#01 脅される奴との出会い■数ヶ月前■

「チェキの売り上げが落ちてるんだよね。君らからなんかアイディアある?」



マネージャーから終演後の一言はそれだった。

今日俺は連日の寝不足で少し声が出にくかったけど、そんなところは見てくれない。


そういうのは運営の仕事じゃねえのか?と思いながらも神妙な面持ちで反応することしかできなかった。


他のメンバー2人は、


「毎週来てたもえのんちゃんが今日来てないからじゃないのー?」


「もえのんさん佐藤センパイのTOですもんね。」


とダラダラ帰り支度をしながらつぶやいた。


「いいや、もえのんさんが来た想定でも落ちてるんだ。右肩下がりというところかな。何か原因わかるか。」


原因。それは高すぎるからみんなお金がないだけじゃないのか。

ツーショが撮れるからと一回3000円もするチェキを、そう何枚も撮れるものじゃない。


「もっと見に来てくれるお客さんが増えると嬉しいんだけどね〜」


「でも今日、男の人きてたよね〜!初じゃない?珍しいよね」


「え、俺だれかの彼氏かなんかかと思ってた」


キャッキャしてるガキ2人にまたこうなるのかとつまらなさそうにするマネージャー。


それに毎回、耐えかねて、自分を犠牲にする自分も嫌いだ。



「そうですね・・・じゃあ、僕がチェキ強化月間ということでインライでなんかしますね!お疲れ様でした。」


そう言って俺は、小さなライブ会場を後にした。



元々ダンスや歌が好きで、劇団のオーディションを受けるか悩んでいたところ、

「自分でダンスも歌も自由にプロデュースできる」と大手事務所に声をかけられた。


しかし、実際は小さな箱で毎週ライブをしてチェキや握手会ばかりをする男性地下アイドルというやつだった。

プロデュースというか、常駐で制作をしてくれるスタッフがいないから、カバー曲を歌って自分たちで振り付けしているだけだ。

チケット代とドリンク代以外、ほぼ顔馴染みの人たちと1回3000円のチェキを取ることが主な収益。


そんなことばっかりしてるから、先週も変なファンにつけられてしまい、トラブルになってしまった。

そのことが原因で頭を悩ませてずっと寝不足だ。


「もえのん」というやつだ。

今日は来ていないしSNSの更新もしていないようだ。

やはりかなり揉めてしまったのでもう降りてしまったかもしれない。

チェキの売上がとかなんだか言っているが、正直、いなくなってほしい。


実はこれは事務所には言っていないのだが、その女に暴力を振るってしまった。


付きまとわれたといはいえ、その女に暴力を振ってしまった。正直、正当防衛だと思う。

ただその後俺は怖くなって逃げてしまったため、どれくらいの怪我だったかわからない。

正直怖い。

でも、事務所には信用がおけなくて、相談できていない。

そもそも「もえのん」がこれを機に消えてくれればいいと思う。

ただ、「佐藤に暴力を振られた」なんて訴訟のようなものが来たら恐ろしい。


俺はアーティストとして活動したかったのに、色恋営業みたいなことをするからこんなことになるんだ。

これは本当になんなんだ。



駅までの道のりはついついそうやって考え事をしてしまうから嫌だ。

冷たい夜風も、地下に降りていくとだんだん淀んいってさらに気持ちを落ち込ませる。

どうせなら表現のことで悩みたかった。


踊って歌っている時だけが最高だ。

俺はホストじゃない。


老若男女関係なく、俺の表現でみんなが感動したり元気をもらったり癒されてほしい。

そういう意味では今日、男性が来てくれたのは嬉しかった。

もっと客層が広がればいいのに。




改札に入ろうとスマホを取り出した時、

ライブ終演からだいぶ時間が経っているのに、俺たちのライブ会場の案内のポスターのところに、

俺のブロマイドらしきものと記念撮影している奴を見つけた。


一応事務所が大手なだけあって、こういう広告だけは一丁前にある。



今日の男の観客だ。

ガキ2人のうち1人は「誰かの彼氏」なんて言ってた彼だ。

メガネをかけていて暗い髪で、幼い学生のようにも思えたが、同じ目線にいると意外と俺より少し背が高かった。


あのポスターを記念写真として撮影するのはファンじゃないとしない行為だ。

俺は、男のファンもいるんだと少し嬉しくなった。

細身でスタイルも悪くないから、もしかしてダンスをしていて俺の踊りを気に入ったとか?

でも少し猫背気味だから歌か芝居をやっているんだろうか?

それとも何かのクリエイターで俺が目に止まったんだろうか

どうして俺に興味を持ってくれたのか聞きたくて仕方なかった。


「あの、もしかして佐藤君ですか?」


はっとしたが、そうやって考え込んで立ち止まっていてはそう声をかけられるだろう。


「はい・・・そうです。」


「あ、さっきライブ見ました。あ、待ち伏せしてたわけじゃなくてライブの余韻すごくて醒ますために

この辺本屋とかドラックストアとかLOFTとかブラブラしちゃってたらこんな時間になっただけでえっとめちゃくちゃかっこよかったです。最高でした。」


「あ、ありがとう・・・。」


「ごめんなさい、男のファンなんて気持ち悪いですよね。僕佐藤君が歌っている時や踊っている時の輝いている姿が好きで・・・

もっとステージでパフォーマンスしている姿が見たいんです。

チェキとかもいいけど、もっとアーティストとして輝いている姿が見たいな、なんて・・・

あ、ごめんなさい出過ぎた真似を。でもただ上手いだけじゃなくて、本当に歌って踊ることが好きなんだなって伝わってくるから

見ていて楽しいし勇気もらえるんです。」


びっくりした。先週変なファンに会ってからとても悩んでいたから。まるで救世主のようにさえ思えた。

応援してくれるのはありがたいけど、みんな自分を恋人候補のように扱う

アーティストとして扱ってくれない。かっこいいと可愛いと言ってもらえるのはありがたいけど異性としてで

表現に対してのことではなかったから。


この人にはちゃんと俺が努力して表に出したこと届けたかったことが届いているんだととても嬉しかった。

同性に誉められるというのは純粋にこういう嬉しさがある。

そして決して変なヤバい人に付き纏われるだけではなかったんだという安心感。


いつの間にか、俺は泣いてしまった。


「え、え!?どうしたんですか?」


「ごめん・・・ちょっと疲れてて・・・」


改札に向かう人がチラチラ見てくるのはわかったが抑えられなかった。

無理に抑えようとすると嗚咽も出てきた。


「あ、あの、ここじゃあなんですから、ちょっとどこか座りましょうか?」



それから俺達はカフェに入ってしまった。

ファンの人とお茶をするなんて不公平であってはならない・・・が、彼は男だし、幸いファングッズをつけている様子はないし

万が一見つかってもただの男友達といるようにしか見えない。

彼自身も、俺に声をかけていた時はドギマギしていたが、俺が急に泣き出してしまってからは毅然としていた。

適当に注文してくるから先に席に座っててと言ったほどだ。

しかし適当と言いながら、注文して持ってきたのは俺が最近よくインスタライブで美味しいから飲めと言っているはちみつカプチーノだった。


「急に誘ってしまってごめんなさい。

こんなお茶なんかしたらダメですよね。」


「いや、俺の方こそ、急にあんなところで泣いてしまってごめんなさい。」


好きと言ってくれるファンの前で紙ナプキンで鼻水を拭いてしまう。



「ライブ終わりだし、お疲れだと涙腺おかしいことになりますよ。あ、これ飲んだら僕は帰りますから。」


にっこりしながら熱いはずの紅茶をぐびぐび飲む彼にさらに安心した。


だからか、ついぽろりと言ってしまった。


「いや、この前ちょっと変なファンに付きまとわれてしまって、ちょっと最近ピリピリしてたからかな」



「え!?そんなことが!?だったら余計俺話しかけたの迷惑でしたよね!本当にすみません!もう帰りますから!」


「あ、いやいいんです。えっと、名前は・・・」


「■■です」


初めて聞く名前だ。本名を教えてくれたのだろうか?SNSでは違う名前で活動してるのか。


「■■くんは男だし、大人しそうだから、そんなに警戒してないっていうか・・・女性でちょっと過激な子は困っててさ」


「そんな・・・何かあったんですか?」


メガネをかけていたから分からなかったのか、俺にはよしきの目が純粋で優しい目に見えたんだ。


だから俺はそのまま先週何があったかを話してしまった。

俺のことを好きだと言ってくれた初めての同性のファンで嬉しかったし、きっと悩んでいたから、正常な判断ができなかったんだ。

何がおとなしそうだから大丈夫だ。


あの時からこの男は俺に正体を隠して近づいていたのに。


全くもって見る目がなかった。

男性だから変なことをしてこないという思い込みがなんであったんだ。

とんでもない奴だったのに。

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