現金とノー・トリック・リボルバー

 私はハーフエルフのクロエ。周防塔矢様の奴隷となってから一週間が経った。


 今は深夜、ご主人様は寝室で読書をしている。


 そして、三角巾とエプロンを着けた私は、客室に備え付けられたキッチンでコーヒーを淹れていた。


 私はカップに入ったコーヒーを持って、ご主人さんがいる寝室へ行く。


 寝室のドアをノックするとご主人様が返事をした。

「入れ」


 私は寝室に入る。

「コーヒー淹れました」


「そこに置いてくれ」

 ご主人様は机を示した。


 机の上にはピースクロという時計会社のロゴマークが描かれた腕時計とロケットペンダントがある。


 うっすらと輝く青に極小の星が散りばめらた文字盤。どことなく宇宙を連想させる腕時計は、ピースクロ社の前社長、マイロ・ホイヘンスの遺品で値段がつけられないほど貴重なものだそうだ。


 対して、ロケットペンダントは幼い頃に買った安物らしい。


「どうぞ」

 私は腕時計とロケットペンダントを汚さないように、そっと机にコーヒーを置いた。


 読書を中断したご主人様は、一口コーヒーを飲んで言う。

「ありがとう、おいしいよ」

 そして、また読書を再開した。


 私は、黙々と読書をするご主人様を見て考える。

――なぜ、ご主人様はベルムハイデに来たのだろう。


 少なくとも読書をするためではないだろう。

 ベルムハイデよりも治安が良く、ゆっくり集中して読書をができる国があるはずだ。


 そもそもご主人様は読書が好きではないらしい。


 それでも高校生のご主人様が暇な時間に読書をするのは、来年にご主人様が進学予定の【国立ハイジア大学】で仲を深めたい教授が教鞭をとっているからだそうだ。


 その教授の頭脳は天才的で、最低限の知識がなければ会話が成立しないらしい。


……。

 そういえば、ハイジアは平均寿命が最も高い国だ。

 そして、ご主人様の出身はリベルタス機械共和国だそうだ。

 わざわざ、海外留学をする理由があるのだろうか?


 平均寿命が最も高い国へ留学……?

 そういえば、私を大学の研究室へ連れて行くと言っていた。

 半分とはいえ長寿のエルフの血を引く私を買ったのと、何か関係があるのだろうか?

 例えば、エルフの長寿の秘密を知りたいとか……。


 読書をするご主人様を眺めながら、ご主人様のことを考えていると、彼が本から顔を上げた。

「何か用か?」


 じっと私が見ていたから視線を感じたのかもしれない。


 読書中のご主人様の邪魔をしてしまった。

 しかし、せっかくの機会だ、疑問に思っていることを聞いてしまおう。

「ご主人様は何故ベルムハイデに来たのですか?」


「俺が冒険者ギルドという会社の社長という話はしただろ……そして俺は、リベルタス大州で最も治安が悪いこのベルムハイデに冒険者ギルドの支部を建てたい、だから俺はここにいる」


 ご主人様の答えを聞いて、私は新たな疑問を抱いた。


「ならなんで一人でベルムハイデに来たのですか? 一人より皆んなで協力した方が確実なのに……。ご主人様と冒険者ギルドを一緒に設立した三人の同級生、幻想領域を探索したパーティ【星空幻想舞踏会】、ご主人様には協力してくれる仲間が沢山いて、そもそも冒険者を束ねるご主人様ならいくらでも冒険者を連れてくることができたはずです……」


 私はこの一週間ご主人様と話して、彼が信頼できる人材をたくさん抱えていることを知った。


 だからこそ、無謀にも一人でベルムハイデに来たことが不思議だった。


 ご主人様は私から視線を切り、再び読書を再開した。


「そんなのどうでもいいだろ……今日はもう寝ろ」


 顔を上げることもなく、そう言うご主人様の様子から拒絶の意志を感じる。


 質問には答えてくれないらしい。


「それでは、お疲れさまです」

 そう言って私は寝室を出た。


 三角巾とエプロンを外した私は、ソファーに寝転がり毛布を被った。


 最後はあからさまに話を逸らされた。


――ならなんで一人でベルムハイデに来たのですか?


 これは、ご主人様が気に障る質問だったのかもしれない。


 しかし、あり得るだろうか? 会社を立ち上げるような人間が……それも冒険者という多種多様な人材を集めるような会社だ……一人でできることなんて限界があると知っているから、ご主人様は冒険者ギルドを設立したんじゃないだろうか? だと言うのに一人で、この国に来た。そこには、どんな想いがあるのだろう?


 そんなことを考えながら、私はそっと目をつむった。



 次の日の朝、クロエは塔矢が気まぐれに買って部屋に飾ったサボテンの世話をしている。


 そして塔矢は、黒いコートを着て外出の準備をしていた。


 ピースクロ社の腕時計にロケットペンダントも身につけ、出かける準備は整った。


 しかし、出かける前に塔矢は、ハーフエルフのクロエに『サルでも分かる魔術書』という本を渡す。


 これは、サブマトン魔女学園という魔術学校でも使われている教材の一つだった。


「俺は魔術師ではないから読んでもあんま意味なかったけど、ハーフエルフのお前には魔術の才能があるだろ。これやるから魔術の練習でもしてくれ。……あと、読み終わって暇になったら、そこら辺にある書店で新しい魔術書を買え、金は……」


 塔矢はスマホを取り出し、個人証明アカウントを使ってお金を送金しようとしたが、それはできないと気がついた。


 個人証明アカウントとは、電子的な本人確認書類だ。

 つまり、国際リベルタス連盟の市民だという証でもある。


 ハーフエルフだろうが、個人証明アカウントさえ持っていれば、リベルタス大州での人権は保証される。


 しかし、奴隷のクロエに個人証明アカウントはなかった。そもそも個人証明アカウントにアクセスする端末さえ所持していない。


「すみません、私に個人証明アカウントはありません」

 クロエはどうしようもないことを謝罪した。


「そうだったな、なら現金を渡すか」


 塔矢は財布を取り出し、紙幣を何枚か渡す。


 クロエは渡されたお金を数える。

「少し多くないですか?」


「奴隷とはいえ、たまには息抜きも必要だろ、余った金は好きに使っていいから。あとこれも渡しとく……」

 そう言って塔矢は、いつぞやのタクシー運転手から譲り受けたリボルバーを渡した。


「ノー・トリック・リボルバーって銃だ」


 クロエは箒のロゴマークが入ったリボルバーを観察している。


「魔術師ではない俺には宝の持ち腐れだそうだ。そもそも銃の撃ち方なんて俺、知らねーし、クロエさんが持ってろ」


「持ってろって……奴隷の私に銃を渡していいのですか?」


「最低限、クロエさんが自衛できないと面倒だし、遠慮せず受け取れ。それにクロエさんにはアーティファクトの首輪がついてるんだ、反逆される心配はしていない。…………それじゃあ、帰りは何時になるか分からないから」

 そう言って塔矢は宿屋の客室から出た――

「いってらっしゃいませ」

 クロエの見送りの言葉を聞きながら……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る