第11話

その夜、僕は夢を見た。


 どこかの砂漠だ。月が顔を出している黄昏の砂漠。誰の足跡もない砂の丘にポツリポツリと小さな窪みが生まれてはサラサラとその跡が消えていく。二つの影がつかず離れずオレンジと青の境目を飛んでいる。


 ひるが叫んでいる。

「邪魔をするな!もう、夜がそこまで来ている。そんなにお前は私を消したいのか!」

「お前一人で逝かせはしないさ。私が今までしてきた全ては、こうやってお前と話すためなんだ。落ち着け」

必死に砂を蹴って飛んでいるひるに対して、よかぜには余裕がある。三輪車をシャカリキにこぐ幼児と、その横でゆったり歩くお母さんのように。二人の力にはそれぐらいの差があった。

「そのまま太陽を追い続けたままでいい。私の話を聞いてくれ」

「消滅なんてしたくない。あの苦しかった修業はこの不老不死を手に入れるためのものだったじゃないか。私は永遠に生きつづけるんだ。消えてなんてやるものか」

「こうやって終わらない追いかけっこをすることに何の意味があるというのだ。社会と係わることもなく、ただ跳ね続けるだけの私達のこの毎日にどんな意義がある?あの修業は夜の闇や太陽から逃げ続けるためにしたわけじゃない」

「見る事ができたじゃないか!人が作り上げていく文明を見ることが出来た。鍬や槌を振るうだけだった人間が、電気を生み出し海や空を自在に移動出来るようになった。その様を見ることが出来た!」

「そうだな。自在に海を渡り、空を駆ける。それが、今の、人、だ。私達がやった修業も必要とせずに、な」

よかぜのその言葉を聞いて、ひるの砂を蹴る勢いは少し弱まったように見える。


 遥か遠くの砂の丘の上にラクダと人の影が見える。彼らからは果たしてこの二人は見えているのか。


 トスッ、とひるは砂に着地し、そのまま膝をついた。続いてよかぜはその横に降り立つ。

「無意味、だというのか」

ひるは弱々しく言った。

「あぁ。我々の存在など無意味で無価値だ」

乾いた砂の表面に幾つかの染みが生まれた。言葉もなくひるが泣いている。

「不老不死を得、万能になったと勘違いしたんだ。偉くなったと勘違いしたんだ。確かに、特別な存在になれたのかもしれない。自然の理を外れた、という意味において、な」

よかぜは淡々と声を出す。緩やかな風が当たり前に吹くように。

「人の世は目まぐるしく変わったが、動物達は変わることなく、生まれて生きて生んで死んでいく。それはずっと変わらなかっただろう。そして、それは美しい。我々の醜さと対照的にな。」

黄昏が明るさを失っていく。

「神様は」

「あれが神なんかであってたまるか!」

ひるは震える声でよかぜの言葉を遮った。

「この忌まわしい呪いをかけてくれやがったアイツは神なんかじゃない。神であってたまるか!」

「これは罰だ。人が大切にしていたものを踏みにじった罪。それに対しての罰」

どこまでも続く砂漠の真ん中に吹く風は表面の砂を撫でるように動かしている。よかぜの声はそれと同じように淡々とひるに向かって吹いている。

「能力も心も人でなくなった者へ神様が与えた罰、それが、これ、だ」

砂の世界から明るさがどんどん失われていく。

「さあ、せめて最期くらいは跳ねず跪かず、立っていようではないか。闇がおまえを消した後、私も太陽をしかと見届け、ちゃんと、消えるさ」

よかぜはそう言いながらひるに手を差しのべた。そして、ひるはよかぜの手を無言のままに掴んだ。


 同じ姿をしたその二つの影が鏡に映したかのように向かい合って立ったその時、足元からつむじ風が沸き起こり、みるみる大きくなって、その二つの影を包み込んだ。


 すぐにつむじ風はかき消え、その後には一つの影が立っている。


「そうすけ、蝉を逃がして済まなかったな。」

「そうすけ、空を駆けた時、君はそんな顔をしたのだな」

この二つのつぶやきが同時にその一つの影から発せられた。


 月明かりがその影を照らしている。もはや、黄昏時ではなく、砂漠はすっかり夜だ。真っ暗になった闇の中を、その影は跳んだ。

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