第28話「練習」

 今日も雨だった。学校から帰る時にも降っていて、傘を差さないといけないので、団吉と手をつなぐことができない。こんなところで雨が嫌いになるとは思わなかった。

 いつものように団吉と一緒に帰ってきた。団吉は「杉崎さんと木下くんはクラスでどう?」と聞いてきた。あれから時々二人のことを見ているのだが、前よりは二人で話している時間が増えたような気がする。杉崎は木下にRINEを聞けただろうか。なんとか杉崎の気持ちが木下に伝わるといいなと思った。

 途中で団吉と別れて、まっすぐ家に帰る。まだ真菜は帰ってきていないようだ。私は部屋で鞄を置いて着替えた後、キッチンに向かった。冷蔵庫の中を見る。卵、キャベツ、にんじん、玉ねぎ、鶏肉……よし、だいたいのものは揃っているみたいだ。

 私は今日、やりたいことがあった。まぁ、だいたい想像はつくと思うが、それは――


「ただいまー」


 玄関から真菜の声がした。帰ってきたみたいだ。


「おかえり」

「あれ? お姉ちゃん、キッチンに立って何してるの?」

「あ、ああ、その……今日の夕飯、私が作ろうと思って」


 そう、やりたいこととは料理だった。私は本当に料理が苦手だった。苦手だと分かっているのでなかなか自分からしようとしない。でも、一人の女性としてそれはダメなのではないかと思うようになった。あと、団吉が料理できるのに私ができないというのも恥ずかしい。


「え!? まあまあ、そうなんだね、お兄様が来た時のために?」

「あ、まぁ、それもあるんだけど、団吉が料理できるのに私は全然できないから、なんだか恥ずかしくて」

「そっか、お兄様を喜ばせないといけないもんね、あ、そしたらこれつけて」


 真菜はそう言ってエプロンを渡してきた。そっかエプロンか、そこから頭にないのも恥ずかしい。


「あ、ありがと」

「よし、お姉ちゃんが頑張るなら、私が教えてあげるよ。何作ろっか?」

「うーん、カレーしか作れないから、カレー以外がいいな……」


 私はそう言って、スマホでレシピサイトを見てみることにした。うーん、何がいいんだろうか。


「あ、これ……できるかな?」

「ん? どれどれ……あ、オムライスか、ちょっと難しいかもしれないけど、大丈夫?」

「そ、そっか……いや、これにする。何でもチャレンジしてみないと」

「そうだね、じゃあ私は横でコンソメスープとサラダ作ろうかな、頑張ろうね!」


 真菜がグッと拳を握った。真菜に言われる通り、鶏肉と玉ねぎを切る。うっ、玉ねぎを切ると目に染みる。


「お姉ちゃん、オムライスのご飯、何で赤いか知ってる?」

「うーん、トマトが入っているから……?」

「あ、ちょっと惜しい、トマトケチャップだね」


 な、なるほど……と思いながら、フライパンを温め、切った鶏肉と玉ねぎを炒める。途中で塩コショウをふって、温めたご飯を入れる。本当は炊いたご飯の方がいいらしいが、今日は残っていたご飯を使うことにした。よく混ぜてご飯がパラっとしてきたら、ケチャップを入れる。うん、見たことのある感じになってきた。


「いい感じだね、このボールに取り出して」


 真菜が大きめのボールを渡してきたので、それに炒めたご飯を取り出す。そうか、これがチキンライスというのか。

 次に、卵をボールに割り入れて、牛乳と塩を少しだけ加えてよく混ぜる。真菜がフライパンをさっと洗ってくれたので、そのフライパンをまた温めた後、混ぜた卵をさっと入れ、フライパンを動かして卵を広げる。


「ちょっと半熟くらいになってきたら火を止めて、チキンライスを手前の方に入れてね」


 真菜に言われる通り、火を止めてチキンライスを手前に入れる。そうか、ここからくるんと包むのか。私は奥の方にフライ返しを差し込み、チキンライスを包むように卵を返す……のだが、ちょっと力が入ったのか少しだけ卵に穴が開いてしまった。


「あ、穴開いちゃった……」

「ああ、そんなに崩れてないし、大丈夫だよ。軽くフライパン動かして、フライ返しも使ってゆっくり形を整えてみて」


 私はおそるおそるフライパンとフライ返しを動かして、形を整える。真菜がお皿を渡してきたので、そのお皿にゆっくりと移した。


「うん、いい感じじゃないかな、お姉ちゃんすごい! できたよ!」

「あ、ああ、わ、私でも作れた……のかな」

「うんうん、初めて作ったとは思えないよ、こんな感じで、あと二人分作らない? 私ももうすぐできそうだから」

「うん、分かった」


 私は同じようにしてあと二つオムライスを作った。形がちょっとうまくいかなかったかな? と思ったが、真菜は「全然問題ないよ、大丈夫!」と褒めてくれた。褒められると嬉しいのは単純なのかもしれない。

 その時、玄関から「ただいまー」と声がした。母さんが帰ってきたみたいだ。


「――あら? 二人でキッチンで何してるの?」

「お母さん! お姉ちゃんがオムライス作ったよ! これ見て、よくできてるよね!」

「まあまあ! そうなのね、どれどれ……うん、よくできてるわ。初めて作ったの?」

「あ、うん、真菜に色々教えてもらって、なんとかできた」

「まあまあ、ふふふ、あんなに料理嫌がっていたのに、絵菜が作るなんてねー、団吉くんのおかげかしら。今度団吉くんにも作ってあげたら?」

「お姉ちゃん、オムライスにケチャップで何か書かない? お兄様大好き、とか」

「なっ!? い、いや、さすがにそれは入らないんじゃないかな……ふ、普通で」

「えー、普通もつまんないなぁ、あ、じゃあハートマークにしようか!」


 真菜と母さんが楽しそうにケチャップでハートマークを書いていた。うう、恥ずかしくて顔が熱くなってきた。

 三人で私が作ったオムライスと、真菜が作ったコンソメスープとサラダを食べる。真菜も母さんも「美味しいよ」と言ってくれた。

 私でも頑張れば料理ができることが分かって嬉しくなった。いつか団吉にも食べてもらいたいな。

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