り、私はケビンと今降りてきた階段を登る。
人目につかないカーテンの裏まで戻ると、ようやく恐怖心が薄くなった。
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