第10話
〈姉〉
縁と一緒に居れば何処に居た所で掛け替えのない思い出へと時間の価値が生まれる。その時間に匹敵する代物は何一つ無く、この世の万物が縁未満の存在である。だけどこの景色は圧巻だ。
「海だ!お姉ちゃん」
「綺麗な海だね」その海の描写は一切合切省略するとして、ただ隣で目をキラリと輝かせる縁が麗しかったとだけ言っておけば十分だろう。しかも水着姿だ。縁の水着は水色のパステルカラーで上下を揃えている。私のは、まぁいい。それより縁の水着だ。いやはや可愛らしさの権化です。プリティキュート略してプリキュト。私の喋ることに深読みは禁物兼無用の長物なので、珊瑚礁が生息出来るような温かい目で捉えて欲しい。私達の目の前にある海も温かくて綺麗な宝石色だが珊瑚礁は棲み着いていないようだ。華やかな自然の生き物はたとえ上辺が麗容だろうと中身が汚らしい世の中では生き辛い、ということなのかと感慨と共感に耽る。
それはさておき今日は待ち望んだ縁との海水浴。外敵の警戒は怠らないつもりだけど、何より縁の晴れ姿を目に焼き付けることに専念すべきだ。清廉な縁のお肌をこれでもかと見つめよう。
肌と言って思い出した。まだ日焼け止めを私達の肌に付着させていなかった。このままでは縁の天然由来成分がじりじりと焼け焦げてしまう。それはいけない、と持参した日焼け止めクリームを取り出そうとした所、縁が二の腕をちろちろと突いてきた。何だろう愛くるしいなぁと縁を見る。
「お姉ちゃんこれ?」そう言ってもう一方の手に目当ての品を掴んでいた。流石縁。私の行動を先読みする巧みな技は未来予知に遜色無いと思われるから、世界は縁を中心に回っているに相違無いと言える。私の脳の回転は縁に礎を置いているし。
「有難う縁」
「いえいえ」
「じゃあ、塗ってあげるね」
日差しから縁を守る為に。それが理由だ。建前とも言える。
〈妹〉
オーシャンビューよりビューティフルなお姉ちゃんが日焼け止めを塗ってくれると言い出した。当然嬉しいと同時に恥ずかしい。
「あ、ああありがと」お姉ちゃんの厚意を噛み締めるように丁寧に一字一句を口にしようとしたら、却って噛み噛みになってしまった。あーあーばっかり言っていても仕方ないのに、と呆れる。
「人の少ない場所に行こうか」お姉ちゃんがわたしの手元から移動した日焼け止めを片手に、砂浜の端の方に舵を切る。人の少ない場所、良い言葉だね。どきんとくるね。わたしのハートはいつだってお姉ちゃんの機関銃に乱射されているよ。
あぁそんなお姉ちゃんについて言っておかないといけないことがあった。そう、お姉ちゃんの水着。情熱的に盛る火山の噴火口のような臙脂色の水着に加えて、腰から下ろす同色のパレオを巻き付けている。全くもう目が喜んでいる。愛しさの化身だよお姉ちゃん。即座にわたしの脳内ライブラリーへ保存する。世間にお姉ちゃんの魅力が気付かれたらどうなってしまうの。わたしの力を使う時がとうとう来てしまうよ本当に。
わたしの平易な日本語ではお姉ちゃんの魔力の源を説明し切れないことに悩んでいる間に、わたし達は人混みから離れた場所に来た。お姉ちゃんは日焼け止めクリームの蓋をぱかんと開けて、手の上で内容物を踊らせる。ある程度広げるとお姉ちゃんの手が恰好を変えて、わたしのパーソナルスペースを蝕んでいく。どんどん蝕んで欲しい。わたしのプライバシー防護の対象はお姉ちゃんを除くからね。掻い潜るの方が適切だったかな。まぁいい、兎に角わたしのスペースはお姉ちゃん以外を排除する領域なのです。可能なら全世界、全宇宙にこの空間を広げたい。
そして差し迫るお姉ちゃんとの間合いを時の流れに委ねた。お姉ちゃんの手が手始めに脇腹を探る。あひゃ。
「縁、どう?」
あひ、あひひ、あひゃひゃひゃひゃひひひひひひひひひっひひ。
「あひい、お、お姉ちゃん」
「ん?どうした?痛い?」一旦お姉ちゃんの侵攻が止む。いや痛くはないのだけど少し擽ったい。意図的な擽りではないから以前程ではないけど、それでもむず痒い。
「痛くないけどムズムズする」
「じゃあもうちょっと軽く塗るよ」
そうして正に手加減されたお姉ちゃんの動作によって、わたしの全身は満遍なく日焼け止めのベールに覆われた。こそばゆい時間でありながら何だかんだお姉ちゃんに気を遣わせないようにと我慢した。こうして適度にクリーミーになったわたしは紫外線と戦える力を手にしたのだ。後はお姉ちゃんにも戦力を与えないとね。
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