第26話 滑走 - perspective B-1
既に太陽は地平線を越え、飛行場をその光で照らしている。機体と皆の顔が薄くオレンジに光っている。太陽の方向にうっすらと雲が見えるが降り注ぐ光が弱まるようなものではない。いつの間にかいままで空を支配していた星々とともに夜の帳は消え去り、次第に空の青みがついてくる。
榎本は淡々とテストフライトの準備をしていた。機体が組み上がったら重心測定なので体重計を二つ、荷物から取り出してくる。後は記録用紙、と。あとは加藤君・・・と顔を上げると、トラックから歩いてくる加藤が目に入る。榎本は体重計を並べて加藤に言う。
「それじゃ、まず黒い方に乗ってください。」
~ ~ ~
トラックで寝ていた加藤に声をかけた後、中川は再びコクピットの集団に合流している。
「吉田先輩、TF-1は何キロぐらいなんですか?」
前回参加していないので重量は知らない。
「実は前回測れていないんだ。現役時代より軽ければ良いかな、と思っているけど」
といいながら、吉田はニヤッとした。
あれ、先輩自信があるんだ。珍しい。確かに細かい工作をがんばってきましたね。古い資料も他のチームの見学もやりましたからね。
~ ~ ~
西村は駆動系周りやコクピのパイプ相関(パイプの接合部のこと)処理に注目していた。先輩この工作、どこで身につけたのだろう。BB周りやレイアップのクロスは翼会のものより明らかに綺麗にできている。これで1kgといわないけどかなり軽くなるはずだ。うちのは隅肉が大きすぎるが密着させるには仕方ない。カーボンクロスの違いだろうか。
~ ~ ~
左翼の翼紐を持っていた藤井が、ちょっと持ってて、と佐々木に渡す。
「え、どうしたらいいの?私初心者なんですよ?」
「手を離さなければ大丈夫」
そう言われても加減が・・・
しばらくして石橋がやってきて替わります、と言ってくれた。佐々木はほっとした。
* * *
「それでは、重量重心測定を始めます。」
吉田が宣言する。
「いいですか・・・それでは行きます。胴体支持離れてください・・・翼紐離れてください、測定!」
「26.4」
「65.7」
「保持!」
吉田の合図が鋭く響く。
「それではあと二回測定します。その後、体重計を入れ替えてもう1セット実施します」
* * *
榎本は記録を見直し、加藤の体重を引いて機体重量を出す。機体は33kg。思ってたより軽い。片持ちじゃないから。はやくたわませたい。ワイヤ付きだとたわみの形が違う。キングポストなしならもっといいのに。
~ ~ ~
軽いわ。これだと思ってたより浮いちゃうかも。でもちゃんと調整するのが大事。重心どうするのかしら。ちょっと早川君、替わってくれる?早川に翼紐を押しつけてコクピに向かう。
~ ~ ~
毎度毎度、重心測定でコクピ持ち上げるのは重いな。しかし以外と毎回測定値違うからな...西村は人数の少なさを実感している。現役チームではもう少し人数を割いて測定ができたのである。
~ ~ ~
こんなに大きいのに33kgなんだ。でも人手で持ち上げるにはやっぱり重いよね。でもこれが空中に浮くってことだよね。佐々木は感嘆する。
* * *
06:00
だんだん陽が高くなってきている。空気から朝焼けの橙が抜けつつある。
「続いて回転試験を行います。」
榎本はコクピットの左横、重心測定の時記録担当で立っていた場所そのまま少し離れたところにいる。カツカツと加藤が戻ってきて乗り込むのを見る。たぶん何か飲んできた。重心測定した後なのに、でも加藤くんが滑走するのは初めて。柄にもなく緊張しているよね。
チェーンドライブこの機体、シンプルだけど大丈夫なのかな。過去の大会でもベテランチームでもチェーン落ちってあったみたいだし、着地の衝撃とかに耐えられるのかな。
~ ~ ~
中川は右翼紐に戻っている。久々のウィングフォロワーだわ。2年の時以来かしら。回転試験は作業場でもやっているし、ぱぱっとやっちゃいましょう。
~ ~ ~
西村は胴体を支えている。ちょうどチェーンがよく見える前側で支えている。TF-1のチェーンはだいぶ細いな。翼会のチェーンは軽量チェーンだが自転車用だ。
「吉田先輩、このチェーン、うちのチームのと違いますね」
「そうだね。これはちょっと昔の機体を調べたら見つけたんだ。」
「いつのです?」
「2000年前半くらいかな。後で資料送るよ」
資料送られてもな・・・これって手伝えって事なのかな。
先輩も自転車チェーンを使っている理由は知っているはずだ。最近のロード用軽量チェーンはだいぶ軽く、スプロケットも入手しやすい自転車用を使うメリットは大きい。翼会ではその手軽さを優先しているが、このチェーンだと全部自作ということだろう。狙いは何だろう。
~ ~ ~
佐々木は左の翼紐辺りでカメラのシャッターを切った。心なしかパイロットさんの顔つき変わったわ。いよいよかしら。
「それじゃ、ペラ、回します。40、50、60・・・」
するすると回り始めたプロペラが次第に速度を増す。フレームを支える西村、藤井、吉田が力を込めているのが分かる。
「70、・・80、・・90回転」
プロペラがビュンビュンと音を立てている。パイロット加藤の表情は真剣で、かなりの力で漕いでいるのが分かる。フレームの振動が主翼にも伝わり少しフィルムがばたばたいう。
「よし、OK。加藤いいよ」
「あいよ」
次第に回転が緩くなり、プロペラが止まった。
「駆動系に問題なし。回転試験を終了します」
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