第12話 そうだ、家出しようよ1
「お父さま!どうして勝手に決めるのですか!」
「リリィ、これは決まった事なんだ」
「お……、お父さまなんて、大っ嫌い!!!出て行って!」
初めての親子喧嘩はすっぱい味がした。
事の始まりは、旅行中にアレクから聞いた事の真偽を確かめた事から始まる。
婚約の有無、陛下の考え、不確定だと思ってた事は帰宅した次の日の朝食時に明らかになった。
食事を終え、デザートに手を付けたタイミングで、世間話程度のノリで聞いてしまった。
その回答は「既に決めて来た」というのだ。思わず好物のグレープフルーツを吐き出すくらい衝撃だった。
その相手は噂通りエレンラント第四王子だった。いくらシナリオ改変に繋がるとしても、あんな浮気性の男は願い下げだ。しかもその見返りなのかファーネスト家は侯爵に陞爵の内定だとか。家格を上げる為に娘を不幸に陥れるのですか!?呆れてものが言えない。
こんな事を勝手に決めるなんて、信じられない!もう、お父さまとは金輪際口を利かないんだから!
と言った感じに食事の途中でお父さまを追い出した。
「フェンリル先生、そろそろアレをやろうと思うの」
「アレか、いいんじゃネェか?クマの扱いもかなり上達したし、きっと大丈夫だろ」
温泉から帰って来た日の内にお姉さまは一時的に実家に帰省してしまった。
味方の居ない今、この話を止める為には家出しかない。
いっその事、精霊界に行ってしまうのもアリかと思っている。それは、行けたらの話だけどね。
そんな状況でお母さまが声を掛けて来た。
「リリィ、今日はどこまで行くの?」
「な、何の話でしょう」
「お出かけの話よ。いつも作り置きの料理やお菓子を持って、深夜にお外に出ているでしょう?お母さん心配だわあ」
全部バレてる!??
そうだ、何故か毎日料理やお菓子の作り置きがあるのか、それを盗み食いしても警備が厳しくなる事が無かった。それだけじゃなく、いつも誰にも見つからないどころか、人影すらないのも不思議だった。夜間はメイドが警備で夜回りしているのに、私の通るルート、その時間帯はいつも誰も居なかった。
「お母さまは全て知ってられたのですか」
「娘の事は何でも知りたいのよ。でもね、できたらあまり危険な事をしないで欲しいわ」
私の頭を優しくぽんぽんと叩く。それは、愛情たっぷりの表現だった。
「はい、では、もう外出は禁止ですか?」
「どうして?危険な事をしなければ良いわよ?あ、これ今日のお弁当とお菓子ね、日持ちしそうなのを3日分入れておいたわ。今日はお父さんをこの部屋に入れない様に妨害するから、楽しんでらっしゃい」
「え、いいの?」
「ええ、だって、私も怒っているんですもの。勝手に決めすぎよね、ぷんぷんしちゃうわ」
「お母さま、大好き!!」
思わずうれし泣きしそうになりながらも、お礼を言って部屋を後にした。
はて、これは家出になるのだろうかと疑問におもいつつも、バルコニーからジャンプして、地面に降り立つ。未だに自分の足で歩くのは苦手で部屋の端まで20秒はかかる。その反動かクマ操作術の技術はみるみる上達し、今となっては自由な翼と言ってもいいレベルになった。クマの肩に乗って森の中を爆走、急ブレーキ、格闘、木から木へのジャンプ、屋敷の二階との行き来と考えれる動きは全てマスターした。
といっても格闘の実践経験した事は無い。
私が覚えた技はクマの腕を高質化して振り下ろす兜割や高速で連打するパンチ、時々成功する程度のクマの手ブレードくらいだ。先生の技にはまだ追いついているとは言えない。キック系は足を少し浮かしている事とバランスの問題から、全く威力が出ない。それでもきっと戦えると信じている。
森の中を駆け抜けていると、人の気配がした。
まだ精霊の森には辿り着いていない事から、冒険者の中でも初心者か、野草を採取してる人だと思う。
一応、木の上に飛び乗り、気配がする方を観察したていると、6人組の冒険者が現れた。初心者なんだと思うけど、目的が気になったので暫く観察する事にした。この森に来る冒険者なんて、精霊の森を目指してる事以外には考えられなかったからだ。
◇ ◇ ◇
(冒険者カリム視点)
私達はクラス2の冒険者パーティ『ファイアエッジ』だ。まだまだ駆け出しの初心者のようなもので、今回は『特に被害は出ていないが気になるから調査して欲しい』という依頼を受けてこの森にやって来た。
目撃談では、夜間にのみ出没する魔物で、高速で動き飛び回る。木を殴り倒す程の強さがあるにもかかわらず、何を食べているか不明で特に被害が出ていない。
ただ、見た感じが巨大な熊くらいあるので、気を付けて欲しいと言われた。熊であれば退治しなくてならないが、本当にただの熊であれば倒すのに問題ない程の実力はあるハズだ。
「ディップ、不安なのか」
「カリムは不安は無さそうでいいな」
「ミレーが心配するから、あまり不安がるなよ」
「ち、違うわ、心配なんてしてないんだから」
日のある内に森の中を探索しながら進み、目撃があったエリアを中心に生息している動物を確認した。熊であれば大きな足跡があるはずだ。それに動物を食べた跡や血痕も見つかるだろう。だが、それが全く見つからない。拍子抜けなくらい平和な森だった。
「なあ、やっぱり誤報だったんじゃないか?きっと見間違えだったんだよ」
「あはははは、無いならないでいいじゃない、フィーグだって怖がってたじゃない」
「(コクコク)」
メルナがフォーグをからかい、ナナリムが同意した。
剣士のディップとカリム、そしてヒーラーのミレーは初期メンバーで腕が立つ。
フォーグはスカウトで、よく笑うのがメイジのメルナ、最後に無口なのが
私達は、あまりにも平和な森に拍子抜けして休憩する事にした。
どのみち出没時間の夜中になるまでは、この森に居る必要がある。今の内に休憩して体力を温存しようと考えた。
だが、状況に異変を感じたフォーグが小声で話し始めた。
「(なぁ、変な気配がする)」
「(フォーグもそう思うのか、ちょっと気持ち悪いな)」
「(ねぇ、変な魔力の流れを感じるわ、それに何か見られているような…)」
ヒソヒソ声で話しているのは、それだけ警戒しての事だ。
魔力に敏感なメルナまで不安を感じ始めた事で、ただの獣ではない事がわかる。それは動物は魔力を持たないからだ。私は咄嗟に焚火を消して全員で戦闘態勢を取った。
敵が何処から来ても対応できるように配置をした。本来後衛のミレー、メルナ、ナナリムは若干内側に寄って貰っている。物理攻撃には弱いメンバーを護るのも近接職の役目だからだ。
静かにしていると突風がが通り過ぎる。その風には何か甘い匂いが混じっていた事に何かが変だと思った。リーダーとして、全員に警戒しろという合図を送る。
武器を持つ手が緊張で汗をかく、何が来ても対処できるように身構える。
息を飲み汗が地面に落ちる頃、頭上から気配がする。
「上か!」
その言葉と同時に全方向から獣の匂いがし、グルルルといううねり声が聞こえた。
甘い匂いはなんだったんだ?嗅覚がおかしいのかもしれない。
「狼系か、頭上の気配がヤバイ」
「数も厄介だぞ、完全に囲まれている」
「やばいよ、どうしよう、10匹超えてるよお」
ゆっくりと姿を現したのはホーンウルフ。
普通の狼と大きさこそ変わらず、大した魔力こそ持たないが群れで行動して高い連携攻撃をする所から、
私達は誰かが犠牲になる事を覚悟し、戦いに挑もうとしたその瞬間、その少女は現れた。
晴れた海のような青くて長い髪と黄金色の眼に一瞬心を奪われた。
少し冒険者を意識した服装でマントにはこのあたりの貴族の紋章が入っている。
少女は巨大な熊の縫いぐるみの肩に乗り、熊ごと地面に飛び降りる途中、熊の腕の一振りで三匹の狼の首を刎ねた。
それに恐れをなしたのか、ホーンウルフは一斉に逃げ出した。
私達がこの状況に頭が追いつかず、口を開けて固まっていると、少女は可愛らしい声で訪ねて来た。
「こんにちは、精霊の森に行くところですか?」
よく見なくても少女というより幼女だった。
幼女に心奪われたってなんだよ。俺はロ……いやいや、そんな事は断じてない。
一体なにをしにこの森に来ているのか。
私は、いや恐らく全員、彼女に興味を持ってしまっただろう。
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・冒険者について
冒険者パーティにはクラス1~10、冒険者個人にはランク1~10が割り当てられ、冒険者ランクの平均値の四捨五入がパーティのクラスに反映される。
ランクを上げるも下げるも冒険者ギルドの裁量次第なのですが、受けれるクエストが推奨クラス±1となり、都度パーティを増減させるという調整を行っています。ファイアエッジは少し前から低難易度を受ける為、荷物持ちのナナリムを入れる事で調整していますが、彼女の有用性を認識し正規メンバーとして迎え入れようと考えています。
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登場人物紹介
・カリム(盾剣士/男性)20歳
このパーティーのリーダー。甘い物に目がない、ミレーとは同い年でお互いに意識し合う関係。
・ディップ(重剣士/男性)34歳
パーティ唯一の妻子持ちで年長者。パーティーの保護者役。裁縫が趣味。近々引退を考えている。
・ミレー(ヒーラー/女性)20歳
冒険者では貴重な職業。少し天然で時々料理で壮大なミスをする。
・ナナリム(バッカー/女性) 8歳(ギルドには規約の関係で10歳と申請)
過去のトラウマのせいで無口になり殆ど喋らない。基本は荷物持ち、ショートボウで支援する。
・フォーグ(スカウト/男性)25歳
細身で常に冷静。口が悪いが悪いヤツではない(メルナ談) 気配察知、隠密に長けている。
・メルナ(メイジ/女性)24歳
大人びた雰囲気。フォーグとは腐れ縁。仲は良い方だが男女の関係には進んでいない。
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