第18話 聖女が好き勝手やっている(アレフ視点)

 義姉上が行方不明になってすでに数ヶ月。公爵家は総出で義姉上の行方を探しているものの未だに見つけ出せないでいた。殿下には「旅立った」とは言ったものの、実際公爵令嬢が家出などしようものなら大問題だ。なので周りにはあの手紙は少々皮肉を込めたもので、実際の義姉上は傷心により体調を崩し領地に引きこもっていることにしてある。……本当の義姉上を知る者からしたら、殿下との婚約を諦らめたからって落ち込んで寝込むなんてありえないとすぐにわかるのだが、世間では色々と下賤な噂が飛び交っていた。


「……まさか義姉上が行方不明になった途端、聖女が現れるなんて」


 思わず大きなため息を吐き出す。


 義姉上が教えてくれていた予言よりはるかに早い聖女候補の登場に僕は困惑していたのだが……その聖女がかなりの問題児であるなんて聞いていないよ!と、今すぐ義姉上に問い詰めたい気分だった。







 ***






 この数ヶ月……義姉上が行方をくらました途端、平民たちの間ではこんな噂が飛び交っていた。



「聖女様が降臨したらしい」と。



 まず最初に、とある貧困層の孤児院が聖女に救われたと話題になった。美しく優しい聖女が奇跡をもたらしてくれたのだと、みんなが口々に言い出したのだ。


 どこかの山では不思議な雄叫びが響き渡ってからというもの、災害モンスターだと言われているドラゴンがいなくなりその山での死亡率がぐっと減った。さらに世界各地で災害と称されるものが消えていったらしい。


 さらに、いつも自然発火が多く死の森と恐れられていた森が、ある日突然生まれ変わったかのように穏やかな森になり、発火が収まったとか。


 “聖女”の存在が噂されるようになってから、次々とぞんなことが起こったからか、平民たちは「聖女の奇跡」ではないかと騒ぎ出したのだ。


 僕はそれを聞いて「絶対に義姉上の仕業だろ」と確信めいていた。理由?そんなの、だって義姉上だからだ。としか言いようがない。あの人は昔から僕がどれだけ心配しても斜め上の行動ばかりして自由奔放に好き勝手し……そして最後には全て成し遂げてしまうのだから。きっと行方不明の間に事件にでも首を突っ込んでひっちゃめっちゃかやってるに違いないのだ。


 ……義姉上は天然だし鈍いし鈍感で思い込みが激しい上に自己評価が低い恋愛ポンコツで悩むより行動派な想定外の事しかしない人だけど、誰かを助けるためなら自分を犠牲にすることを躊躇わない、僕の自慢の義姉上なんだから。ーーーーそれに、賢者である事以外も絶対になにか秘密を隠している気がする。だいたい胡散臭い聖女に奇跡やら魔法やらが使えるなら、賢者である義姉上が使えたって何も問題ないはずなのになぜかそうゆう話になるとひたすら誤魔化すのだ。あれだけ僕の目の前でぴょんぴょんと空高く飛び跳ねておいて「私、脚力すごいからっ」なんて子供騙しもいいところである。まぁ、その子供騙しに付き合って「義姉上はそうゆうもの」と気付かないフリをする僕も大概だろうが。


 それに、聖女のせいで酷い目にあう賢者が聖女に間違われるのもなんだか納得いかないので僕はそんな噂を聞いても知らんぷりしていた。あくまでも義姉上は領地で引き籠もっている事になっているのだし、義姉上が自分から聖女を名乗るとは思えない。


 だがーーーー見過ごせない事が起きてしまい、僕はのストレスはすでに爆発寸前だ。








「ヴィンセント殿下、実は巷で騒がれている聖女とはわたしの事なんです。わたしの聖なる祈りが各地で奇跡を起こしているのですわ」


 戯言を口にしてヴィンセント殿下にしなだれかかっているのは、あの日、義姉上と入れ替わるように学園にやってきて殿下の婚約者だと名乗った女……ミレイユ・イーノス男爵令嬢だ。


 元平民で、その昔、“賢者のお告げ”を受けて聖女候補として教会に引き取られた少女。噂では教会が王家に取り入る為に男爵家の養女にしてヴィンセント殿下の婚約者候補として育てたらしい。他にも2名程、教会が独自て見つけた聖女候補がいたらしいがこのミレイユは特別扱いされていた。なにせ“賢者”が、わざわざ“お告げ”をして発見した聖女だからだそうだが……。


 義姉上、ホントに昔から何やってたんですか?


 聞かされていた話ではこのミレイユとヴィンセント殿下が惹かれ合って、それを義姉上が邪魔をして逆に燃え上がった愛により義姉上が断罪されるらしいが……。





「お、俺に近寄るなあァァァあっ」


「あっ、殿下?!もう、恥ずかしがりやさんですのね」


 この数ヶ月、ミレイユが抱き着く度に真っ青な顔で逃げ回るヴィンセント殿下の姿はどこをどう見ても惹かれ合っているようには思えない。僕はまだ学園の生徒ではないが定期的に学園に顔を出している。しかし、毎回そんな場面に出くわすのだ。


「またやってる……」


 表向きは学園を休んでいる義姉上に学園から出されている提出物などを届ける為に受け取りに来ているのだがヴィンセント殿下の監視も兼ねていた。いつ義姉上が戻ってきてもいいように最新の情報を揃えておかねばならない。


 僕は先生に出されていた課題を渡した。さすがは義姉上というところか、義姉上の机の上にはこれから出されるであろう未来の課題が全部記入済みで置いてあったのだ。僕は学園からもらってきた用紙とそれを取り替え再び学園にもって行く。もちろん義姉上の直筆なので誰も義姉上が家出中だとは思わないのである。偽装も完璧だ。……心配する義弟への配慮は全くなかったが。


 先生方に「義姉上は少しづつ快方に向かっています」といつもと同じセリフを口にし、こっそり学園を去ろうとすると僕の前を人影が遮った。


「アレフ様!会いたかったですわ」


 思わず「うげっ」と叫びそうになるがそれをぐっと飲み込む。そう、このミレイユとか言う男爵令嬢はなぜか僕にもちょっかいをかけてくるのだ。その他にも殿下の側近候補の二人にも声をかけているらしいし……なんか気持ち悪い!


「アレフ様、あんな人がお姉さんだなんて可哀想です。自分は学園をサボって弟をこき使うなんて……なにか酷い目にあっていませんか?わたしはいつもアレフ様の幸せを祈ってますのよ」


「この間の奇跡の話は聞きました?わたしの祈りが通じて森の火が消えたんですわ。遠く離れていても祈りだけで奇跡を起こせるわたしってすごい聖女だと思いませんか?いくら公爵令嬢様が偉そうにしていてもわたしには敵いませんでしょう?」


「みんなが、わたしこそが真の聖女だと言うんです。ヴィンセント殿下の側近のリビー様とジュラルド様も、あんな公爵令嬢様よりわたしの方が殿下に相応しいって仰ってますのよ。もう殿下に付き纏わないようにい言って差し上げたいですわ。自分から別れを告げたのにまだ未練があって気を引くために引き籠もってるなんて……淑女としてどうなのかしら?みっともないですわね」


「わたしが祈れば、災害どころかモンスターだって殲滅出来ます。ドラゴンが姿を消したって噂は聞きましたか?みんなが怖がるから言ってないんですけど実はわたしが聖なる祈りで退治したんです。あ、公爵令嬢様に言ったら嫉妬されるので、わたしとアレフ様だけの秘密ですよ?」


 このように、毎回現れては自慢するように訳のわからないことを繰り返すミレイユ。殿下の婚約者だと言う癖に他の令息たちにも次々と声をかけていて、いつの間にか聖女信者なる男たちが増えていっていた。別にこの女が誰と仲良くなろうが(僕はごめんだが)関係ないが、ところどころで義姉上を貶めてくるのだけが許せなかった。でも、義姉上からは「聖女の男爵令嬢をイジメていいのは私だけ!手出し無用だからねっ」と言われているし、下手に口火を切ればケチョンケチョンに言い負かしたくなるだろうと思うので僕は我慢するしかないのだ。この女を懲らしめるのは義姉上なのだから。


「……いそいでいますので、失礼致します」


 僕は深く頭を下げその場を後にした。






 背後から「うぅ~ん、まだパラメーターが上がらないのね」とミレイユが呟いたが、アレフの耳には届かなかった。











「あ、アレフ!あの女はもう行ったか?!」


 ムカムカしながら門を出て馬車に乗り込もうとすると、茂みの影からヴィンセント殿下が慌てた様子で姿を現した。服に草がついているところをみるに、今までミレイユから逃げて隠れていたようだ。相手は聖女候補だし、とうやら国王陛下も婚約者候補としては認めているらしく、まだちゃんと婚約者を決めていない殿下は断りきれずに困っているそうなのだが……僕は殿下の顔を見て思わずブチギレてしまった。



「殿下がしっかりしないから義姉上があんな女に貶められるんだろうがぁぁあ!!このヘタレポンコツ!!」


「え、えぇぇぇぇぇ!?」


 こうして僕は怒りのあまり殿下を馬車に押し込み、床に正座させてお説教してやったのだった。


 だいたい殿下が最初から義姉上の言うとおりに婚約しておけば義姉上が旅に出ることもなかったし、理不尽な悪口を言われることもなかったのだ。僕が義姉上と離れ離れになったのも、あんな女に好き勝手されてるのも全部ヴィンセント殿下が悪いんだ!






「このまま義姉上が帰ってこなかったら、殿下の#○○○__ピー__#をへし折って誰とも結婚出来ない体にしてやる!」



「それ謀反!やばい、こいつ目が本気だ?!エターナ、早く帰ってきてぇ~っ!」



 そんな悲痛な叫びが今は遠く離れたエターナに届いたかどうかは誰も知らない。



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