霊とUFOと気功と生きること

爛夢瀧

第1話―相原さんの相談―クロちゃんとの遭遇

 ―プロローグー

 夢の世界の創造主は自分自身である。だがそんな夢の中でさえ自分の自由にはならない・・・それはつまり・・・


 就職や卒業に向けてのタイムリミットを心のどこかで感じ始めた時、しなければならない人生の決断、それに向けての歩みに戸惑う大学生がいる。それは、本当の自分など見つかっていないのに、偶像の自分によってそれを強要されているかのように感じるからだ。もちろんそうではなく、心の奥底から明確な想いをもつことができていて、それに向かうための情熱のガソリンが大量にある人もいることは確かで、その人達はやはり幸せであろう。


 そして、前者の戸惑いの種は、既にそのプロセスを開始したとき、大学に入学したその時にまかれている。もちろん、人により、それは中学であったり、高校であったり、大学院であったり、また転職を意識したときであったり様々である。だが、自分の人生は、いつか、どこかで、はっきりと自分で決めなければならない。そこに自分以外の意思を考慮してしまえば、それは永劫続くかに感じる苦しみのもととなり、自分のみの意思で決めようと思えば、その大きな決断をする自分に疑念をもち、いずれも自分を壊しかねない。それが、初めてであればなおさらだ。


 さて、少し前まではっきりと前者であった大学2年生の小林礼二は、今、同じ高校ではあったが、高校時代にはほとんど話をすることもなかった、おそらく現在進行形で前者である相原聡子から相談を受けようとしていた。同じ大学の同じ学科に入り、同じ高校出身ということで、多少は世間話をしていた二人、その延長ではあった。


 ―第1話―相原さんの相談―クロちゃんとの遭遇

 南国鹿児島の鹿児島市にある大学のキャンパスは、新入生を迎えて光に、満ちている。そんな光の喧騒を遠くに聞きながら、その光に追いやられたかのような暗い教室で、今年度最初の講義が終わった後、相原さんは声をかけてきた。


 相原さんは、高校の時には、何かの運動部に入っていて、お昼時間には後輩が話をしにくるのを見かけるくらいの頼りがいのあるおねえさんといった感じのショートカットの女の子だった。大学に入学したあとも、すぐ友達ができていたように見えたし、ちょっと暗めの高校時代を送ってしまった僕からすると、あまり縁のない人だと思っていた。だが、今日の相原さんは、ショートカットというには、少し髪が伸びていて、そこにあの快活さを感じることはできなかった。


「小林君、久しぶり。春休みは実家に帰っていたの?」


 僕と相原さんは、大隅半島の出身だ。同じ県内だから、県外の人に比べたらすぐに帰ることができる。ただ、帰るのに基本的にフェリーを使うことになるが・・・。


「いや、ずっとこっちにいたよ。2月の3連休で実家に帰ったから」


「そう、私は、帰ったんだけど・・・あまり、ゆっくりできた感じではなかったかな。帰ったらなんかちょっと疑問に思うことができちゃって。そのことでちょっと小林君に聞きたいことがあるんだけど、少し時間いいかな?」


 いつもの内容に特に意味のない会話をするときとはトーンが違う。僕に聞きたいことなんて心当たりがないが、何であろうか。


「うん、別にいいけど」


「・・・変な話しをしてごめんだけど、確か小林君って幽霊が見えるんだったよね」


 あ、そっちか、なるほど。もう、大分昔のように思える高校時代、宿泊学習での夜に、心霊話をすることになって、その手の経験がたくさんあった自分は、いくつかの経験を話した。

 幼稚園の時に地元では白風といわれる幽霊に憑かれた話、小学校低学年の時の眠れない夜に亡くなったひいおばあちゃん達が勇気づけてくれた話、中学校の時の井戸の埋め立ての話、そして自分の見る夢の話。それからは多分、皆からは少し変な人だと思われるようになったように思う。

 その時に、同じクラスだった相原さんもその話の輪にいたから、それを覚えていて話を振ってきたのだった。


「んー、まぁ・・・多少はね」


「よかった。その幽霊というか、あの世というか・・・そういうことについてちょっと興味がでてきちゃって、そしたら、小林君のことを思い出して」


「あー、なるほど。いいよ、でも、長くなるようだったら、ここ次の講義がはじまっちゃうけど・・・どうしよう」


 たまたまよく話す友人のいない講義の終了後で助かった。相原さんもそうだろうができれば、他の人にはあまり聞かれたくない。


「別に今日じゃなくていいの。できれば、たくさん話を聞きたいから、どこか喫茶店とかで・・・空いてる日とかある?」


 今日は、スーパーに買い出しに行く日だ。明日は、バイト。明後日なら・・・・そう答えようとしたときに、何かに足を引っかかれたような気がした。見ると、相原さんの足元には、とても心配そうな黒猫がいる。どうやらこの黒猫は幽霊のようだ。その黒猫は、僕が黒猫に気づいたのをわかったようで、しっぽを立てて、僕に、にゃお!にゃお!と、とても大きな鳴き声を上げた。


「どうかしたの?」


 足元に顔を向けた僕に相原さんが不思議がる。


「いや・・・」


 そう言って、顔をあげると今更ながら、相原さんが大部痩せていることに気づいた。もともと健康的な肉付きをしていたから、知らない人には細めの人としか見えないかもしれない。だが、相原さんを知っている人ならちゃんと食べてないな、とすぐにわかるぐらいに痩せていた。他に、何か取り憑いているようには見えなかったけれども、どうやら悪い状態になっているのは間違いない。僕はどうしてこういうことにすぐ気づかないんだろう、と同時に、これは、日時を曖昧にしてはいけない、できるなら早い方がいいと思った。


「別に今からでもいいよ、講義もないしアルバイトも休みだから」


「いいの?ありがとう・・・えと、どこの喫茶店にしようかな?」


「そうだね、あまり混まないところの方がいいかな・・・1回だけ行ったことがある小さな喫茶店が、ちょっと裏手の方にあるんだけど、そこにしようか?」


「あ、うん、そこで」


 その喫茶店は、大学のキャンパスから少しだけ離れた住宅街の中にある。あそこならそんなに大学生もこないだろう。自分も雨宿りがてら一回入ったきりだった。


 名前も覚えていない喫茶店に向かうために教室を出ると春の陽気が息苦しく感じた。向かう途中気まずくならないように、高校の同級生の近況とかを話したが、そんなものは、ときどきの会話であいさつ替わりにしていたし、近しい共通の友人もいなかったから当然長くは続かなかった。キャンパスを出た直後にはもうする会話がなかったから、どれだけ僕と、相原さんの毛色が違うのかがよくわかる。


「相原さんもしかして猫を飼っていたことある?」


 あとで言おうと思っていたが我慢しきれずに、聞いた。


「どうしてわかるの?いるの?」


「うん、黒猫がね、心配してるみたい」


 黒猫は、顔を上げて相原さんの顔を見ながら足元を縫うように、歩いている。


「そうなんだ、いてくれるんだ。クロちゃんが・・・」


 そういうと、立ち止まってぽろぽろと涙を流した。やっぱりこの話は喫茶店に着くまでするべきではなかったかもしれない、と思ったが、伝えなければならない話に違いはないのだからと、自分に言い聞かせた。人通りの少ない広い歩道で、大きな街路樹が相原さんをそっと太陽から隠してくれている。僕は立ち尽くしたままだ。


「・・・ごめんね・・・泣いちゃった」


 だが、それから相原さんはぽつぽつとクロチャンの思い出話をしてくれた。クロちゃんは、飼い猫ではあるが、自由に家を出たり入ったりできる飼われ方をしていて、頭がよく、他の猫の信頼も厚い、クールな雌の黒猫だったらしい。庭で寝ていると、そっと他の家の飼い猫、もしくは地域猫がよってきて猫団子を作っている。そこに見知らぬ猫が、侵入してくると姿勢を低くして、じりじりと迫っていき、撃退してしまう。そんな光景をよく見ていたとのことだった。

 聞きたいこととは、クロちゃんのことなのだろうかと思っていたが、クロちゃんの思い出話をする相原さんの顔と、クロちゃんの心配顔からすると、それだけではなさそうだと思った。


 いつものイメージとは程遠い相原さんと並んで歩き、その足元を歩く幽霊の黒猫、どこかにか、日常が消えた。


 喫茶ホテイアオイ、そう、控えめな看板に書かれていた。


「チリンチリン」


 なれない喫茶店、鐘の音がより一層現実感を無くす。


「いらっしゃいませ、お二人ですか?」


「はい」


「奥の席にどうぞ~」


 住宅街の小さな喫茶店だけあって、ほかには一組の中年の女性しかいなかった。だけど、この二人のにぎやかな話声が、僕の思考を幾分か現実に引っ張り上げてくれた。静けさの中で話をするよりは随分助かったように思う。


「おしぼりどうぞ、決まったら声をかけてくださいね」


 目をはらした女性に気づかないように明るい声で店員さんがメニューと水を持ってきてくれた。メニューを見るが、ブレンドコーヒーとアメリカンコーヒーの違いもよくわからない僕は、メニューにブレンドコーヒーとあったらそれを頼むしかない。その違いがわからない、とはいったが、二つ同時に比べて飲んだこともないし、喫茶店なんてたまにしかこないから、今後の人生でもわからないままいくのだろう。


「自分は、ブレンドコーヒーでいいかな、相原さんは?」


「私は・・・ちょっと店員さんに聞いてみる」


「すみません、注文いいですか」


「はーい」


「えーと、僕はブレンドコーヒーを」


「はい」


「すみません、ホットミルクって、できますか?お砂糖なしで」


「できますよ・・・アイスコーヒーと同じ値段になりますけどいいですか?」


 店員さんは、メニューにないものを嫌なそぶりを見せずに笑顔で聞いてくれた。


「お願いします」


 他のお客さんとの会話の調子から見てどうやら店員さんは店のオーナーだったらしく、柔軟に対応してくれたみたいだ。


「小林君って、最近明るくなったよね」


 最初から心霊話では、気恥ずかしさもあるのかもしれないが、泣いて発散した感情を整理しているようにも見えた。


「まぁ、そうだね、ちょっといろいろ進路とかで悩んでいたんだけど、そこらへんが少しクリアになって」


「進路?もう進路をどうするか決めたの?」


「いや、就職先を具体的にっていうような、そっちじゃなくて・・・実は正直な話、別の大学に入り直すことも考えて、入学しちゃってたんだ。だけど、この大学で自分のやっていきたいことを探していくっていう、なんというか覚悟ができて、それでちょっとすっきりしたって感じ」


「そうだったんだ。私は、逆に、大学に入ってから、ごちゃごちゃ考え出して何がなんだかわからくなっちゃった」


 大学に入ってこの1年で相原さんに何かあったのだろうか?僕の以前の相原さんのイメージのままだったら、サークル、バイト、恋愛・・・いろいろ頑張っている相原さんしか想像できない。でも、それは、やっぱり外から見ていただけのことだったのだろう。何か、なんてなくても、いやないからこそこうなったのかもしれない。痩せた相原さんに気づかなかったのは、どうかと思うが、見ようとしなければ、見える物も見えず、そして、見ようとしても心を見るのはまず無理なのだ。


「・・・ねぇ、小林君、幽霊ってどんな風に見えるの?」


「うーん、まぁ何パターンかあるんだけど・・・例えばクロちゃんは、割りと鮮明に見えるよ。ただ、ちょっとこれは説明しづらいんだけど、幽霊としての魂の他に、その記憶的なものが僕の頭に鮮明に見せている状態であって・・・・実際の魂、実際っていうのも変だけど、実際の魂は、昔の漫画なんかで見るようなちょっと半透明のエネルギー体のようなものが結構多かったりするんだ。まぁ、色は、青とか白とか・・・バリエーションはあるけど」


「そう・・・なんだ」


「そう、だからほとんどただの青白い塊に見えることも多いよ。クロちゃんは、青白い魂が、まだだいぶ生前の形を保っている上にその記憶のようなものが見えるから生前に近い状態で見えてるんだ。ただし、フィルムに描かれた世界に別のフィルムを重ね合わせたみたいに、と言ったらいいのかな?この世界からは浮いているから、幽霊なんだなとわかるんだ」


 ゆっくりと、そしてなるべくわかりやすいように心がけて話しているつもりだ。弱っている人間に対して、こんなことを話していいのかなとも思うけど、多分相原さんが、今日僕を誘ってくれた理由である知りたいことの核心の一つだと思ったからしっかりと話した。


「クロちゃんは、今もいてくれているの?」


「そうだね、相原さんの足元右手側に」


 相原さんは、足元を見ると、そっと右手を伸ばした。手先に、クロちゃんが仏頂面で軽く頭をこすりつけた。


「クールな顔して、頭をこすりつけてるよ」


「ほんと?あまり、ごろごろいう子じゃなかったけど・・・仕方なく付き合ってくれる子だったから」


「猫って、人間の感情わかってるところあるよね」


「今思うと、ほんとにそう・・・嫌われては・・・なかったと思うけど、構いすぎて迷惑だったかな」


「猫は、めんどくさいと思ったら、自分から離れていくから大丈夫じゃない」


「それも、そうかも・・・。母親には、自分から近づいていくんだけど、私からは逃げることが多くて・・・母親は、猫も追われるより追いたい生き物なのよっていってたっけ」


「それは、確かにそうかも」


「小林君も猫が好きなの?」


「そうだね、犬か猫かでいうと猫派かな。猫って、人間がかわいいと思う理想的な顔らしいよ。丸顔で目が大きくて、口が小さくて、頭が大きくて。ベビースキーマっていったかな。だからかわいくて当然なのかなって」


「そうなのかもしれないけど・・・なんだかなぁ」


「犬は、かまってあげないとかわいそうって思っちゃうけど、猫は、こっちがかまいたいときにかまってやればいいかなってそう思えちゃうから楽っていうのもあるかなぁ」


「うーん、そういうもの?」


「僕の中では」


「小林君の猫感は、そうなんだね。ところで話をもとに戻すけど、そうすると、青とか白の魂というのは、常にあるの?」


「そういうわけでもなくて、逆に青とか白の塊はないのに、その記憶的なものの姿だけが、頭に投影されることもあるんだ。これは、一般的にいう成仏したとか、あの世に魂がある場合に多いみたいで、この世とは別のところであるあの世から通信してきてくれている感じ。僕にはあまりそういうあの世にいっちゃった霊が見えるってことはほとんどないんだけど・・・、いわゆる霊能力者といわれる人は、そういう魂ともコンタクトがとれたりするみたいで・・・・ちょっとわかりにくいかな?」


「ううん、そんなことない・・・けど、そうすると、クロちゃんは青白い魂があるからまだあの世にはいってないってこと?」


「そうだね、亡くなったのはいつぐらい?」


「2月末、27日の朝に亡くなってたって聞いた」


「だとするとまだ1か月すぎたくらいだね、そのくらいだったら、特におかしくないと思う。亡くなって、好きだった相原さんのところに挨拶にきたら、相原さんに元気がないようだったから、それから寄り添って、まだあっちに旅立ってないんじゃないかな」


「そっか・・・」


 顔が一瞬クシャっとなった。


「それってあまりよくないことだったりする?」


「それは・・・良い悪いは自分にはよくわからないんだけど、多分、一回安心してあっちにいってから・・・それから見守ってくれるならそうしてもらった方がいいと思う」


 相原さんが少し沈黙し、会話が途切れたとき、ちょうどいいタイミングで、店員さんがコーヒーとホットミルクを出してくれた。


 ホットミルクをゆっくりと口に含んだ相原さんは、

「クロちゃんに安心してもらいたい」

 と、そういった。


 クロちゃんは、相原さんの顔を見つめている。


「うん、相原さんが元気になれば、多分クロちゃんは安心してあっちに行って見守ってくれると思うよ」


「・・・うん」


 僕の手は、うっすらと汗をかいた水と、ブレンドコーヒーの配置を決めかねている。

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