神楽坂七丁目七番地のフィールドウォーカー 教授と私と隠れ家カフェの四方山話

イチロー

第1話

 scene1 先生


 先生に初めて出会ったのは、入学式のあとのことです。


 地方出身で上京もしたて。

 第一志望の大学に合格し、その入学式でもまだ高揚感ばかりの私。

 式の後も。

 浮かれた気分のまま、なんとなく校内を歩いていたんです。


 正門から続く桜並木。

 見事なまでに満開です。

 春の風に吹かれて、桜吹雪も舞っています。


 サークルの勧誘をする先輩たちと品定めをする新入生。

 まるで縁日の屋台に群がる人みたいです。

 新入生も先輩たちも、みんなとっても楽しそう。

 私もなんだかうきうきします。


 ふと。

 前方に目を向けました。

 白衣の男性がゆっくり歩いていたんです。

 その姿が、ぼんやりと光を放っているようにも見えました。


 長身でスレンダー。

 初老という域に達したであろうその風貌は、白髪に白衣の姿も相まって。

 研究者然とはしているんですが、ダンディな紳士そのもの。

 そんな姿を思わず目で追っていたんです。

 地方の高校を出たての私にとって、先生とは、ジャージ姿で寝癖がついた頭髪というイメージ。

 それとは真逆。

 まるで映画のモチーフにも思えるその雰囲気。

 これはもう、まさに大学の教授さんって感じですよね。

 そんな紳士的で柔和な雰囲気を醸しているのが先生でした。



 先生は、サングラスをかけていました。

 遮光性の高いサングラスなんですが、おしゃれだったんですよね。

 わたし、おしゃれサングラスかと勝手に思っていたんです。

 瞳になんらかの障害を抱えているなんて思いもしなかった。


 でも。


 とつぜん強めに吹いた桜吹雪。

 ゆっくりと眼鏡を外して上を見やった先生。

 ふと見上げた先生の、その瞳が印象的だったんです。

 黒い右目に、灰色っぽい左目。

 先生の優しそうな風貌をそのまま現したかのような温かな眼差しの右目。

 それに対して、神秘的というか、冷淡さのようなものをも覚えたのが灰色の左目でした。


 そして。

 目線を戻した先生と刹那、目が合った気もしたんです。

 優しく微笑んだ先生。

 気のせいかな?

 そんなことを思う間もなく。

 舞い散る桜吹雪にかき消されるような先生。


 これが、こののち私が長くお世話になる先生、八雲先生との出会いでした。

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