私の心を、見破らないで

 とりあえず。

 私たちは、村の人にはバレずに裏門に回れた。

 裏の門番さんには「お疲れ様でーす」みたいな感じで、そそくさとその横を抜けた。


 夜の街は明るかった。

 明後日にあるお祭りの飾り付けのせいで、明るいと錯覚しているのかもしれない。

 もちろん帰路には人の流れがあるわけで。

 すれ違う人物、皆が私たちのことを目で追っていた気がした。

 その中には近所の見知った顔があった。

 リリィの手を引いてるのを見て、どう思ったのかな。

 やっぱり「凄いべっぴんさんだわ!」的なことを思ったに違いない。

 同時に「なんであの家の子が、あんなべっぴんさんを?」とも思われてるだろう。

 リリィの横にいる人間が私なんか本当にいいのだろうか。


「リリィ……」


 私は小走りしながら、彼女を呼ぶ。


「なに?」


 聞き返してくる。


「えっと……」


 口を開く。

 少し思考のために間を空けた。


 本当にこんなことを聞いていいのだろうか。と。

 そう思ったから。


「ごめん、なんでもない」


 私は喉元で待機していた言葉を飲み込んだ。


『リリィの横に、私がいていいの?』


 という、その言葉をごクリと。


 この発言には意味があるなと思ったから。

 どんな意味かっていうのは、もう考えないようにした。

 きっと心のどこかで理解していることだ。

 考えたら、さっきの二の舞になりかねない。

 ──逃げ出したくなるようなことになりかねないってことだ。

 だから、こうしてストップをかけたのだと思う。


「え、気になるから教えて」


 しかしリリィは容赦がない。

 魔物にだけかと思ったが、私に対しても。


「……やめとく! さぁ、家までもう少しだね!」

「一度は言おうとしたことだよね。だから教えて」


「……家までもう少しだなーー」

「教えて」


「あ、リリィが寝る部屋どうしよっか。母さんの部屋でもいいかなって思ったけど、最近掃除してないんだよねー」

「無視するな」


 握っていた手が、ぎゅーっと力強く握られた。


「ひゃっ!」


 びっくりして足を止めて、反射的にリリィを見た。

 リリィも同じく立ち止まり、


「教えて?」


 顔をずいと近付けてきた。

 こんなの詰問じゃないですか。

 流石に、もう話は逸らせられる雰囲気では無かった。


「……そ、そんなに気になりますか?」


 熱い顔を逸らし、横目でリリィを見ながら問う。

 リリィは迷わず首を縦に振った。


「……えっとー。いや、本当にどうでもいいことだから言う必要がないと言いますか、なんと言いますか」

「言って」


 返事は一瞬だ。


「……んー」


 少し考えて、隠すのも失礼かと思って。

 渋々と、私は「わかった」と頷いた。


「えっと、さっきから村の人にチラチラ見られてるじゃない?」

「確かに、視線を感じる」


「多分それは、リリィの容姿の綺麗さに引き付けられていると思うのね」

「ミリアの方じゃない?」


「いやいや、私、街を歩くときいつも見向きもされないから。これはリリィが引き付けた視線だよ」

「私だったらミリアのこと凝視すると思うけど」


 リリィのことは聞いてないけども。

 こう言われただけで顔が熱くなるのは、なんかの病気じゃないのか私。

 左右に首を振り「それは置いといて」と話を続ける。

 私のその言い様に、リリィは納得のいかないような表情をしていた。


「……まぁ、それでね」

「うん」


「…………私みたいなのが、リリィの横にいる人でいいのかなって……。そう思っちゃいまして……」

「横にいる人って……それ。恋人の隠語?」


「違う! もう! こういう流れに持ってかれるかなって、だから言いたくなかったの!」


 ……私の嫌な予感は的中したらしい。

 横にいるって、うん。なんか、そういう感じの意味も含んでるよね。

 恋人。……リリィの恋人。私の恋人?

 考えないようにしてたのに、次々とリリィへの気持ちが私の頭を支配する。


 リリィを意識するな、私の頭!

 とか思うけど。

 実際もう意識ばっかりしている。

 いや、別にそれが嫌とかじゃないんだけど。

 あーもう! 頭からポイしよう。この思考。


 と言う感じで。

 思考をぐるぐると回しながら。

 リリィの発言に耳を傾けた。


「違うって……どう違うの?」

「えっと。……リリィみたいな綺麗な人に、なんでもない私が横に引っ付いているのは。……申し訳ないというか」


 言うと、リリィは呆れたように溜息一つ。


「ミリアはそんなことを気にして、言いたくなかったんだ?」

「……うん。……何か問題でも?」


「無いよ。でもね」

「うん……」


「……私がいたいから、ミリアの隣にいるんだよ」

「……ほら! こんなこと言われちゃう!」


 もう。こんなこと言われるとさ、また……。


「あ。ミリア、顔。超真っ赤。さっきと同じ」

「ほら! ほら!」


 逸らしていた顔を、今度は下に向けた。もっと逸らした。

 この展開に陥ってしまった。

 け、けど。今度は逃げない。

 っていうか逃げられない。

 リリィの黒い眼差しに私の身体が縛られてる。


「ねぇ、こっち向いて、ミリア」

「む、無理でーす……」


「ミリア、こっち向いてよ」


 ふわりとしたその言葉に身体が震える。


「きゃっ──」


 リリィの両手が、私の両頬を押さえた。先と同じだ。

 無理やりに、リリィの方に向かせてきた。

 ……逃げたい。ちょー逃げたい。

 けど、逃げれられない。


「…………」


 私は何も言えずにただ黙る。

 言おうとしても、口が言うことを聞いてくれない。

 変な感情が入り混じりまくり、私の顔は泣いてる時よりもぐちゃぐちゃだ。絶対。

 もう、これ。通行人に見られたらやばいじゃん。

 だって、両頬を押さえつけられて、見合ってるんだよ。

 こんなの、見られたら。どうなることか。


「……ミリア」


 私の名前を呼ぶ声。

 いつもの、抑揚の少ないその声。


「好きだよ」


 凄く平坦な、そう思ってるのかも分からない。そんな声なのに。

 ずっと朝から言われていたその言葉が、その時の百倍くらい私に効いた。

 追い討ちのように、リリィは、自らの顔を私の方に寄せてきた。

 ……いや、寄せるとか、そんなレベルじゃない。

 これは……キス。される。されちゃうの?

 だけど。確実にその顔は、私の唇を狙っていた。

 ゆっくり。ゆっくりと。私の方へ。

 訳も分からず、私は目を瞑る。

 私の震えた唇が、少しだけ開かれた。

 なんで、開いてるのかは分からなかった。

 分かったのは、そこから熱い吐息が漏れていたということだけ。


「ねぇ、ミリア」

「な、なに?」


 リリィの声は、目の前からだ。

 私は目を更に力強く瞑って、答えた。

 だけど、続くリリィの声は。

 私が期待──予想していたものとは、かけ離れたものだった。


「──こんな風にしたから、あの時は逃げちゃったんだよね。ミリアは」

「え………………」


 リリィの気配が私から遠ざかった。

 何も見えていない筈なのに、私の視界に映るものが遠くなった気がした。


 あぁ。やばい。

 これは。やばい。

 今日はずっと。やばい。

 やばい。本当に。やばい。

 やばい。やばいよ。私、やばい。


 完全に見破られている。

 完全に弄ばれている。

 完全に私の心がバレている。


「ねぇ、一つ聞いていい?」


 その問いに、私は目を開くことができなかった。

 だけど。顔は押さえられてるから、逸らすこともできなかった。

 リリィは、ちょっとだけ驚いたような声でこう言った。


「もしかして。……本当に、私のことが好きなの?」


 これだけなら、まだ致命傷ではなかった。

 動悸はやばいけど、まだ大丈夫だと思った。


 続く言葉が、致命傷だった。


「キス、したかったの?」


 その言葉が、私の全てをえぐり取った。

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