第368話 来賓・ジャンポール侯爵家

デーヴィドの雰囲気がファラの質問で急に暗くなり、周りの空気が冷え込んだ気がする。


程なくして彼はおもむろに呟いた。


「やっぱり、そう思いますよねぇ……。実は私の名前なんですけど、父上が僕より少し早くご誕生された皇太子のデイビッド様にあやかって名付けたそうなんですけど……それにしてもあまりに安直ですよねぇ」


「あぁ……」


名前の由来に合点がいき、何とも言えない表情で相槌を打った。


主君に由来する名前を子に付けるというのは何となく理解できるけど、確かに命名としては安直かもしれない。


すると、ファラが目を細めた。


「いえいえ、デーヴィド様。皇太子であるデイビッド様に由来するお名前、とても素敵だと存じます」


「……そうですかね?」


「はい。デイビッド様に由来する名前を付けることが許されている。それはつまり、それだけ『ケルヴィン家』は忠義に厚く、国からも認められているとも考えられますから」


首を傾げていたデーヴィドがハッとする。


「……⁉ なるほど。言われてみればそう考えることもできますね」


「えぇ、ですから、デーヴィド様。そのように、ご自分を卑下なされないでください」


ファラがそう言って微笑みかけると、彼はポーっとして頬を少し赤く染めた。


む……と嫌なものを感じて「ゴホン」と咳払い行う。


「ファラの言う通り、素敵な名前じゃないかデーヴィド」


「そ、そうだね。そんな風に考えことはあまりなかったよ。ファラ殿、ありがとう」


「とんでもないことでございます。少しでもデーヴィド様のお力になれたなら幸いです」


彼女が綺麗な所作で会釈したその時、背後から「リッド殿。少しよろしいですかな?」と呼ばれる。


その声に応じて振り返ると、ベルルッティ侯爵と彼の息子であるベルガモットがこちらにやってきた。


「いやはや、歓談中にすまない。ライナー殿に声を掛けようとしたんだが、グレイド辺境伯が熱く語っていたのでね。先に君に声を掛けさせてもらったんだよ」


「うむ。父上の言う通り、彼の『熱語り』は貴族内でも有名な話なんだ。悪く思わないでくれ」


「いえいえ、ベルルッティ侯爵様もよくおいで下さいました。それに、ベルガモット殿もお越し頂きありがとうございます」


失礼の無いように威儀を正して答えると、傍にいたファラも同様に彼等に礼儀正しく挨拶を行った。


帝城での待合室と謁見の間のやり取り。


そして、父上の話からもこの二人が要注意であることは明らかだ。


従って、ジャンポール侯爵家の対応に関しては事前に無難にやり過ごすことに決めている。


「これは丁寧に申し訳ない。あ、それとデーヴィド君、話の邪魔をして悪かったな。許してくれたまえ」


ベルルッティ侯爵はそう言うと、視線を傍にいたデーヴィドに移した。


「とんでもないことでございます。父上の『熱語り』については息子である私は良く知っております故、気になさらないで下さい」


デーヴィドは苦笑いしながら丁寧に答えている。


その様子から察するに彼等は初対面ではないらしい。


ベルルッティ侯爵は彼の言葉にニコリと頷き、視線をこちらに戻した。


「さてと、今日こうしてリッド殿の元に出向いたのは他でもない。先日、待合室で話した娘と孫を紹介するためでね」


「ベルルッティ侯爵様のお嬢様と御令孫……ですか」


そういえば、父上からベルルッティ侯爵が孤児を養女にしたという話を聞いていた気がする。


その時はそこまで気にしていなかったけれど、彼から直接『娘を紹介したい』と言われると違和感を覚えた。


ベルルッティ侯爵は見た目からしてそれなりの年齢だろう。


息子のベルガモット卿には孫も居るというのに、わざわざ養女を取ったという。


それはつまり、何か考えがあってのことなのだろう。


それから間もなく、ベルルッティ侯爵に呼ばれて女の子と男の子がやってきた。


二人の背丈や様子からは、僕やファラと年齢が近いことが窺い知れる。


「では、紹介しよう。我が娘の『マローネ』だ」


ベルルッティ侯爵がそう言うと、彼女は無駄のない流れる動作で一礼する。


「父にご紹介預かりました。『マローネ・ジャンポール』と申します。皆様、どうかお見知りおきください」


彼女は白金色の長髪と藍色の瞳をしており、とても可憐だ。


しかし、どこか怪しいような、どことなく雰囲気がベルルッティ侯爵に似ているように感じる。


もう一人の男の子は、ベルガモットと同じ茶髪で青い目をした少年であり、中々に可愛らしい顔つきだ。


やがて、マローネの挨拶が終わるとベルガモットが咳払いを行った。


「……我が息子の『ベルゼリア』だ」


「べリゼリア・ジャンポールです、よろしくお願いします」


彼の声は透明感があり、容姿と相まって何も知らないと女の子と勘違いしてしまいそうだ。


「リッド・バルディアです。お二人にお会いできて光栄です。こちらこそ、以後よろしくお願いします」


「リッド様の妻、ファラ・バルディアです。よろしくお願いします」


彼等の挨拶に答え、こちらも礼を尽くすとベルルッティ侯爵がニコリと目を細めた。


「子供達はリッド殿と歳も同じ故、話も合う部分もあるかと思ってな。我々貴族は、その責任から心をすり減らして病に陥るもの多い。もし……悩みや困ったことがあれば、話すだけでも気が楽になることもある。老婆心になるが、マローネとベルゼリアが君の良い友人になれればと思ってな」


「ありがとうございます。私は普段、領地におりますから帝都に友人ができるというのは大変心強いです。お心遣い感謝いたします」


そう答え、畏まり会釈する。


彼に何の意図もないものであれば、言葉通り『老婆心』となるだろう。


しかし、ベルルッティ侯爵の視線と言葉の端々から感じるこのねっとりした嫌な気配から、やはり警戒すべき相手だと直感する。


その時、ベルガモットが彼の息子であるベルゼリアをチラリと一瞥した。


すると、彼はおずおずとファラに向かって一歩前にでた。


「あ……あの……その……」


「……? はい。なんでしょうか?」


彼の意図がわからず、小首を傾げるファラ。


ベルゼリアは緊張からか顔が少し赤くなり、もじもじしている。


それから程なくして、ベルゼリアに見かねた様子のマローネが助け船を出した。


「ファラ様。よろしければ、あちらでレナルーテ国について少しお話を聞かせていただけないでしょうか?」


そう言って彼女が視線を向けた先には、お菓子やドワーフのエレンが開発した手動ジューサーによる飲み物が提供されている机だった。


マローネは可愛らしく笑う。


「すみません。私、珍しいお菓子や甘い飲み物に目がないんです。それに、帝国から出たこともないから、是非この機会にファラ様のお話をずっとお聞きしたいと思っておりました。少しだけ、お時間よろしいでしょうか?」


「え、えぇ、私は構いせんけれど……」ファラはそう言うと、こちらを横目でチラリと確認する。


「そうですね。じゃあ、あちらでバルディアで開発したお菓子や飲み物もご紹介しますよ。ベルゼリア様とデーヴィドも良ければ一緒にどうだい?」


彼女の言葉に頷きつつ、傍の二人に呼びかける。


ベルルッティ侯爵はマローネやベルゼリアを通して、こちらを探る腹積もりなのかもしれない。


でも、それはこちらにも言えること。


マローネ達を通して、ジャンポール家の情報を少しで得ることができれば儲けものと考えよう。


やがて、デーヴィドとベルゼリアはコクリと頷いた。


「そうだね。僕も気になっていたから是非、頼むよ」


「じゃ……じゃあ、私もお願いします」


二人が頷くと、マローネが胸の前で手を合わせてパァっと微笑んだ。


「ふふ、決まりですね。では、リッド様、ファラ様、恐れ入りますが案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「はい。では……」そう答えて、足を進めようとしたその時、「あ、そうだった。リッド殿、よろしいかな?」とベルルッティ侯爵に呼び止められる。


「……? なんでしょうか」


足を止め振り返ると彼にはニヤリと笑う。


「聞きたいことがあったのを忘れていてね。何、時間は取らんよ。マローネ、お前達は先に行っていなさい」


「はい、父上。では皆様、参りましょう。ファラ様、ご案内をお願いしますね」


「え、は、はい……」


ファラは戸惑いを見せるが、マローネの勢いとベルゼリアやデーヴィドも歩き始めていたことから止まることができない。


そんな彼女を安心せさせるように、目を合わせて『大丈夫』と伝えるように頷いた。


その意図にファラも気付いてくれたらしく、少しホッとした様子でそのまま少し離れた机に進んでいく。


彼女達を見送ると、改めて呼び止めた人物に問い掛ける。


「……それで、私に聞きたいことはなんでしょうか。ベルルッティ侯爵様」


「ふふ、いやなに。こんな素晴らしい開発品の数々を目の当たりにすれば、誰でも直接君と話したいたいと思うのは当然のことだよ。なぁ、ベルガモット」


「えぇ、全くです。この素晴らしい商品はどのように開発したされたのか。是非、参考までに聞いてみたいものですねぇ」


そう答える二人の瞳には、まるで捕らえた獲物を見るようなそんな光が宿っている。


横目に父上を一瞥すると、まだグレイド辺境拍に捕まっているらしい。


ファラに関してもマローネ達の案内でこちらにすぐに戻ってくることはできないだろう。


つまり、僕を孤立させて、何かしらの情報を引き出そうというような考えなのかもしれないな。


しかし、あえてに彼等の問い掛けに、ニコリと微笑んだ。





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