【第10話】溶けた伝説
僕は質屋店主マルコロが用意した2頭立ての馬車に乗り込んだ。御者であるマルコロの左隣に座ると、すぐに馬車は馬のいななきと同時に走り始めた。
「マルコロさん、いったいどこへ行くんですか?」
僕は疾走する馬車に揺られながら隣りに座るマルコロに訊ねた。
「村外れにある鋳造所に行く」
「鋳造所って何ですか?」
「オリスティン、鋳造所も知らないのか。金属を溶かしたり加工したりするところだよ」
マルコロはそう答えながら半ば呆れたような表情を僕に向けた。
「金属を溶かす······」
そう呟いたとき、僕の脳裏に閃くものがあった。
「そっか! そういうことか!」
「やっと分かったか、オリスティン」
「はい! 勇者の装備品が溶かされて鍋に変えられたかもしれない、ということですね!」
「その通りだ。だから、それを確かめに村の鋳造所へ向かってるんだ」
マルコロはそう答えると2頭の馬に鞭を振るった。2頭の馬は、いななきながら、さらにスピードを上げた。
村の外れまで歩くとそれなりに時間がかかるものだけど、馬車だとあっという間だった。
鋳造所には幾つもの煙突が並び、そのほとんどから煙が吐き出されている。僕にとっては初めての鋳造所だ。まだ建物に入っていないというのに、鋳造所内部から熱気を感じた。
マルコロは馬車から降りると、鋳造所に向かって大声で誰かの名前を呼び始めた。すると、鋳造所の中から上半身だけ裸の筋肉質な男が現れた。男の上半身は汗で濡れきっている。
「よう、マルコロじゃないか」
上半身裸の男は布巾で額の汗を拭いながらマルコロに近づいてきた。
「アレン、仕事中にすまない。どうしても知りたいことがあってな」
マルコロがアレンと呼んだ男は、僕に視線を向けた。
「そちらの少年は?」
「伝説の勇者の末裔であるオリスティンだよ」
マルコロがアレンに僕を紹介した直後、気のせいか、アレンの表情が少し強ばった気がした。
「勇者の末裔か。ということはオリスチンのお孫さんだな」
アレンはそう答えると、僕のことが珍しいのか、じろじろと見てきた。
「それで、マルコロ。こんな村外れにある鋳造所まで来て、何を知りたいというんだ?」
「20年ほど前のことだが、俺の親父とロンドさんが鋳造所に来なかったか?」
「そんな昔のこと覚えてないぞ。しかも、その頃の俺はまだ18のガキで、親父に仕事を教わっていた頃だしな」
「そうか、じゃあ質問を変えよう。20年前、鋳造所に伝説の勇者の装備品を持ってきた人物がいただろう?」
マルコロの問いかけにアレンは黙り込んだ。
「アレン、なぜ黙り込むんだ。何か知っていることがあれば教えてくれないか?」
「そ、そんな昔のことなど覚えちゃいねーよ」
マルコロによる問いかけに対してアレンは明らかに動揺している。きっと何かを知っているに違いない、と感じた僕は、アレンの強ばった顔を見つめながら彼に近づいていった。
「アレンさん、僕、見ちゃったんです。ロンドさんの厨房で青白く光る鍋を。それも1つではなく幾つもあった。鍋だけじゃなくてフライパンや包丁も青白く光ってた。あれは間違いなく伝説の勇者の装備品だった金属ですよね?」
僕は穏やかな口調で、うつむいているアレンに問い詰めた。
「俺は何も見てない。死んだ俺の親父も勇者の装備品には関わっちゃいない」
アレンはそう答えると背中を向けた。
「アレンさん! 僕の先祖である伝説の勇者は、魔王を倒してこの世界を救ったんです。その勇者が使っていた剣や鎧などを溶かしてしまうということがどれだけ重大なことか分かりますか? 世界を救った、という伝説を溶かしてしまったことと同じなんですよ!」
僕はアレンの背中に向かって叫んだ。アレンの背中が震えている。
「俺は関係ない。もう帰ってくれ!」
アレンは絞り出したような声でそう言うと、僕たちに背中を向けたまま鋳造所に向かって歩き始めた。
このままでは真相が闇に葬られてしまう!
僕は最後の賭けに出ることにした!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。