モブ以下令嬢の悪役令嬢救済プラン

なのの

前日譚の前日譚

第一部 精霊の森

第1話 高熱で死にそうだよ

登場人物紹介

・リリィルア・ファーネスト(伯爵令嬢)6歳

 病弱でベッドから離れる事すら許されない生粋の箱入り娘で自力歩行した事がない。本作の主人公

・ルルゥルア・シルヴィアート(公爵令嬢)7歳

 妹分のリリィを愛する活発な子、生まれてすぐ母を亡くし、ファーネスト家に預けられた。未来の悪役令嬢候補

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 高熱にうなされ、朦朧とした意識の中、彼女は私の手を取って涙ぐむ。


「はぁっはぁ………あつい、あついよ……」

「替えの濡れタオルをっ、あぁ、もう、全然熱が下がらないわ!リリィ!しっかりして」

「魂強度50まで下がりました。これ以上は自我が崩壊します、その前に──」


 胸に当てられた魔道具で計測した値に医師の表情が絶望に歪む。

 それを見たルルゥが医師の考えを否定した。


「そのソウル計は壊れているのよ!リリィが死ぬわけがないわ!」

「ですが、このままではお嬢様の高い魔力を維持できなくなり、人としての形を保てないばかりか、無差別に──」

「リリィはそんな事しない!絶対にそんな風にはならないわ!」


 薄れゆく意識と、ぼんやりする視界でお姉さまを見ていた。

 お姉さまとは血が繋がっていないけど姉の様な、ううん、姉以上の存在。

 私が生まれた時から傍にいて、笑顔を振りまいてくれる。

 病弱で部屋を出る事すら許されなかった私にとっては、お姉さまが教えてくれる色々な事が私の世界を彩っている。


 彼女が語るお話はこの狭い部屋を大きく綺麗な神殿に変え、きらびやかなステンドグラスから色とりどりの光差し込めた。窓から見る庭園には背の高い噴水に神聖なユニコーンと純白のドラゴンが喉を潤し、くつろいでいる。彼らはそこに眠る美女を護り、後に現れる王子様に見初められ幸せの階段を上ってゆく。


 どのお話も想像力が掻き立てられるが私はその話が一番好きだった。

 眠れる美女を自分に重ね、いつかは自分もって思っていた。

 それほどまでにお姉さまのお話は私の心に刺さり、そして愛してしまったのだ。


 だけど、それもここ数日続いた高熱で、そんな妄想する余裕がなくなっていた。

 もう、このまま死んじゃうのかもしれないと諦めかけたその時、温かく光る物が私の胸元に入り込んでくる。

 それは私だけに見えた光だった。


「魂強度49!もう駄目です!あ、あれ?55?68…79、99、140!凄い!平常値を大きく超えました!これなら……!」

「リリィ!起きて、起きてよっ!!」

「熱は下がりました!あとは意識が戻れば……戻りさえすれば……」

「ルルゥルア様、一度、魂強度50を切った者が自我を保って目を覚ました例は──」

「諦めないで!リリィは必ず目を覚まします!だって、私の妹なのですから!」


 リリィは手を握りしめるルルゥの必死の叫びにすぐに答える事はなかった。

 だがその時、リリィの中では新たに入って来た魂が定着しようとしていた。


『新しい私、お願いです、お姉さまを悲しませないで』


 その一言だけを残して、その思念体は儚く消えて行った。

 それと同時に記憶の引継ぎが行われ、直後に魂の定着が終わる。

 薄っすらと目を開けると、生きているという実感より、泣きじゃくる少女を慰めたい気持ちが強かった。


「うあああああん、リリィ!リリィ!良かったぁぁぁぁ」


 お姉さまは大粒の涙を流して喜んでいる。

 お母さまは安堵の涙を流し、お父さまの胸を濡らしていた。

 私は細くて今にも折れそうな手を伸ばし、お姉さまの頭を撫で「もう大丈夫だから」と言葉をかけて意識を失った。

 その時、最後に目に映っていた物はとても可愛らしい花を模った素敵な髪飾りだった。


 それから三日後、ようやく意識を取り戻した私は鏡を見る。

 そこには幼女の姿があった。


 前世の自分が死んだ事を少し残念に思いながら、記憶を整理した。

 私の名前はリリィ、フルネームはリリィルア・ファーネスト。

 ファーネスト侯爵家の一人娘で、6歳になったばかりだ。

 意識を失う間に近くに居た少女はルルゥルア・シルヴィアート。

 シルヴィアート公爵家の一人娘で母を早く亡くした為、妹である私の母に預けられ育てていた。

 体裁上では居候だけど、私の姉であり、私の全てだ。

 歳は一つ上で、活発で優しくて愛らしい容姿、そして周りからは天才で努力家と言われいる。


「ん……?ルルゥルア・シルヴィアート公爵令嬢ってあのルルゥルア?

 あの悪役令嬢の??

 確かにあの面影はそうかもしれない。着けていた髪飾りも物語の回想に出て来た物と一致する。

 すると、ここはルルゥを主役とするゲームの世界!?」


 ん?待て、確か妹分であるリリィは物語が始まった時点、つまりルルゥが9歳の時点では病死してて、ルルゥはその悲しみから立ち直り、王子と婚約するまでのストーリーだった。

 問題はそのストーリーが本編の前日譚(リトルルルゥストーリー)であり、先に発売された本編(グランウィッチと六人の王子様)はルルゥが悪役令嬢として登場する乙女ゲーム。それは、何をやってもルルゥは不幸になり死を迎える事が全ルートで決められた話だって聞いた。

 前日譚ストーリーはそんな可哀想なルルゥのファンからの熱い要望に応えて作られたノベルゲーム。私は前日譚だけをプレイしたニワカで、本編は攻略対象をコンプリートした姉から聞きかじった程度の知識しかない。

 ここから導き出される答えは、ルルゥが悪役令嬢にならない様に、この私が導かないといけないと言う事。


 そして自分の事も思い出す。

 そうだ、作品中に私の描写は殆どなく、名前と死因がちらっと出るだけで立ち絵すらない、要するにモブ以下の令嬢だ。両親についても同様で、母は病死、父は荒れて酒場で刺されて死亡という、なんとも救われない設定となっている。


 ん…あれ?まさか私、この先2年以内に病死するって事じゃない?

 恐る恐る自分の腕をよく見ると、あまりにも細い手に恐怖を覚える。

 このままじゃ栄養失調で死ぬ!


「ひぃぃぃ!肉、肉を食べないと!!!肉ぅぅぅ!!!」

「え?お、お嬢様!?」


 突然、肉肉と叫ぶ私の声に、看病疲れで居眠りしていたメイドが目を覚ました。

 まずは自分が病死しないようにするという難関をクリアできるか。

 私の苦難は始まったばかりだった。


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設定

・名前の付け方

 この国の貴族の名前は母方の家名の一部を後ろに付けるのが流行っていて、リリィの場合なら『ルア』が母方の家名『ルアシェイア』から貰っている。

 時々、望まれずに生んだ子、期待した性別出なかった子である等の理由で、家名を付けない親も居が、平民はそもそも家名がないので関係ない。

・愛称呼び

 仲が良くなった時には母方の家名を省略して呼ぶ事が一般的。

 家名が付いていない子でも語感が良ければ短くして呼ぶ。

・ソウル計(魔道具)/魂強度(ソウル計で測定した数値)

 聴診器の様な形をした魔道具で、心臓のあたりに押し当てて計測する。

 生まれ持った魔力量が多いと魂強度が減った時に、自壊して人の形を保てなくなり、周りを巻き込みながら死に至る。この状態をソウル災害と呼ぶ。

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