第230話 兎人族との激戦

会場は静寂に包まれている。


それは、オヴェリアの『獣化』による迫力と威圧感。


何よりも彼女と僕の間に流れる緊張感が伝わっているせいだろう。


お互いを見据えるその中、彼女が自信ありげに不敵に笑った。


「リッド様、良い事を教えてやるよ。獣人族の中でも、兎人族の戦闘における才能はピカイチって言われてんだぜ。あたしがこうなった以上、あんたに勝ち目はねぇ……怪我しないうちに負けを認めるのも手だと思うぜ?」


「ふふ、面白いこと言うね。それなら僕は……才能だけではどうやっても超えられない、努力で積み上げた高い壁を君に見せてあげよう……‼」


オヴェリアは僕の言葉に呆れ顔をしてやれやれと首を横に振るが、間もなく鋭い面持ちに表情が切り替わった。


「その言葉……後悔すんじゃねぇぞぉおおお‼」


会話が終わると同時に彼女は僕目掛けて、真っ直ぐに突っ込んでくる。


確かに、速度はさっきの比ではなかった。


僕は予想以上の速さに驚くが、対処できないわけじゃない。


それと、オヴェリア程の実力者であれば『電界』の良い練習相手にもなるだろう。


僕は彼女の動きを電界で察知しながら、その気配を感じて紙一重で猛攻を躱し続ける。


「どうしたぁ‼ 躱すだけじゃ、あたしは倒せねぇぞ」


「そうだね……なら、次はオヴェリアの攻撃力を体験させてもらおうかな」


激しい猛攻の中で僕は、彼女の蹴りをあえて防御する。


その瞬間、あたりに重い衝撃音が鳴り響いた。


同時に武舞台からは獣人族の歓声が、観客席からは悲鳴が響く。


僕は蹴られた衝撃を消す為、大きくバク宙をしながら後退して彼女と距離を取る。


しかし、折角僕に攻撃を当てたのに彼女の顔は晴れない、むしろ曇っている。


逆に僕はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「ふぅ……凄い威力だね。身体強化と『魔障壁』が無かったら危なかったよ」


「てめぇ……わざと受けやがったな」


彼女は僕の動きに眉を顰めて怖い顔をしている。


そんな彼女に僕は呆れ顔をして見せた。


「君は少し僕を過小評価しているね。僕は普段から格上の人達と訓練を行い、魔法の修練も欠かしていないんだ。そんなこと、少し考えればわかるだろ?」


「ちっ……」


悪態を付く彼女に僕は諭すように言葉を続ける。


「それに、どんなに才能という原石が眠っていたとしても、努力して磨かなければその原石はいつまでも石ころさ……そう思わないかい、可愛いうさぎちゃん」


「馬鹿にしやがって……あたしが可愛いうさぎちゃんかどうか、その身に思い知らせてやらぁああ‼」


オヴェリアは怒号を上げると、今度は僕に向かってジグザグ跳躍しながら突っ込んでくる。


その速度は目で追うと見失ってしまいそうになる。


ここまでの激しい動きは体験したことがない。


彼女が僕の間近まで迫った時、その姿が視界から消えた。


そして、会場に重い衝撃音が響きわたる。


「くそ……てめぇ……⁉」


オヴェリアが悔しそうな顔を浮かべて僕を睨んでいる。


彼女の足技は残念ながら僕には届いていない。


何故なら、僕は彼女の攻撃を電界により把握。


そして、魔障壁を展開して受けたのだ。


彼女の足はいま僕の目の前で魔障壁に阻まれている。


「ふふ、良い反応だね……君はまだ『魔力付与』は使えないようだから、僕の『魔障壁』をどう打ち破るつもりかな?」


「……‼ 兎人族を……あたしを舐めんじゃねぇええええええ‼」


彼女は怒号を上げると、僕の魔障壁に向かって凄まじい勢いで足技を連続で繰り出していく。


あたりには、彼女の蹴りと僕の魔障壁がぶつかり合う重い音が連続で鳴り響く。


やがて、その衝撃で僕の魔障壁にも変化が起こる。


少しずつ全体に細かい罅のようなものが出来始めたのだ。


僕はその光景に思わず感嘆する。


「これは……素晴らしいね。もう少しで僕の魔障壁が割れそうだよ」


「調子こいてんじゃねぇええ‼」


激昂した彼女の強烈な一撃が魔障壁に当たった瞬間、あたりにガラスが割れるような乾いた音が鳴り響く。


オヴェリアが僕の魔障壁を物理的な蹴り技だけで破ったのだ。


そして、そのまま彼女は僕に連続で蹴り技を繰り出す。


「壁の硬さはわかった……もうその手は通じねぇぞ」


「そうかい……なら、次の手だ」


僕は右手に火槍、左手に水槍を生成する。


そして、彼女の攻撃を躱しつつ真下に放つ。


その瞬間、火槍と水槍がぶつかり合い、あたりは白い煙に包まれる。


オヴェリアは驚き一旦、その場から飛び退いた。


「煙幕のつもりか……だが、あたしの耳であんたの動きはすぐにわかるんだぜ」


予想通り、彼女は煙の外からこちらを注視しているようだ。


彼女の反応の良さは、直感的なものに加えてあの耳だ。


恐らく、あの耳でこちらの気配や音をより精密に感じているのだろう。


なら、それを利用するまでだ。僕は煙の中、電界によって彼女の位置を大体把握する。


そして、土属性魔法を時間差で三方向に放った。


すると、煙を注視していたオリヴィアが案の定それに反応する。


「動いたな、何処から来る‼ いや、違う……これはあいつの音じゃない……⁉」


僕が囮に放った魔法の音で彼女の意識が逸れたその時、兎人族のアルマの声が響いた。


「オヴェリア、上よ‼」


「なんだと……⁉」


ようやく気付いたオヴェリアだがもう遅い。


僕は魔法を囮にして彼女の意識を音と地上に向けた。


そしてその間に、煙の中から空高く跳躍していたのだ。


僕の動きに、彼女は驚愕した面持ちを浮かべている。


「耳の良さが命取りさ‼」


僕は彼女に向かって空から右手だけで水槍を放出する。


オヴェリアは虚を突かれたことで僕の水槍を躱せず、受け止めた。


それと同時に当たり着弾音と激しい水飛沫が吹き荒れる。


「……⁉ こ、こんなものぉおおお‼」


彼女は、脚を踏ん張り、胸の前で腕を交差させながら僕の水槍の水圧に耐えているようだ。


しかし、踏ん張る彼女に対して、僕は不敵に笑う。


「頑張るね、オヴェリア。でも、知っているかな? 水は雷を良く通すのさ……雷槍‼」


僕は空いている左手で雷槍を生成して、右手で発動している水槍向けて発動する。


その瞬間、雷槍の雷撃が水槍を伝わり彼女を襲う。


「怯えろ、竦めぇ‼ 生まれ持った才能を活かせぬまま、溺れて沈めぇ‼」


「なんだと……⁉ ぐぁああああああああああ‼」


その瞬間、会場全体にオヴェリアの悲痛な悲鳴が響き渡った。


僕は地上に着地すると、悠然と歩き彼女に近寄っていく。


彼女は雷撃を浴びたことで、その場にうずくまっている。


だが、獣化は解けていないので油断はできない。


ある程度近づいたところで彼女の耳がピクリと動き、顔をだけ上げて僕を睨みつける。


「クソが……やるなら、ひとおもいにやれってんだ……」


「そうだね、そうしようか。楽しかったよ、オヴェリア」


僕は右手を彼女に差し出し、水槍を生成する。


鉢巻を獲りたいところだが、彼女の身体能力は油断できない。


可哀想だが、場外に出すのが安全だろう。


しかしその時、後ろから気配を感じた僕が「ハッ」して咄嗟に振り向くと、残っていた兎人族達がこちら迫って来ていた。


「クソ⁉ なんでバレた」


「いいから、このままいくぞ‼」


彼らは、僕に気付かれたことに驚きの表情を浮かべているようだ。


どうやら、オヴェリア一人では勝ち目がないと踏み、徒党を組んでくる作戦に切り替えたらしい。


僕はニヤリと彼らに笑いかけた。


「あはは、楽しませてくれるね‼」


僕は、右手に生成していた魔法を迫りくる彼らに向かってなぎ払うように放った。


彼らはさすがに魔法を何度も目にしている為か、僕の挙動を見てギョッとした面持ちを見せる。


「……⁉ 魔法がくるぞ、躱せぇええ‼」


「ぐぁああああ‼」


どうやら数名は避けたようだが、半数以上は魔法で吹っ飛んで場外の水堀に落水したようだ。


見事に掻い潜った彼らは、その勢いのままに僕に襲い掛かって来る。


彼等は、オヴェリアが最初に声を掛けていた子達だ。


たしか、ラムルとディリックだったと思う。


僕はニヤリと笑みを浮かべ、身体強化と魔障壁を使い彼らと近接戦で対峙していく。


「ふふ、兎人族が何人来ようと結果は変わらない」


「そんなのやってみないとわからないさ‼」


「ああ‼ 兎人族の力を見せてやる‼」


彼らは二人同時に襲ってくるが、魔障壁と身体強化、魔法を駆使すればどうということはない。


その様子に観客席が大いに沸いているようだ。


すると、オヴェリアが立ち上がり怒号を上げる。


「クソ……お前達……手を出すなって言っただろうが……」


「オヴェリア、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ‼」


彼女を心配そうに話しかけているのは、アルマという少女だったはず。


この場に残っている兎人族はオヴェリア、アルマ、そして今僕と対峙しているこの二人だけだろう。


彼女達の様子を伺っていると、僕と対峙しているディリックが声を荒げた。


「俺達との戦闘中に、よそ見なんかしてんじゃねぇよ‼」


「ふふ、君達じゃ僕の相手にはならないね。楽しいけど、君の相手はもういいかな」


僕は彼らの攻撃を躱しながらまずディリックの腹部に手を充て、雷槍を発動する。


その瞬間、彼に雷撃が迸る。


「うがぁあああああああああああああ‼」


「ディリック‼」


ラムルが彼の悲痛な叫びに反応するが、僕に一瞥され後退して身構える。


「まず……一人」


彼は雷撃により膝から崩れ落ちていく。


同時に僕は彼の鉢巻をサッと手中に収める。


僕は、周りにいる兎人族のみんなを一瞥すると不敵な笑みを浮かべた。


「さぁ、どうしたんだい? 兎人族の力とやらを見せてくれるんじゃないのかな」


僕の言葉に一番悔しそうな表情を浮かべたオヴェリアが、怒号を発した。


「くそ……アルマ、お前も本気出せ‼ こうなりゃ全員で行くぞ」


「わかったわよ……元からそのつもりだしね‼ はぁああああ‼」


オヴェリアの言葉に頷いたアルマは、彼女同様に雄叫びと共に魔力を高めていく。


そして、彼女同様に獣化を始めた。


だが、彼女はオヴェリアと違い色は黒い。


僕は獣化した彼女達が並んだその姿に思わず感動した。


「すごい……白兎と黒兎か。二人並ぶと、すごく綺麗だね」


僕の言葉にオヴェリアとアルマは一瞬きょとんとするが、すぐに身構えて僕に鋭い視線を送る。


「……そんなこと言っても、手加減しないわよ」


「へ……こいつは手加減出来る相手じゃねぇ」


その時、残っていたラムルが二人対して声を掛けた。


「オヴェリア、アルマ‼ 君達二人がかりでリッド様に挑んでくれ。僕は、君達を援護する」


「ちっ……あたしに命令すんじゃねぇよ‼」


「ふん……今だけ、あんたの言うこと聞いてあげるわよ‼」


彼の言葉が合図となり、獣化したオヴェリアとアルマが僕に同時に襲い掛かる。


「はは、良い作戦だね……さぁ、どこまで動けるのか、見せてもらうよ‼」


獣化した二人が僕に挑み、それを捌いていくことで会場から大きい歓声が轟き始める。


オヴェリアの動きは少し鈍いが、それをカバーするようにアルマが攻撃を被せて来る。


この連携は、とても昨日今日のとは思えない。


恐らく、以前からずっと二人で協力して戦い抜いて来たのだろう。


獣化している彼らの攻撃を受け流し、時に反撃してくという攻防が続く中、僕が魔障壁を張った瞬間。


オヴェリアがニヤリと笑った。


「その瞬間を待ってたぜ。アルマ、合わせろ‼」


「しょうがないわね‼」


彼女達は一瞬目配せをすると、僕の魔障壁に向かって同時に蹴り技を繰り出す。


その瞬間、今までにないぐらいの衝撃音とガラスが割れるような高い音が辺りに響いた。


なんと、彼女達は僕の魔障壁を同時攻撃により一発で破ったのだ。


僕は思わず彼女達にニコリと微笑んだ。


「素晴らしいね。それでこそだよ」


だがその瞬間、後ろからざわめきを感じた僕は、ハッとしてすぐに魔障壁を球体状に再度発生させた。


すると、発生させた魔障壁にラムルが弾かれて悔しそうな表情を浮かべる。


「くそ、鉢巻に触れた……もう少しだったのに……」


「やるじぇねか、ラムル」


「ええ、もう一度いくわよ」


ラムルを中心に、オヴェリアとアルマの三人がこちらを楽しそうに見つめている。


今のは少し危なかった。


彼女達を囮にして、ラムルは可能な限り気配を消していたのだろう。


だが、鉢巻を獲れるかもしれないと思い焦った結果、彼の気配を僕が感じたというわけだ。


これ以上の長期戦は少し危険かもしれないな。


僕は彼らにゆっくりと視線を移す。


「惜しかったね。でも、次はないよ。これで終わりにする」


僕は右手を天に、左手を地上に差し出て構える。


それは空手でいうところの天地上下の構えに近いだろう。


彼らは、何事かと僕の動きを注視している。


さらに僕は、深呼吸をしながら魔力を込めた。


同時に、構えをゆっくりと時計回りに回していくと、連動して魔法が大量に円状に生成されていく。


火、水、雷、氷、風、樹、土、闇、光、無。


全属性を使える僕にしかできない魔法だ。


「はぁああああ……十全魔槍大車輪‼」


僕が魔法名を唱えると、円状で周りに生成されていた魔槍が一斉に彼らに襲い掛かっていく。


彼らは、様々な属性の魔法が一斉飛んでくることに驚愕して一瞬動きが遅れる。


だが、それはこの状況に置いて致命的だった。


まず、火槍と水槍の二槍がラムルを捕らえ、場外に吹っ飛ばした。


同時に、水と火の性質の属性魔法がぶつかりあうことで辺りに白い煙が生まれる。


「うわぁああああ‼」


「ラムル‼ くそ、なんだあの魔法は‼」


「なんなのよ……あの貴族、本当に化け物か何かじゃないの⁉」


彼女達は困惑しているようだが、次々と残りの魔槍が襲い掛かっていく。


彼女達は、躱したり蹴り払ったりしている。


だがやがて、アルマとオヴェリアは襲い来る魔槍を躱しきれなくなり、とうとう捉えられてしまう。


その結果、連続した爆発音と共に彼女達の悲鳴が辺りに響き渡った。


「がぁあああああああ‼」


「きゃあああああああ‼」


その後、場外の水堀に彼女達が落水したことによる激しい水柱が立ち上がり、水飛沫が辺りに飛び散った。


その瞬間、会場の観客席から大きな歓声響き渡る。


魔法を撃ち終えた僕は「ふぅ……」と息を吐くと、彼女達が着水した場所に向かうのであった。






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【お知らせ】

2022年7月8日、第10回ネット小説大賞にて小説賞を受賞致しました。

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書籍は2022年10月8日に発売致します。

また、TOブックスオンラインストアにて現在予約受付開始中!!

※コミカライズに関しては現在進行中。


近況ノートにて、書籍の表紙と情報を公開しております。

とても魅力的なイラストなので是非ご覧いただければ幸いです!!

※表紙のイラストを見て頂ければ物語がより楽しめますので、是非一度はご覧頂ければ幸いです。


近況ノート

タイトル:書籍化のお知らせ&表紙と情報の公開!!

https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817139557186641164


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