第193話 受け入れの作業の合間

「よし。後は、最後の一団を待つだけだよね、クリス」


「はい、仰る通りです。ただ、最後の一団は『元気な子』が多いので、油断はされないで下さいね」


クリスは僕の問いかけに笑みを浮かべ頷いた後、釘を刺すように言葉を続ける。


「クリス殿の仰る通りです。しかし、あいつらは中々見込みがありますよ。リッド様の手に余るなら是非、私に任せて頂きたいですな」


「へぇ……ダイナス団長が欲しがるなんてよっぽどだね。今から会うのが楽しみだよ」


僕と彼女の会話が聞こえたようで、ダイナスが笑みを浮かべて話しに加わってきた。


彼が欲しがるということは、今からやってくる獣人の子供達は才能に満ちている子達なのだろう。


でも、いくらダイナスのお願いでも任せるつもりはないけどね。


僕は、ダイナスに笑みを浮かべて返事をすると、今までの受け入れ作業を思い返した。


獣人族の子供達の受け入れは順調に進んでいる。


最初の受け入れでは、狼人族、鳥人族の子供達で少しバタついたけど、その後は大きな問題は起きていない。


勿論、少し暴れる子もいたけど、ダイナス、クロス、ディアナの三人が近寄り、ニコリと笑いかけるとたちまち大人しくなった。


カペラも彼等の真似をして不器用な笑みを見せたりしていたが、それはそれで獣人の子供達は何やら怯えた表情を浮かべてしまう。


 そのことにカペラは彼なりに、何気にショックを受けていたようだ。その為、受け入れ作業の途中にある合間において皆で励ましたりもした。


 僕は、今の所ずっと現場で陣頭指揮をしているので、まだ宿舎には戻っていない。


なお、宿舎の受け入れ作業については、メイド長のマリエッタが中心となって動いてくれている。


その護衛をしてくれているのがネルスを筆頭とした騎士達だ。


そして、受け入れ作業の合間で、騎士に護衛されたメイドのニーナ達が宿舎の状況報告も定期的にしてくれる。


報告の中には、サンドラ達が宿舎に到着して、体調の悪い狐人族の皆や狼人族のラスト。


それから、アリアを含めた鳥人族の子達をすぐに見てくれたという内容もあった。


彼等の中には少し危険な状態の子もいたようだが、サンドラ達の適切な処置のおかげで、命に別条はないということだ。


この報告を受けた時、あの子達が無事で僕がどんなに安堵したか知れない。


思い返している中で、僕はふと獣人の子供達に思ったことを何気なく呟いた。


「……それにしても、獣人の子供達の姿は部族ごとに姿が違うし、可愛いよね」


そうなのだ。


少し不謹慎化もしれないけど、獣人の子供達は種族ごとで耳や尻尾の形が違うので、見ていて飽きない。


牛人族などには小さいながらも角が生えていたし、猿人族は、僕達とぱっと見は変わらないけど、少しだけ耳が尖っていてお尻には長い尻尾が生えていた。


語りだすとキリがない。


すると、クロスが少し意地の悪い顔をしながら話かけてきた。


「うん? リッド様、ああいう女の子が好みなのですか?」


「へ……?」


彼の思いがない言葉に僕は思わずきょとんとした表情を浮かべる。


すると、ダイナスもニヤニヤしながら乗って来た。


「まぁ、世の中には『獣耳バンド』なる物もありますからな。リッド様が獣人族のお姿がお好きなら、『招福のファラ』様に『獣耳バンド』を付けてもらってはいかがですか?」


ダイナスの話で、この世界に『獣耳バンド』なるものが存在していることが明らかになり、僕は驚いた。


そして、不覚にもファラが『獣耳バンド』を付けた姿を想像してしまう。


『招福のファラ』だから、やっぱり『猫』だろうか……と思った瞬間、僕は勢いよく首を横に振ってから声を荒げた。


「そんなこと、ファラにお願い出来るわけないでしょ⁉ 絶対に専属護衛のアスナに怒られるよ‼」


 勿論、ファラにお願いするつもりは毛頭無いけど、アスナのことをふと思い出す。


そんなことをお願いすればどうなるか? きっと、アスナから目の光が消えて失望に満ちた瞳を向けられた後、彼女の両手に持たれた刀で一刀両断されるだろう。


いや、彼女は二刀流だから二刀両断だろうか? ともかく、そんな恐ろしい事を考えたくもない。


だが、アスナの事を知らないダイナスは、悪ノリした様子で言葉を続ける。


「ふむ、その『アスナ』殿の事は存じ上げませんが……招福のファラ様とご一緒に『獣耳バンド』を付けてもらったら良いのではないですか?」


「は……?」


 ファラと一緒にアスナにも付けてもらう? 僕は彼の言葉に呆気に取られてしまうのと同時に、ファラが猫なら、アスナは狼だろうか? と、思い浮かべた瞬間、ハッとして僕は首を横に激しく振ると言い放った。


「だから、そんなこと出来ないって言っているでしょ⁉ もうこの話はおしまい‼」


「はっはっは‼ 承知しました。それにしても、リッド様は初々しくてよいですなぁ」


 楽し気に笑うダイナスに対して、僕は怨めしい視線を送る。


しかし、彼の厚顔が厚すぎて届いている気がしない。


そんなダイナスの後ろから、黒いオーラを伴った二人の女性が静かに近寄るのが見えて僕は「あ……」と唖然となった。


「ん? どうされました。リッド様」


ダイナスは後ろに迫る二人に気付かずに、いまだニヤニヤとした笑みを浮かべている。


だが、彼の両肩に彼女達の手がそっと置かれた瞬間、さすがのダイナスも、背中に感じる黒いオーラに気付いて顔色がサーっと真っ青になっていく。


「ダイナス団長……少し、悪ふざけが過ぎるのではないですか? これは、ライナー様に御報告が必要ですね」


「本当です。ダイナスさん……悪ノリが過ぎます。少し幻滅しました」


 勿論、ダイナスの肩にそれぞれ手を乗せたのは、クリスとディアナだ。


彼は、ハッとして二人に振り返ると、クロスを指さして弁明を始める。


「ま、待て、二人共⁉ 言い始めたのはクロスだ‼ 俺だけそんな目で見なくてもいいだろう‼」


しかし、ダイナスに指を指されたクロスは、動揺もせずにニコリと微笑んだ。


「私は、リッド様と普通に会話していただけですよ。それを、茶化して悪ノリしたのはダイナス団長です。私は関係ありません」


「なっ⁉」


確かに、先程の会話ではクロスはそこまでの悪ノリはしていない。


きっかけを作ったのは彼だけど。


部下の思いがけない裏切りにダイナスは愕然としていた。


そんな彼に対して、彼女達は畳みかける。


「団長ともあろうお方が、部下のせいにするとは情けないですね」


「ダイナスさん……ちょっとがっかりです」


「ぐ……⁉」


ダイナスは痛い所を突かれたようで、何とも言えない顔を浮かべている。


そして、彼女達の口撃によって大きい体が段々と小さくなっていくような気がする。


さすがに可哀想になってきた僕は助け船を出すことにした。


「二人共、もうその辺で……」と、言いかけた時、カペラの鋭い声が辺りに響いた。


「皆様、最後の一団が見えました。そろそろ、歓談はお控え下さい」


彼の声が辺りに響くと同時に、皆の顔色が一瞬で変わり、周りの空気も張り詰める。


僕は、皆のあまりの変わり様に思わず「あはは……」と苦笑してしまった。


そして、空気を変えてくれたカペラに視線を移す。


「ありがとう、カペラ。おかげで助かったよ」


「とんでもございません」と、彼は謙遜して一礼すると、僕にそっと耳打ちをしてきた。


「ですが……本当に『獣耳バンド』が必要でしたらいつでもお申し付けください。すぐにご用意致します」


「……⁉ だから、いらないってば‼」


予想外の言葉に僕は思わず顔を真っ赤にしながら勢いよく否定するのだった。



バルディア領で獣人族の受け入れが行われていた同日……。


ファラが本丸御殿の自室に置いて、アスナと歓談を楽しんでいたその時、ふいにファラが体を震わせた。


「……⁉」


「……? 姫様、どうされました?」


護衛のアスナが、ファラの様子を見て心配そうな面持ちを浮かべる。


ファラは声を掛けられて『はっ』すると首を軽く横に振り、アスナを安心させるように微笑んだ。


「いえ……何だか、リッド様に呼ばれたような気がしたんですけど……きっと、気のせいですね」


「本当ですか? 実は私も先程リッド様に呼ばれたような気がしたのですが……」


「え……アスナも感じたのですか? ふふ、不思議なこともあるんですね」


二人は顔を見合せると、お互いに感じた奇妙で不思議な感覚に微笑するのであった。


補足

『獣耳バンド』

獣人族の『耳』と『尻尾』がモチーフとなっている装身具の一種。


一般的に『耳』と『尻尾』はセットになっている。


獣人族ごとに耳と尻尾の形が違うため、それに合わせるように種類が豊富なのも特徴。


モチーフとなった獣人族達からの評判はあまり良くない。


それ以外の種族においては多少の需要がある。


素材に拘らなければ作成も容易なので、比較簡単に手に入れることも可能。


だが、世界には精巧な『獣耳バンド』を作ることを生業にしている者もいるようで、価格と品質の差は凄い。


品質の高い『獣耳バンド』のコレクターも多少存在している。


※サフロン商会商品辞典より抜粋





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近況ノート

タイトル:書籍化のお知らせ&表紙と情報の公開!!

https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817139557186641164


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