板石泰
「皆さま、お待たせいたしました。これより、故人である板石泰様の冥福を祈るべく、お経をあげたいと思います。皆さん、改めてお直りくださいませ」
お坊さんは私たちが座っている間を通ってそう言うと、ゆっくりと腰を落として右手に持った棒で何かを叩き始めた。
「では始めます」
それから始まったお経と言うものは、大変に眠くなりそうな音楽だった。もしこれを夜ふかししようとしている最中に流されたら、一発で布団に入り込んでしまいそうだ。そのお経をひたすらに言い続けるお坊さんと言う人がなんだかとてもすごい人に思えて来たが、どうにも退屈な物である事は変わらない。
ただまっすぐ座っているのにも飽きて来た私が前を見ると髪の毛に白髪が混じっている男の人がいかにもつらそうな顔をしながらお尻を上げ下げしていた。私の父母より年上であろう人間でさえ苦しいのだから私が苦しいのも仕方がないのだろうと思って足をくずしたくなったが、メガネの少年がまったく苦しそうな様子をしていないのを見るとそれもできない。目を閉じてはいたが眠そうな様子は全くなく、じっとお経に耳を傾けていた。まるでそれが当然、と言うよりなぜそうしないのだと言わんばかりの空気だ。坊主頭の少年がわずかに目を開いて舟を漕ごうとしているのと比べるとあまりにも違う。
私はお葬式に来たんじゃないと文句を言う事もできた、でもそんな気持ちにはなれない。もちろん板石泰と言う人に対する気持ちもあるが、それ以上にそんな行動を取ろうと言う気分になれなかった。理屈ではいくらでも不満を思い付くのに、なんとも不思議な事にそれを表に出す気になって来ない。メガネの少年はまだともかく、坊主頭の少年は私以上に退屈しているはずなのにだ。授業中でさえよくも悪くもじっとしている事の少ない彼が眠そうではあるがこの長いお経と正座から来る足のしびれに耐える事ができるのはなぜなのだろうか。
やはり「お出かけ」なのだからなのだろうか。これがいきなり葬式に行って来いと言われたら私だってあれこれ文句をつけただろうし、坊主頭の少年などなおさらだろう。
「いったん足をくずして結構です」
やがてお経は終わった。長いお経を唱えていたお坊さんがその言葉を言うと、ほとんどの人がため息をつきながらあぐらをかき始めた。私もそうした。
「ではこれから最後のお別れを行いたいと思います。皆様、故人に対し最後の思いをぶつけて下さいませ」
まずはと言う言葉とともに、1人の男の人が出て来た。写真の中の板石泰さんによく似た、おじいさんと言うべき年齢の人だ。
「兄貴、兄貴っていっつもいい加減に見えてしっかりしてたよな。いつも俺が上っ面ばかり真面目人間を気取ってた、その結果の尻拭いを全部兄貴はやっててくれた。この年になると兄貴の偉大さってのがよくわかるよ。兄貴、オレは生まれ変わってもあんたの弟に生まれたい。なるべくゆっくり行くから、待たせちまうけれどごめんな」
板石泰さんの弟だろう。78歳で死んだ人の弟なのだから70歳ぐらいだろうけど、ものすごくつらそうな顔をしている。70年って言うのがどんな時間なのか、私には未だにわからない。わかるのは70年も一緒にいたからこそ悲しくて苦しいと言う事ぐらいだ。でもこうして泣かせるぐらいだから板石泰さんと言う人が、この弟さんにとっては非常に大事な人間であったと言うことはわかる。
私は一人っ子であったがもし兄弟がいたら、あるいはこれから弟や妹ができるかもしれないがその弟や妹にとって自分がこんな風に泣いてくれる兄である事ができるのか、私は正座をしながらも少し曲がっていた背中を正した。
「続いては、故人の最初の奥様のお姉さまの息子さんからです」
「お父さんは常に公平な人でした。私も、美香も、母が亡くなったあとに結婚した二人目の母の子である弘樹と和樹も、そして半年前にこの世を去った最後の母の子であるあかねと隆一。六人の子どもを分けへだてなく公平に接してくれました。そのおかげでたいへん複雑な家庭環境にあったのにも関わらず私たち六人はこうして仲良くすることができています。私はこれからもあなたの教えを胸に生きて行きます」
板石泰さんの息子さんであるこのおじさんが育って来た環境って言うのは非常にややこしいのだろう事は、私にもわかった。
3人もお母さんがいると言う事はどういう事なんだろうか。坊主頭の少年がこのありえない現実に対し目をぱちぱちさせているのに対しメガネの少年はまるで動じていないように見えた。どういうことなんだと聞きたかったが、また「しっ!」で終わらされそうなので私はじっとおじさんを見つめる事にした。
で、5人の板石泰さんの子どもの皆さんの言葉を集めると、結局板石さんの最初の奥さんはわずか30歳で病気で死んでしまい、その次の年に結婚した2人目の奥さんとは6年間で別れる事になり、その2年後に結婚した3人目の奥さんと死ぬまで一緒に過ごしたと言う人生を板石さんは送ったらしい。
私のお母さんはその時37歳だったから、要するに7年前に母親が死んだと言う計算ができる。要するに3歳の時にお母さんを失い、4歳の時に新しいお母さんが来てちょうど10歳の時にそれもいなくなったと言う事か、いやその上にさらに別のお母さんが来たと言う事か。
もう何が何だかわからない。
外から聞いていてもわけがわからないのだから、中にいるとますますわけがわからないだろう。そんなわけがわからない状況の中で6人の子ども全員に自分の死を悲しませる事ができている。とりあえずすごい人だと言う事だけはわかったつもりだし、そしてそんな人生を送って来た人間をとりあえず尊敬したくなった。
「すげえ人だよな」
坊主頭の少年も同じ事を考えていたらしい。私が彼の感情からこぼれたその言葉に呼応して首を縦に振るとメガネの少年は深くため息をついた。
坊主頭の少年のすげえ人だよなと言う言葉より明らかに音量の大きいため息を指摘する人間は誰もいない。たぶん長い正座で足がしびれて参っているゆえのため息だとでも思ったのだろう。だがその事を私は言う事もできないし伝える事も出来ない。仮に伝えられたとして伝えたらどうなるか、たやすく想像がついてしまう。
やがて板石さんの息子と娘さんたちのあいさつが終わると、今度は板石さんの会社時代の同僚だと言う人が出て来た。板石さんが会社でも立派な存在であり、後輩から尊敬されていたと言う事がわかるような話が次々と出て来る。中には私たちが普段やっているようなお菓子の取り合いの様なしょうもない話もあったが、そんな話をこんな所でできるってのはよほど仲がいい事なんだろう。
いろんな人がやって来ては話すを繰り返し、その度に私の中で板石さんの人生って奴が形作られて来る。
78年前にここから遠くの町の三人兄弟の次男として生まれ、18歳で東京に出てそこで布を扱う会社に入り、20歳で最初の奥さんと結婚。その10年後に最初の奥さんが死んでしまい、その翌年に新しい奥さんと結婚した。でもちょうどその時太平洋戦争って言う戦いが始まってしまい、いろいろ世の中がおかしくなっている中板石さんは兵隊としてよその国に向かい、その間に2人目の奥さんは2人の子どもを残してどこかへ行ってしまったらしい。戦争が終わった後にまた元の会社に戻り、そこで3人目の奥さんと結婚し、そして定年になるまでそこの会社に勤め最後には常務って言う役職にまでなって会社をやめ、その後は子どもたちに囲まれながら将棋とテレビを楽しみにほのぼのと暮らしていたと言うのが板石泰さんという人間、のようだ。
「ではこれより、故人との最後のお別れでございます。皆さん、献花のほどを」
私が勝手に板石さんの人生を振り返っていると、板石さんが入っている木の箱が姿を現した。板石さんの顔は写真よりも少しだけ楽そうであり、少しだけ悲しそうだ。どうしてそんな顔になっているのかはわからない。あの写真は死ぬどれだけ前にとられたんだろうか。私にはあまり時間の差があるように思えない。
「では皆さま、ご起立の上係りの方からお花をお受け取り下さい」
私は足のしびれがひどく両手を畳について力を入れねば立ち上がれなかったが、一度も正座を中断していなかったはずのメガネの少年は平然と立ち上がっていた。坊主頭の少年はと言うとメガネの少年に手を取ってもらってやっと立ち上がれた。
あなたの子どもで良かった、さようならとか言いながら顔や手に触れながら白い花を入れている。100人近くの人が同じ顔をしながら、同じ事をやっている。板石さんのひ孫だと言う2歳の男の子さえもが、どれだけ会った事があるのかわからないひいおじいさんに向かって悲しそうな顔をしながら花を置いている。
当然だけど、板石さんと今日初めて出会った私たちが花を渡されたのは最後だった。もはや顔以外のほとんどが花で埋まってしまった棺桶って言う名前の箱の胸の方に花を置き、これまでの人が全てそうしたように両手を合わせて頭を下げた。
同じ花のはずなのに少しだけにじんでいたように見えた物があったのは、たぶん気のせいではなかったはずだ。
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