【第37話】伝説のプリン

 僕たちは魔王じいちゃんに勧められるままに、大広間にある長くて大きなテーブル席に座った。テーブル席の上座には魔王じいちゃんただひとりが座り、左右それぞれの席に僕やアリサ、マルコロ、アレン、父さんが座った。僕の正面にはアリサが座っており、右隣にはアレン、左隣の上座には魔王じいちゃんが座っている。


 魔王じいちゃんがパンパンと手を叩くと、丸太を組み合わせたような人形が歩いてきた。人と同じくらいの背丈で、丸太の顔には、いちおう目や鼻、口らしきものが描かれている。僕は初めて見る動く丸太の人形に興味を抱きながら見つめた。


「オリスティンよ、それはわしの召使いじゃ。わしが造ったゴーレムなんじゃよ」


「じいちゃん、凄いね! こんな動く人形を造れるなんて!」


「オリスティンも魔法の修行をすれば造れるようになるわい。そんなことより、召使いが運んできた甘菓子スイーツを味わっておくれ」


 召使いは、運んできたお皿をテーブル席に座るひとりひとりの前に置いていった。お皿の上にはプルプルと震える黄色の物体が置かれている。


「じいちゃん、これプリンだね」


「そうじゃ。世界中の材料を使ってわしが開発した、伝説のプリンじゃ。ほらほら、食べてみるがよい」


 魔王じいちゃんの言葉が終わると、みな一斉にスプーンを使ってプリンを口に運んだ。


「パパ! これ美味しいよ!」


 真っ先に父さんがそう叫んだ次の瞬間、僕の正面に座るアリサが勢いよく吹き出した。そのとき、アリサが口に含んでいたプリンの欠片が僕の顔面に飛び散った。


「だからもう、パパはダメだからあ」


 アリサは大笑いを始めた。アリサの口から吹き出されたプリンが顔に付着した僕は、黙り込んだ。


「これ! アリサ! 魔王様の前で、はしたない!」


 アリサの叔父であるマルコロが、隣に座って笑い声をあげているアリサの体を揺らしながらたしなめた。アリサは自分が吹き出したプリンの欠片が僕の顔面に飛び散っていることに気がつくと、表情が一変して真顔になった。


「オリスティン、ごめんなさい!」


 アリサは僕に謝りながらテーブルに置かれた白い布巾で僕の顔を拭おうとした。しかし、彼女が拭うよりも早く僕の顔面は一瞬にして綺麗になった。魔王じいちゃんが魔法を使って僕の顔面からプリンの欠片を取り除いてくれたのだった。


「マルコロよ、良い良い。アリサは楽しい女子おなごじゃ。ほれほれ、どうじゃ? わしのプリンは?」


 魔王じいちゃんが作ったプリンは絶品だった。こんなに美味しい、極上のプリンは初めてだ。


「じいちゃん、このプリン、美味しいよ!」


「うん! こんなに美味しいプリンは初めて!」


 僕やアリサがプリンの美味しさを絶賛しながら叫ぶと、魔王じいちゃんは満足そうに何度も頷いた。


「ねえ、魔王様。このプリンを『伝説のプリン』と名づけて大陸で売れば、たくさんの人が買ってくれること間違いなしですよ!」


「そうか! よし、このプリンのレシピをアリサに授けるから大陸のみんなにも味わわせておくれ」


 アリサの提案に対して魔王じいちゃんは喜んだ。そんな2人を見ていたら、この後に待ち受ける魔皇帝軍との戦いなんてなければ良いのに、と心の底からそう思った。


 全員がプリンを食べ終わると、魔王じいちゃんは召使いに「アレを持ってまいれ」と命令した。召使いは大広間の奥に消えると、すぐに戻ってきた。召使いが持つ木製の盆には、青い液体に満たされたコップが幾つも載せられている。やがて召使いは、コップをテーブル席に座る全員に配った。


「じいちゃん、これなに?」


 僕は青い液体が入ったコップを見つめながら訊ねた。すると、魔王じいちゃんが答えるよりも前に父さんがコップの青い液体を飲み干した。


「オリスティン、それは霊薬エリクサーだよ。飲んでおきなさい」


 魔王じいちゃんの代わりに父さんが答えた。


「こ、これが『命を与える』と言われる霊薬エリクサーとは! そのようなものを頂けるとは!」


 感激したマルコロはコップを手に取るや否や飲み干してしまった。マルコロに続いてアリサやアレンもコップを手に取ると飲み干した。だけど、僕は霊薬エリクサーに手をつけなかった。


「じいちゃん、僕は霊薬エリクサーいらないよ」


 僕の言葉に魔王じいちゃんの表情が凍りついた。


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