第36話「サプライズ」

 高梨さんの試合から数日後、今日は六月二十一日、日向の誕生日だ。

 水曜日なので普通に学校はあったが、今日は絵菜と真菜ちゃんと長谷川くんがうちに来ることになっていた。もちろん日向の誕生日を祝うためだ。

 日向と真菜ちゃんと長谷川くんは部活があるので、部活が終わってから三人でうちに来る。僕は先に絵菜と一緒に帰っていた。


「日向ちゃん、今日のこと気づいてないのか?」

「たぶん気づいてないと思うよ。帰りに真菜ちゃんと長谷川くんがうちに来るから、なんでだろうとは思ってるかもしれないけどね」

「そっか、びっくりするかもしれないな」


 そう、今日はほとんどのことが日向には内緒だった。先日絵菜と今日のことをRINEで話している時に、「お兄ちゃんどうしたの?」と日向に訊かれた時は危うくしゃべってしまうところだった。日向も僕に対しては勘が鋭いところがあるのでバレないようにと必死だった。

 絵菜と話しながら、一緒にうちに帰って来た。僕たちが一番最初に帰ったみたいだ。部屋で鞄を置いてふっと一息ついていると、絵菜が後ろから急に抱きついてきた。


「え、絵菜……?」

「ふふっ、ごめん、最近またくっつけなかったから、寂しくて」

「そ、そうだね、そういえば久しぶりのような……」


 僕もぎゅっと絵菜を抱きしめる。なんだろう、悪いことをしているわけではないけど、家に二人きりで抱き合っていると妙にドキドキした。そんなドキドキの僕の耳元で、


「……キス、しよ?」


 と、絵菜が言うので、僕のドキドキはさらに跳ね上がった。僕は絵菜の目を見た後、目を閉じてそっと絵菜の唇にキスをした。や、やっぱりドキドキがおさまらない。目を開けると絵菜が嬉しそうにまた僕に抱きついた。


「ふふっ、嬉しい……あ、夕飯は団吉が作るのか?」

「あ、うん、母さんも帰るのはもう少し後になるだろうし、僕が作るよ。日向の好きなカレーと鶏の照り焼きにしようと思って」

「そっか、あ、カレーだったら私も手伝える」

「ああ、ありがとう、じゃあ一緒に作ろうか」


 絵菜と二人でキッチンに行き、ちょっと早いけど夕飯の準備をする。絵菜はまだ包丁に慣れていないのだろうか、ゆっくりとにんじんやじゃがいもを切る姿が可愛かった。

 二人で話しながら作っていると、母さんが帰って来た。


「ただいまー……って、あらあら、二人で作ってるの?」

「あ、おかえりなさい、おじゃましてます」

「あ、おかえり、うん、カレーだったら絵菜も手伝えるって言ってたから」

「あらあらー、ふふふ、二人とも新婚さんみたいね、可愛いわー」

「え!? あ、し、新婚はまだ早すぎるんじゃないかな……あはは」


 うう、急に恥ずかしくなってきた。絵菜をふと見ると、恥ずかしそうにしていたが僕と目が合うとニコッと笑った。か、可愛い……そうか、け、結婚するとこんな感じなのかな。

 夕飯の準備が終わった頃、玄関から賑やかな声が聞こえてきた。日向たちが帰って来たみたいだ。


「ただいまー、あ、絵菜さんがいる! こんにちは!」

「こ、こんにちは」

「お兄様、お姉ちゃん、お母さん、お疲れさまです。今日は呼んでくださってありがとうございます」

「こ、こんにちは! すみませんおじゃまします」

「みんなおかえり、夕飯の準備できてるから座って」

「うん! ……って、今日はみんな集まってるけど、どうしたの?」

「え!? 日向まさか忘れてるのか? 今日は日向の誕生日じゃないか。だからみんな集まったんだよ」

「……あ! 今日は二十一日か! すっかり忘れてたよー、やばい、お兄ちゃんのこととやかく言えないね」


 日向がテヘッと舌をだしたので、みんな笑った。

 みんなで一緒に夕飯をいただく。うん、絵菜が頑張って作ったカレーも美味しくできている。鶏の照り焼きも絵菜を手伝っていると焦がしそうになって危なかったが、なんとか形になっているだろう。


「わー、私の好きなものばかりだー! テンション上がるー!」

「お、おう、よかったな、カレーは絵菜が作ったからな」

「そうなんだね! 絵菜さん美味しいです!」

「あ、ありがと、よかった、変な味にならなくて……」

「ふふふ、お姉ちゃん頑張ったんだね、また一緒に料理の練習しようね」

「あ、ああ、もっと作れるようになりたい……」

「あらあら、ふふふ、絵菜ちゃんは料理の練習中なのね、大丈夫よ、すぐに作れるようになるわ」

「あ、は、はい……」


 少し恥ずかしそうにしている絵菜が可愛かった。

 みんなで夕飯をいただいた後、僕は用意していた誕生日プレゼントを日向に差し出した。


「こ、これは……?」

「ああ、これは僕と絵菜と真菜ちゃんから、日向への誕生日プレゼント」

「ひ、日向ちゃん、誕生日おめでとう」

「日向ちゃん、誕生日おめでとう、実は三人でプレゼント見に行ったんだよ」

「ええ!? あ、ありがとう……あ、開けてみてもいいかな?」

「あ、うん、開けてみて」

「……わわっ、花柄のポーチだ! 可愛い! 手鏡とかハンカチとかもある!」

「うん、僕だとよく分からなかったから、絵菜と真菜ちゃんにも選んでもらったよ」

「そ、そっか、嬉しい……ありがとう、大事に使うね」

「あ、じ、実は僕からも誕生日プレゼントがあって、日向、これ……誕生日おめでとう」


 そう言って長谷川くんが恥ずかしそうに包みを日向に差し出した。


「ええ!? あ、ありがとう……」

「う、うん、よかったら開けてみて」

「あ、うん……わわっ、ブレスレット!?」

「う、うん、実はおそろいなんだ、僕も同じもの持ってる」

「そ、そうなんだね、ありがとう、嬉しい……大事にするね」


 ちょっと恥ずかしそうにしている二人が可愛く見えた。ブレスレットか、僕も絵菜からおそろいのブレスレットをもらったなと思い出していた。


「ふふふ、日向よかったわね、お母さんからもプレゼントがあるのよ、みんなでケーキをいただきましょう」

「わわっ、お母さんありがとう! あ、お兄ちゃんと健斗くん、お礼に何かしてあげよっか、ハグ? ほっぺにチュー?」

「ば、バカ! そんなのしなくていいから! あ、長谷川くんにはしてあげてもいいかもしれないけど」

「ええ!? い、いや、お礼というのもなんか変な気が……」


 ますます小さくなる長谷川くんを見て、みんな笑った。

 みんなで母さんが買ってきたケーキをいただく。日向の嬉しそうな笑顔を見て、僕も嬉しい気持ちになっていた。僕が妹離れするのはまだまだ先の話かもしれない。

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