アウトサイド・モノクローム -呪われた青春-

素浪汰 狩人 slaughtercult

第1話 士の血筋

 日本の南方、竜ヶ島市。火山噴火で陥没した巨大なカルデラは、張り詰めた強弓がごとく弧を描く山がちの陸地と、外海から離れた穏やかな内湾、その海上に突出する活火山・椿島とを擁し、荒々しくも風光明媚な湾岸都市の威容を誇る。


 中央政府と隔絶したその地は古来より海運貿易で栄え、近代には欧米列強に若者を密航させ、次世代への礎を築いた。しかし、国家の近代化を志して蓄積された設備は中央政府の謀略により接収され、返す刀で扶持を奪われた侍たちは新政府に反逆し、内戦の時代に突入する。侍たちは内戦の砲火と剣戟の露となり、討ち果て滅んだ。


 竜ヶ島の郷士に、倉山なる一族があった。倉山道之助明義は、幕末に生まれ反乱軍として内戦に参加する。戦局に敗戦の色が濃くなると政府軍に投降し、逆賊の誹りを受けるも生き永らえ、家系の断絶を辛くも免れる。侍の時代が終わりを告げ、平民に戻った明義は敗戦の屈辱と喪失感に耐えて一念発起、上京して邏卒の職を得る。


 邏卒とは現代で言う『お巡りさん』、警察官であった。明義は東京府に新設された邏卒として文明開化の時代を目撃し、然る後に竜ヶ島に帰郷すると東京時代の伝手で地方警察の職を得た。ここに戦前から戦中、戦後に至るまで代々、竜ヶ島に警察官の人材を脈々と輩出し続ける、警察一族としての名門・倉山家の礎が築かれた。


 19世紀が終わり、20世紀。大正時代初期、第一次大戦の只中。倉山道之助明義の曾孫、倉山重義が誕生。労働争議、参政権に女性解放、水平運動と、市民の発言権が日増しに高まる時代、重義は青春を駆け抜ける。この頃、日本に共産主義が台頭して治安維持法が成立、同年に天皇が崩御し、時代は大正から昭和へと移ろう。


 重義が警察官を志した時、世界恐慌が社会に暗い影を落とし、蔓延する国粋主義と軍国主義とが、議会を機能不全に至らしめていた。大東亜戦争が勃発して市民生活が窮迫する中、重義はあの忌まわしき特別高等警察に配属され監視社会の尖兵となって暗躍し、市民運動を弾圧した。終戦後、重義は戦争を支援したかどで公職追放されて警察組織から放逐されるも、国共内戦に朝鮮戦争と、共産主義の脅威が高まる戦後の動乱期、重義は公職追放解除、逆コースの流れに乗って、何食わぬ顔で公安警察へと復職。悪運に恵まれて、警察一族・倉山家の命脈を今日まで保たせた。


 時は21世紀。恭仁キョウジ、生まれる。中興の祖、倉山道之助明義から数えて6世の昆孫。倉山重義の長男で戦後生まれの倉山鉄義、その長男で高度成長期生まれの倉山利義、その末子として育まれるのが恭仁だ。武士の末裔にして警察一族たる彼の人生には、戦いと苦難が宿命づけられていた。

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