のはらを探して

雨世界

1 あの、私と友達になってください。

 のはらを探して


 登場人物


 木登さなぎ 小学校四年生の女の子 友達がいない 十歳


 木登みらい 小学校六年生の女の子 さなぎのお姉ちゃん 十二歳


 木原のはら 小学校五年生の女の子 隣の家に住んでいる女の子 十一歳


 木原のぞみ のはらのお母さん とても綺麗な人


 妖精さん 森で出会ったさなぎの友達 ほかの人には見えない


 プロローグ


 イメージシンボル つないだ手と手


 いつも、本当にどうもありがとう。


 みんなのこと、大好きだよ。


 さるのしっぽ


 学び舎


 私の大好きなもの。


 私の生まれた世界は、(病院に入院するまで、全然気がつかなかったけど)すごくたくさんの大きな愛で満ちていた。

 私の大好きなものってなんだろう? とそんなことをつばさは考えてみる。いろいろある。なんだか考えてみると結構いっぱい好きなものがあるなとつばさは思った。(案外私は幸せ者だったのかもしれない)

 大きな桜の木の上に腰を下ろして、見慣れた自分の小学校の自分の通っていた六年一組の教室を白いカーテンの揺れている開けっ放しの窓越しに眺めながら、そんなことを夢の中でつばさは(すっごく暇だから)一人、暖かな春風の中で考えていた。


 窓の向こう側


 なに見ているの?


 ちょっとだけ、お昼寝するね。


 小学六年生の小早川つばさは窓の外を眺めていた。

 すると「なに見てるの? つばさちゃん」と友達の小林ひかりがその背中に声をかけた。「……別になんにも見てないよ。空、見てただけ」

 窓の外を見ながらつばさは言う。

「空? 空って今日の曇り空のこと?」

 つばさの隣に立って、朝からずっと曇っている今にも雨が降り出しそうな空を見て、ひかりが言う。

「うん。その曇り空のこと」いつものように、小さな声でつばさは言う。


「ちょっと外に行ってくる」少し間をおいて、つばさは言う。

「え? つばさちゃん外行くの? 珍しい。じゃあ私も行く!」と顔を赤くして、ちょっとだけ興奮したような顔をして、ひかりは言う。

「いい。一人で行く」つばさは言う。

 するとひかりはとても悲しそうな顔をした。


 窓の向こう側には、ひかりちゃんの姿が見える。(ひかりちゃんの席は窓際のつばさの一つ後ろの席だった)

 ひかりちゃんはそこからぼんやりと、(退屈な算数の授業をさぼりながら)窓の外に咲いている美しい満開の桜の木々の姿を見ていた。

 そのひかりちゃんの視界には、間違いなく桜の木の枝に腰掛けているつばさの姿も入っている。でも、ひかりちゃんはつばさのことに全然気がついてくれない。(手を振っても振り返してくれない。それは普段では絶対にありえないことだった)

 ひかりちゃんには私のことが見えていないんだ。

 以前からのいろいろないたずらで、わかってはいたことだったけど、やっぱり少し寂しかった。

 ひかりちゃん。

 私はここにいるよ。

 誰も座っていないひかりちゃんの前の席じゃない。

 私はちゃんとここにいるよ。

 そう思っても、(実際に声に出してみても、聞こえないのだけど)ひかりちゃんはつばさのことを見てくれない。

 ひかりちゃんは銀縁の眼鏡の奥から、ただぼんやりとつばさの腰掛けていない、別の桜の木をさっきからずっと、ただ、眺め続けていた。


 夢の中で、つばさはまるで空気のように体重が軽くなった。(すごく嬉しかった)

 ふわふわと桜の木の枝の上を歩きながら、つばさはひかりちゃんのいるすぐ目の前のところにまで移動をして、そこにちょこんと前かがみで座った。

 そして、まじかでじっとひかりちゃんのことを見つめた。

「小林さん、なに見てるの?」

 算数の島先生が笑いながらひかりちゃんに言った。

「……なんでもありません」

 と、顔を赤くしながらひかりちゃんは椅子の上で姿勢を正して、急いで算数の教科書を持って(上下が反対だったけど)島先生にそういった。

 するとみんながどっと笑った。

 島先生も笑っている。

 まるでいつものように。

 ……私がいても、いなくても同じように。

 この明るい、優しい、暖かな春の桜の咲く世界の中で、笑っていないのはつばさ一人だけだった。

 だから、つばさはこの場所からいなくなることにした。

 ここ(学び舎)は、……もう『私の居場所』じゃないと、……泣きながら、一人、つばさはそう思った。


 つばさは大きな桜の木から下りて、その『二つの小さな足』を校庭の土の上にくっつけた。

 それからつばさはなにをするでもなくそのままぶらぶらと誰もいない、とても広い校庭の上をひとりぼっちで散歩した。

 まだ二時間目だから、放課後までずいぶんと時間があった。

 さて、なにをしようなかな?

 涙を服の袖で拭って、笑顔になったつばさは春の雲ひとつない晴天の青色の空を見上げて考える。

 空が飛べたらいいのだけど、そんなことは夢の中でもつばさにはできないことだった。(もしかしたら、本当に望めば、ふわふわと空が飛べないのかもしれないけど……)

 つばさは校庭の隅っこに転がっていた孤独な(つばさと同じ)サッカーボールを蹴飛ばした。

 思いっきり蹴飛ばしたのだけど、サッカーボールはなぜかとても重く、ころころと校庭の上をゆっくりと転がるだけだった。

 きっと誰かがこの風景を見ていたら、風の力でサッカーボールが転がったと思うだろう。

 つばさは自分の右足とサッカーボールを交互に見てから、そんなことを考えた。

 つばさの履いているお気に入りの(買ってもらったばっかりの、まだ全然履いていない)真っ白なスニーカーは、思いっきりサッカーボールを蹴飛ばしても、全然、土で汚れたりはしなかった。


 つばさはそのまま校庭の上を歩いて移動して、小学校の校舎の一階にある美術室のところまでやってきた。

 つばさは白いカーテンの閉じている美術室の中に(一応、靴だけ脱いで)一度校舎の中に入ってから、廊下側から入り口のドアを開けて入った。

 午前中の美術室には生徒の姿はない。しん、と静まっている。

 薄暗い美術室の中にはたくさんの動物たちの姿をした、彫りかけの木彫りの置物が置いてあった。

 それらは全部、つばさの同級生である六年生の友達たちの作った卒業制作の作品である。

 たくさんの木彫りの動物たちがいる(ゴリラとか、ライオンとか、サイとか、ワニとかだ)美術室の中はまるで遠い異国のジャングルの中のようだった。(つばさは子犬を。ひかりちゃんはお猿さんを彫った)

 そんな動物たちの中にいる一体の木彫りの鳥の前につばさは移動する。

 その小さな木彫りの鳥は、……つばさと同じ六年一組の教室にいる男の子、高木つきくんの作品だった。(そのことをつばさはちゃんと知っていた)

 つばさはその木彫りの鳥をそっと触った。

 それから、ちょうど薄暗くて隠れるにはいい場所だから、つばさはこのままこの美術室の中で少し居眠りをすることにした。(なんだかとても眠かったし、眠るのにもちょうどよかった)

「おやすみなさい」

 誰にいうでもなく(あえて言えば、木彫りの鳥に向かってだけど……)そう言ってから、つばさはごろんと床の上に転がって眠りについた。

 夢の中で眠るというのも変だと思ったし、疲れていたわけではないのだけど、つばさはそのまますぐに、深い眠りの中にたった一人で落ちていった。


 ねえ、想像してみて。

 ここに一羽の小鳥がいるって。


 どこまでも飛ぶ。

 どこにでもいける。

 それはつまり、自由ってことだよ。


 目に見えるものしか信じないなんて、ずいぶんと子供っぽいことを言うんだね。

 君はもっと大人だと思ってたよ。


 一羽の空想の鳥が空の中を飛んでいる。

 そんな夢を私は見る。


 本編


 あの、私と友達になってください。


 夏休みのはじまり


 十歳の女の子、木登さなぎがその不思議な白く光る(まるで、蛍みたいな)季節外れの雪の塊のような妖精さんに出会ったのは、夏休みの虫取り遊びを家の近くにある森の中で、一人でしているときだった。

「こんにちは」と白く光るふわふわと空中に浮かんでいる、妖精さんは言った。

「こんにちは」とさなぎは、そんな不思議な妖精さんに答えた。

 妖精さんと友達になったさなぎは妖精さんを自分の家に連れて帰った。でも、さなぎが妖精さんと友達になったことを家族の誰も(お父さんも、お姉ちゃんも)信じてはくれなかった。(それがさなぎにはちょっとショックだった)

 でも、それも仕方のないことだった。なぜなら、妖精さんの姿は、どうやらさなぎにしか見えないようだったし、その声も聞こえないようだったからだ。

 そのことを妖精さんに伝えると「本来そういうものです。さなぎちゃんのように、私の姿が見えたり、私の声が聞こえるほうが珍しいのですよ」とにっこりと笑って、さなぎに言った。

 さなぎは妖精さんの言葉を聞いて、そうなんだ。そういうものなんだ、とその不思議な現象を妖精さんの言葉だけで、納得した。

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