2. 禁じられた魔法薬
ルークが声のする方を向くと、茂みの奥で藍色のローブのフードをすっぽりと被った小柄な人物が、闇に紛れるようにして立っていた。
声色とローブの袖から覗くシワだらけの手で、老婆だというのが分かる。
見るからに怪しいが、この学校は部外者や魔物が簡単には入って来られないように、校長が特殊な結界を貼っている。
魔法使い科の教師だろうと判断し、ルークは老婆に近づいた。
「はい、だから校長先生が稽古をつけてくれるんです!」
ルークが明るく答えた。
「なるほど、そりゃあいいね。きっと強く立派な魔法剣士様になれるだろうよ。
でも、もっと良い方法があるって言ったらどうする?」
「良い方法?」
思わず聞き返す。
「日頃頑張っているあんたにだけ教えるよ。
『マルディシオン』っていう珍しくてすごい薬が手に入ったんだ」
老婆がルークにひそひそと囁く。『日頃頑張っている』と言われ、ルークはつい嬉しくなる。
「ええと、まる……何ですって?」
「『マルディシオン』だよ。こいつを飲めばなんと、生まれ変わったようにたちまち強くなれるんだ。魔力も強くなって色んな魔法を扱えるようになれるよ」
一体どういう原理でそんな事になるのだろう?疑問に思ったルークは、率直に尋ねてみた。
「どうしてそんな事ができるんですか!?」
「そういう魔法薬なのさ。魔法の力なんだから何があったっておかしくないだろう?
どうだい、今の坊やが喉から手が出るほど欲しい物だろう?」
魔法薬なら仕方ない。理由なんて特に無いのだろう。ルークは自身をそう納得させた。
しかしこれを使えば、せっかくの校長との稽古が無駄になってしまう。
それは申し訳ないし、勿体無いと思ったルークは、校長の稽古を優先したいと老婆に伝える。
「そおかい?残念だねえ、せっかくのチャンスを」
老婆が大袈裟に芝居がかった口調で続ける。
「仕方ないねえ、他の誰かにあげるとするかねえ?
でも、滅多にお目にかかれない代物だからねえ、これを逃すともう『二度と』手に入らないかもしれないねえ。本当に、残念だねぇ」
ルークにわざとらしく聞こえるように言う。そう言われてしまうと、つい惜しい気持ちになってくる。
「あ、あの……ちょっと考えさせてもらっても……?」
ルークは遠慮がちに言った。
その瞬間、老婆の口元が不気味に歪む。
「いいとも、ゆーっくり考えな。
薬が欲しくなったらいつでも来てあげるからね。
きっとあんたはこちらを選ぶだろうよ」
そう言いながら老婆はスーと消えて見えなくなった。
「変わった先生だったなあ。でも、俺の事を思って言ってくれてるんだ。校長先生もそうだけど、この学校はいい先生達ばっかりでよかった。
……さっきの薬の事は、校長先生に相談してみるか」
ルークは胸を弾ませて夜を過ごした。
次の日、放課後に約束通り校長室を訪ねた。
急ぎ足で校長室へ向かうルークを周りは奇異の目で見るが、あの校長先生が自分の味方だと思えば何も気にならなかった。
「やる気充分だな、感心感心!」
校長はニッコリ微笑んだ。
校長室は応接室も兼ねているせいか、広くて豪華絢爛で、まるでどこかの城の謁見室のようだ。
ルークは口をあんぐりさせて部屋を見渡していたが、ふと昨日の老婆とのやり取りを思い出した。
「ところで、あの、先生。
『マルディシオン』って知ってますか?それを飲むと強く──」
「どこでそれを聞いた!?」
校長はそれまでの穏やかな様子では考えられない程に険しい表情でルークに顔を近づけた。
怒りで見開いた瞳にルークの怯えた顔が映る。
校長の急な怒鳴り声に萎縮してしまい、ルークは何も言えなくなってしまった。
校長はハッと我に返り、すぐにルークにいつも見せる穏やかな表情に戻った。そして一回ゆっくりと深呼吸をした。
「……驚かせてしまったね」
校長はまたため息をつき、ドサッと自分の椅子に座る。そしてゆっくりと口を開いた。
「『マルディシオン』はね、400年前から精製を禁止されてる薬なんだ」
ルークは絶句した。淡々と校長は続ける。
「当然、作り方なんて書かれてる魔導書は全て焼き払われたし、現在は情報を徹底的に管理されていて、名前ですら国王等の要人辺りしか知らされていないものなんだ。
先生が知ってるのは、名門校の校長という事で、重要人として扱われているからだよ」
校長は厳格な表情で、じっとルークを見つめている。
「だからね、ただの生徒であるルークが、その名前を知っている事がまずおかしいんだ」
校長の話にルークはただ驚くしかなかった。
「ルーク、まさか飲んではいないだろうね!?」
ルークは首が千切れんばかりに左右に振った。
校長は明らかにホッとした表情をした。
「そうか、ならいいんだ……。
では、もう一度聞く。ルーク、どこでそれを聞いたんだ?」
校長はまるで、罪人に尋問するように尋ねる。
ルークは緊張しつつ、件の老婆の事を包み隠さず話した。そんな先生がいたと。
しかし、校長にそんな教師を採用した記憶はなかった。
「え?」
ルークの顔が強張る。教師でないとするなら、あの老婆は一体どうやって、何の目的で校内に侵入したのだろうか?得体の知れない恐怖が沸き上がる。
「私の結界をくぐり抜けるとは何者だ?」
校長はぼそぼそと呟いた。と、思えばパッと明るくルークに向き直り、
「まあいい、怪しい奴は他の先生達とでなんとかしておくから、ルークは先生と稽古をしよう。
薬の事は今すぐ忘れなさい、いいね?」
「は、はい……」
しかし、ルークは最後にどうしても知りたい事がある。
何故『マルディシオン』はそんなに徹底的に隠されたのか?
遠慮がちに尋ねると、校長の表情がまた真剣になった。
「下手にごまかしたりしない方が良いかもしれないな……。興味を持たれても困るし……」
だが校長自身も、400年前の事なので詳しくは分からないという。『強い力と引き換えに深刻な呪いにかかる』としか言い伝えられていないらしい。
「呪いって一体どんな事が?」
「わからない」
「……そう、ですか」
少しの間沈黙が流れた。すると、気を変えるように校長がパンと手を叩いた。
「ではルーク、もう質問が無いなら稽古を始めようか、時間が惜しいからね」
そう言って年寄り臭く立ち上がった。
「は、はい!頑張ります」
ルークが気合いを入れ、腕を振り回す。
「よし、では先生に向かって何か攻撃魔法を唱えてみなさい」
頑張ると言ったは良いものの、いきなりとんでもない事を言われたのでルークはたじろいだ。しかもこんな豪華な部屋のど真ん中で。
校長はその様子を察して、
「大丈夫、先生はどんな魔法でも受け止められるのさ」
そう言って包容を受け止めるように両手を大きく広げた。その姿は威厳があって、どんな事があっても大丈夫だろうと思わせる程の説得力があった。
「は、はい。では、いきます」
ルークは不安ながらも校長を信じ、掌を校長に向け、気持ちを集中させた。
魔力の流れを必死で感じ取り、そして、
「ファイア!」
やはり炎は出ず、ジュッと煙が立ち上っただけだった。
落ち込むルーク。校長は腕組みをしてうーんと唸っている。
「おかしい」
「そうですよね、笑っちゃいますよね……」
「いや、そうじゃないんだ」
そう言って校長はルークの顔に触れた。
「魔法が封じられていて使えないとかなら、煙すら出てこないはずなんだよ。ルークの場合はなんだろう……不思議な力にかき消されてるみたいになってるんだ。
原因はわからないが、そういう体質としか言い様がない」
校長室に来てから衝撃的な事がありすぎて、ルークの頭はパンク寸前だった。
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