第14話 

冬至南瓜


吐く息が白くなるのが当たり前の季節になってきました。

南瓜のお化けの仮装もいつのまにかサンタのお爺さんに変わっています。

そう、クリスマスといえば、あのフライドチキンのCM。竹内まりやさんの歌が私には定番です。この季節の風物詩として耳に残るんですよね。


今朝も坂道を登り、学校へ向かいます。

授業の前には、カフェ 神楽坂の『賄い』という名の美味しい朝ごはん。これが食べられるのが楽しみなんですよね。


ハーハーと白い息を吐きながら歩きます。

(そろそろ手袋をしなきゃな。神楽坂の坂道もポケットに手を入れて歩いてて転んだりしたら危ないし)


ハッ ハッ ハッ


私の横をついて歩くのは白狐の玉ちゃん(玉藻)。

玉ちゃんの吐く息も白く見えます。

玉ちゃんは側から見ればよく馴れた野良猫に見えるそうです。


「玉ちゃんそろそろ手袋の季節だよね」


「ホンマやなー。もうガッツリ冬やもんなぁ」


(『ガッツリ』なんていつの間に覚えたのやら。今どきの言葉を何気に使う玉ちゃんの語彙力にはときどき感心します。そのくせ天ちゃんほど頭はキレないのに‥)


「瑠璃ちゃん、そないに見つめんといてーな。いくらボクが可愛いかて照れるがなー」


「はいはい。そんなとこでクネクネしてたら置いてくよー」


「ちょっ、待ってーなー」


「キ◯タクかーい!」



寒くはなりましたが、今朝もいつもと変わらない日常です。


カランカラン


カフェ 神楽坂のアンティークなドアベルが鳴ります。


「おはようございまーす」


ふわっと珈琲の素敵な香りが広がるカフェ 神楽坂の店内です。


(ん?今日は何か爽やかな香りもするな)


「瑠璃ちゃんおはよー」


今朝も綺麗なナナさんがキッチンから笑顔で応えてくれます。


「瑠璃子君おはよう」


新聞を広げる先生も和かな笑顔です。


「瑠璃子ちゃんおはよう」


神棚の下あたり。カウンター席にちんまり座っているのは白狐の天狐、天ちゃんです。

いつもクールな天ちゃんは言葉も東京の人っぽくてカッコいいんですよねー。

(そのくせ見た目はちんまりモフモフの可愛い白キツネさんなんだけど)



「瑠璃ちゃん、おおきに」


玉ちゃんの足を綺麗に拭いて天ちゃんの横に置いてあげます。


白いモフモフがちんまりふたり。

ふたり並ぶと、それだけで本当にかわいい!



「ナナさん、今日は何か爽やかな香りがするなーって思ったらこれだったんですね。」


「そうよー、柚子。冬至だからねー」


朝ご飯という名の賄いを作りながらナナさんが教えてくれます。


「爽やかないい香りー」


柚子を1つ手に取り、顔を近づけてその爽やかな芳香を楽しみます。


カウンターや各テーブルには小さな柚子が置かれています。



「瑠璃子君、冬至の意味はわかりますか?」


先生が言われます。


「えーっと、1年で1番陽が短い日ですよね?」


「はい。その通りですね」


八雲先生はカフェ 神楽坂のオーナー兼私が通う大学の先生です。ご専門は民俗学。実地調査(フィールドワーク)を大事にされ、授業ではいつも、現地現場を歩いて見て感じなさいと口癖のように言われます。


「冬至は、二十四節気の1つで、1年で最も夜が長く、昼が短い日だね。
この日には、かぼちゃ、小豆粥、コンニャクなどを食べ、柚子湯に入って無病息災を願う風習がありますね。柚子湯は血行が良くなり身体が温まるため、風邪を防ぎ、皮膚を強くする効果があるそうですよ。

それでは、夏の野菜であるかぼちゃを冬至に食べる理由を瑠璃子君はわかるかな?」


「えーっと、かぼちゃは保存もできるし、食べておいしいだけではなく、ビタミンやカロチンが豊富で栄養価が高いからですか?」


「もちろん、それも理由の一つですが、他にも理由があるんですよ」


「暦の起点は冬至で、太陽の運行の出発点とされる大事な日だったんだね。

一番昼が短いこの日を境に、だんだんと日が長くなるよね。

つまり、沈んだ太陽がこの日を境に生まれ変わる、縁起の良い日、運が良くなる日と昔の人は考えたんだ」


先生がメモ帳を取り出し、サラサラっと万年筆で漢字を認(したた)めます。


「『一陽来復(いちようらいふく)』、太陽が生まれ変わる日だね」


「で、さっきのかぼちゃの話に戻るよ。そんな訳で、縁起の良い日に運を取り込みたいと考えた昔の人は、運、つまり、『ん』を含んだ食べ物を摂れば良いとしたんだ。だから‥」


「かぼちゃ、南瓜(ナンキン)ですね!」


「ご明答!」


「冬至に『ん』がつく食べ物を食べるとよいとしたんだね」


「へー知らなかったです」


「じゃあ瑠璃子君、最後にもうひとつ、『冬至のななくさ』はわかるかな?」


「春の七草みたいなのですか?」


「そう。『ん』が2つつくものだよ。南瓜も含めて『運盛りの野菜』なんて言い方もするね」


「えーっと、なんきん(南瓜)、にんじん(人参)、れんこん(蓮根)、ぎんなん(銀杏)‥」


「うんいいね。あとはきんかん(金柑)、かんてん(寒天)、うんどん(饂飩)。一部野菜じゃないのもあるけどね」


「冬のななくさだー」


「そうよーだから今日のカフェ 神楽坂は冬至メニュー。カボチャ尽くしよ」


「そうそう瑠璃ちゃん、レジの横にこの柚子が入ってる箱を置いて『ご自由にお持ちください』って書いといて」


「はい、わかりました」





今朝のカフェ 神楽坂の賄いは南瓜のペーストのトースト。

昼は南瓜のシチュー。夜は南瓜のグラタンにパンプキンパイと本当にかぼちゃ尽くしでした。

美味しかった!




「玉ちゃん、今日は帰りに毛糸屋さんに寄るよー」


「毛糸屋さんって?」


「寒くなったでしょ。玉ちゃんにも毛糸の手袋を編んであげるね」


「ホンマに?」


「ええ」


「瑠璃ちゃんおおきに。嬉しいなあ」


「天ちゃんにも編んであげなきゃね」


「えー!そんなんやったら天ちゃんに自慢できひんやん」


「お揃いにしなきゃねー」


「いや、それは堪忍やわ。せめて色違いにしてーな」


あははは


「行こうか」


「あい」


電車に乗る前。

玉ちゃんがトンっと私のコートの胸元に飛び移りました。


これが本当の毛皮のマフラーです。

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