最下層冒険者のおじさんは、双子を拾い育てる~いや、凄いのはこの子達ですって!?~

いくらチャン

第一話 最下層冒険者のおじさんは、今日も辛うじて生きてます

「あいよ、今日の報酬はこれだよ」


 無愛想な中年女性が小さな小袋をカウンターの上に放り投げ、小さく跳ねた小袋からチャリンと軽い音が響く。その様子を苦虫でも噛み締めたかのような表情で見ていた冴えない男は、それでも文句のひとつも言わずに小袋を大事そうに拾い上げた。


「……はぁ」


 喧騒が渦巻くこの場に、その小さなため息を聞き取った者は誰もいない。男の目の前にいる中年女性だって、小袋を放り投げた後は男になど興味がないとばかりに、読みかけだった情報紙に目を落としていた。


 ガリアス・エンデバーグ。38歳。独身。

 とある貴族の三男坊に生まれた彼は、どういうわけか此処、【カウンティングホープ】という片田舎で、冒険者を生業にしていた。


 冒険者とは、一般的に『何かに秀でた者が、前人未踏の地に夢と希望を求めて就く職業』とされており、『誰でもなることが出来る反面、誰でも成れない職業』とも言われている。

 しかし、何かに秀でているという点だけで徒党を組まれると、秩序が存在しない集まりとなってしまう可能性が高い。一般人に比べ、武力に秀でており癖が強い人が多いからだ。そこで、多くの国や地域が力を合わせ、そういったならず者たちを管理・互助する機関として【ユニオン】という組織が作られたのだ。

 そんなユニオンのカウンティングホープ支部の冒険者。その中でも新人を除き、一番下のクラスに位置するこの冴えない男が、このガリアスである。


「ちくしょう……三日働いてたった500エーブルじゃ、宿にだって泊まれねえじゃないか」


 先程貰った小袋の中身、500エーブル。正確には530エーブルであり、500エーブル硬貨一枚と10エーブル硬貨三枚である。

 ユニオンに併設されている食堂の日替わり定食がだいたい120エーブルである。読者諸君に馴染みのある日本円で換算すればおよそ800円ほど。つまり、ガリアスは三日三晩働き続けて、3500日本円相当の賃金を貰ったということだ。ブラック企業も真っ青である。


 とはいえ、ガリアスが受けた仕事は、『少し離れた場所に住んでいる姉に手紙を届けてほしい』という簡単な依頼であり、さらに言えばその道のりもちゃんと街道として整備されているし、盗賊が蔓延る危険地帯でもない。少し遠いので苦労はするが、なんだったら冒険者になりたての新人でもこなせる。時間がかかってしまったのは、ガリアスの腰の調子が悪かったからに過ぎず、本来なら一日で終わる仕事だ。

 『冒険者歴20年になるベテランの男がするものではない』というのが、ガリアスの受ける仕事の周りからの反応である。では何故、ガリアスはそんな雑務をこなしているのか。


 それは、ガリアスが能力において、何も秀でていないからだ。


 この世界では、産まれて6歳を迎えたときに、突如として自分の中に何らかの能力、【ギフト】と呼ばれるものが湧き上がってくる。

 走ることが速くなったり、岩をも砕く怪力を手にしたり。中には火や水を発する能力を持つものもいる。なので、先程も述べたように、何かに秀でた者……つまり、強力なギフトを持つ者がなる職業が冒険者である。鍛えているからそこそこ肉体は健康的だが、最近少し腰の調子が悪くなってきたこの冴えない中年男性が続ける仕事ではないのだ。

 そして、一番の問題点はこのガリアスには、ギフトが湧き出てこなかったのである。


 数千人、数万人に一人とも言われる、【芽無し】。ギフトという才能が出てこなかったばかりに、落伍者として扱われ、その人生において幸せだったのは6歳の誕生日を迎えるまでだったとも言われる。

 幼子への脅し言葉にも、『良い子にしてないと、芽無しになるぞ』というものがあるくらいに、芽無しは差別の対象であった。まぁ、余程ギフト権威主義の国でない限り、最低限度生きていくことは出来るのだが。なぜなら、冒険者や兵士のように武を生業にしない限り、ギフトがないことはそこまでハンデにはならないからだ。


 しかし、それでも職業選択は狭まるし、何か緊急の事態が起こったときにも芽無し達のは後回しにされることが多い。さらには、『芽無しとの間にできた子供は、同じく芽無しになる』という風評被害から、結婚もろくにできはしない。そういった点では差別はされていると言える。

 さて、ではそんな芽無しであるガリアスが何故冒険者などという、適正無しの職業についているか。それは彼の出自に関係するのだが、いまは置いておこう。



 明日への不安やらなんやらで色々と考えようが、腹は減るもの。ガリアスはユニオン併設の食堂、【カメリア】に入ると一番隅っこのカウンター席へと座った。

 程なくして、看板娘であるシャーリィが頭部の犬耳をピコピコとさせながら、ぬるい水を運んでくる。


「いらっしゃい、ガリアスさん。今日もいつもの?」

「あぁ、頼む。それと、携帯食料を三日分」

「ありがとうございます! とーと! A定食ひとつと、携帯食料の『竹』をひとつ!」

「…………あぁ」


 元気一杯のシャーリィに対して、厨房で鍋を振るう大男のギュンターは、低い声で小さく返事をするだけ。二人が同じ犬系統の獣人であることは耳や尾を見れば直ぐにわかる。だが、父娘であるということは一見でわかるものはそういない。

 例外として、ガリアスは直ぐにわかった。これには物静かなギュンターも尻尾を大きく振って喜んだ。終始無言ではあったが。そんなことがあって、店の主人であるギュンターは、なにかとガリアスのことを気に入っている節があったりする。


「あー、今日も旨かった。ごちそうさ……あれ? なぁ、シャーリィちゃん。携帯食料の数が……」

「いらっしゃいませー! お二人ですか? こちらの席へどうぞー!」


 ガリアスの声をかき消すように、新規客に大声で挨拶するシャーリィ。一瞬だけちらっとガリアスへ向けてウインクを送る。

 厨房にいるギュンターへ視線をむけると、一瞬視線があったように思えたが、ギュンターは直ぐに奥へと引っ込んでしまった。

 つまりは、お気に入りの常連へのサービスそういうことである。

 ユニオン併設の食堂なので、携帯食料なども値段はそう高くはない。それでも、出来るだけ経費をすくなくしたい冒険者にとって、この一個分の余剰はとても助かるのだ。特に、万年金欠のガリアスにとってはなおのこと。


 ちょっとした幸運と、胃袋を満たしたガリアスは満足感に包まれつつ、再びユニオンの施設内へと戻って行く。

 現在の所持金は1800エーブルほど。まだ数日は持つかもしれないが、それでも何かがあれば直ぐに危険な状態に陥る子と間違いなし。風邪だって引くことはできない。

 なので、休む暇もなしに働かねばならないのだ。


 ユニオンでの仕事は、主に指名依頼と自由依頼に分けられている。


 冒険者本人に直接依頼が入る、指名依頼。

 近隣住民や国などから予め報酬をユニオンが預かり、依頼をこなすことで冒険者がその報酬を受けとる自由依頼だ。


 万年最下層冒険者であるガリアスに指名依頼が来るはずがないので、当然ながら受けるのは自由依頼だ。

 自由依頼は、基本的に掲示板に貼ってあるものであれば、誰がどんな依頼を受けてもいい仕組みになっている。例えば、冒険者になりたての新人が、火山を根城にする伝説のドラゴン退治にでてもいいのだ。


 生きるも死ぬも自由。だからこそ、それでこそ冒険者だ。


 初代ユニオンの首領、ドン・カイザーが残した言葉であり、今日のユニオンの理念ともなっている。

 当然、色々と問題事も付随はするのだが、そこはそれ相応の対応があったりもする。機会があれば、またその時は説明しよう。


 昼過ぎで人の数もまばらになった掲示板の前で、ガリアスは目を皿にして依頼書を眺めていく。

 自分でも出来る仕事はないか。その中でも、出来るだけ報酬の高いものがいい。

 生き抜くために培ったあらゆる情報を基に、一番良い仕事を探していく。そういった目敏さで言えば、ガリアスはこのカウンティングホープのユニオンでは一番秀でている可能性もある。


「ん……? こ、これは!」


 恐らく、受付の女性が適当に貼ったからだろう。本来であればすべての依頼書が平等に見られるよう、きちんと並べていないといけない依頼書を、誤って数枚ほど重ねて貼ってしまっていた。

 それを見つけたガリアスは、その中でも一番旨味のありそうな依頼を見つけてしまった。


「荷物運び……砲丸渓谷入り口から、首都バウザーまでか……うん、これなら四日分の携帯食料でもつし、この破格の報酬」


 依頼書に記載されている、5000エーブルの文字。本来、荷物の運搬などでは平均して1000エーブルほどが相場だ。軽い手紙のようなもので500エーブル。相場の五倍の値段は非常に魅力的なのだ。


(恐らく、砲丸渓谷にいる【アトミックモンキー】が危険だから、少し高いのだろう。だが、アトミックモンキーは戦わずとも、あの方法で避けることが出来る。よし、行こう!)


 ガリアスは依頼書を手にすると、受付の中年女性にそれを提出する。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、ガリアスは女性が驚いた表情を見せたように感じたが、恐らく気のせいだろうと考え直した。

 実際には、女性は心底驚いていたのだが、直ぐにいつもの無愛想な顔に戻って淡々と説明を始める。


「道中かかる経費は報酬に含まれてるから、別途での請求はなしだよ。依頼をこなせないならその旨を直近のユニオンへ報告すること。活動期限である……今回は一ヶ月だね。それを過ぎれば死亡扱いになるから気をつけな」

「はい、わかりました。では、行って参ります」


 ガリアスの言葉に、女性は何も返さずに再び情報紙へと視線を向ける。ガリアスもいつもの事だと、そのままカウンターから去り、依頼者の待つ砲丸渓谷近くにある村、【ダンブルウィード】へと向かうのであった。

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