第18話
リーアが追い出されてからずっと私はなぜかサイアスの膝に乗せられていた。
どう考えても邪魔だろうに、サイアスは平気そうにそのまま書類仕事を続けている。
「旦那様、その……業務がやりにくいでのは?」
見かねたケビンが尋ねるも「問題ない、むしろ捗る」と気にもとめない。
「魔王様、そろそろ下ろして欲しいんだけど」
痺れを切らしてそう告げるとサイアスはぴたりと手を止めた。
「父と呼べと言ったはずだが?」
「お父さん、下ろして」
「…………違う」
要望通り父と呼んだのにサイアスは不満げだ。
「……もしかして、『パパ』って呼ばれたいの?」
「……ん」
もしやと思い確認してみればサイアスはこくりと頷いた。
ルヴィアナにこのデレる姿を見せてやりたい、本当に。
こんなにデレるならもっと早くデレてくれればルヴィアナは……と思いかけて、その考えを押し止める。
いくら想像したところでどうにもならないことは分かっている。
今ルヴィアナは新しい人生を幸せに生きているのだからこれ以上私がサイアスを非難する必要はない。
だが『パパ』と呼ぶのは勘弁してほしい。
見た目は幼女でも中身は大人である。
そんな私の気持ちとは裏腹にサイアスは期待するような眼差しを向けてくる。
それだけじゃない。
「呼ばないのなら下ろさない」
とまで言い出した。
どれだけ『パパ』呼びされたいのか。
「あーもー、分かったから!下ろしてパパ」
結局私の方が負けた。
サイアスは満足したのか私をようやくおろしてくれた。
座りジワの出来てしまったスカートをぽんぽんとはたいて伸ばす。
「ヴィア、先程の女だが……もし、この先、どこかで見かけても無視して構わない。言葉を交わす必要もない。城に近付けさせない命令があるから、城を出ない限り合うこともないと思うが伝えておく」
「……それだけで向こうが引くとは思えないけど」
私から喧嘩を売るような真似をしてしまったが、宰相の娘と言われていたし問題が起きるのではないだろうか。
いや、あのタイプの勘違い女は絶対に何かやらかす。
きっとあの手この手でルヴィアナに取り入ろうとするか、もしくは逆に『ルヴィアナが居なければ魔王陛下は私を見てくれる』とか思い込んで危害を加えてくる可能性がある。
「その時は牢に生涯閉じ込めてやればいい」
あっさりと冷酷な事を言うサイアスにギョッとした。
「いやいやいや、何もそこまで……」
「既に警告はした。それを理解できない愚か者はただの害虫だ。いや、それは虫に失礼だな」
サイアスにとってあのリーアは虫以下らしい。
「私はこれから会議がある。ヴィアは部屋に戻れ。ケビン、ヴィアを部屋まで送るように」
「畏まりました」
仕事見学はここまでのようだ。
私はケビンと一緒に執務室を後にした。
「……」
「…………」
気まずい。
廊下を歩く足音しか聞こえない。
一応、私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれてはいるがケビンが私の扱いに困っているのが手にとるように分かる。
時間しか解決は出来ないのはわかってるけど、この気まずさをなんとかしたい。どうしたものかと悩んでいるとケビンがぴたりと足を止めた。
「……?」
どうしたのだろうと見上げればケビンは何か言いたそうにこちらを見ている。
「あなた様は……ルヴィアナお嬢様ではありません」
「そうですね」
何が言いたいのだろう。
ルヴィアナじゃないくせに好き勝手振る舞うなとか、調子に乗るなとかだろうか。
「ですが、誰よりルヴィアナお嬢様の事を理解して、心配して怒って下さった……その成長を見守っていたはずの私よりも……」
ケビンは私の目線に合わせるように膝を付くとその頭を深く下げる。
「私の声はもうルヴィアナお嬢様に届かないと分かっております、それでも謝罪させてください。お嬢様、あなたの苦しみに気付くことができず、残酷な選択をさせてしまい……申し訳ありませんでした。私が動いていれば、旦那様よりお嬢様を優先していれば、こんなことにはならなかった……。そして、ヴィアお嬢様、ルヴィアナお嬢様を救ってくださりありがとうございます」
震える声には深い後悔と悲しみが籠もっていた。
一瞬でも嫌味を言われるのではと身構えた自分が恥ずかしくなる。今までのは避けられていたのではなくて、中々自分の後悔と向き合えていないがゆえの行動だったのだろう。
同時にこの人もルヴィアナの死によって傷を負ったのだと思った。
サイアス、クローケン、ケビン、他の誰でもいい。誰かがルヴィアナの悲しみを癒やしてくれたなら、ルヴィアナはまだここにいて幸せに慣れていたかもしれない。
でも、どんなに後悔しても時は戻らないのだ。
サイアスの時にも思ったが彼らを許すのは私の役目じゃない。
慰めることは出来るが、許すことはルヴィアナ本人にしか出来ないのだ。
「……感謝のお気持ち、受け取っておきます」
また夢でルヴィアナに会うことがあればしっかりと伝えてあげたい。
そう思いながら頷くとケビンも柔らかく微笑んでくれた。
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