第160話 リッド、父上に相談する・2

「アハハ……そうですよね。僕も、クリスからこの話を聞いた時は驚きました。では、詳細ご説明させて頂きます」


「うむ……」


僕は苦笑しながら、クリスから聞いた内容の説明を始めた。


ズベーラで行われた恐らく組織的な動きで、奴隷として放出される子供達が集められており、最近まで情報規制が敷かれていたこと。


この機を逃すと事業計画に狂いが生じる可能性も含めて、丁寧に伝えた。


「一五〇名程度というのは、確かに多いと思いますが事業計画に狂いが出る可能性。そして、今後の事を考えた時にはこの機を逃すべきではないと思います。父上、ご了承いただけないでしょうか?」


「……なるほど、詳細はわかった。だが、一五〇名程度をすべて買うと言うのは目立ち過ぎる。五〇~六〇名程度で良いのではないか?」


僕の説明を聞き終えた父上は、怪訝な表情を浮かべている。


目立ちすぎるという点に関しては僕も気になっている問題点だ。


前提として僕達がいる帝国において『奴隷』は基本的に禁止されている。


そこで、僕はどうすれば帝国法に抵触せずに事業を進めることが出来るかの方法を考えた。


その方法は、まずクリスティ商会に『奴隷』を購入してもらう。


『奴隷』としてやってきた皆にバルディア家がお金を貸して、身分をクリスティ商会から買い戻す手続きをしてもらう。


この手順を踏むことで、奴隷だった彼等は『バルディアに借金がある平民(領民)』となるので、国内外に対して言い訳が可能になるわけだ。


『バルディア領は帝国法に従い奴隷を受け入れることは出来ない。その為、バルディア領より奴隷となっている者達に資金貸しを行い、身分を買い戻す提案を実施。これを受け入れた者達は、バルディア領の領民となり、バルディア家から借りた資金を返済するように命じる』と堅苦しく言えばこんな感じだろう。


いざという時に備えて重要な情報は事細かに手続きを書面にする予定でもある。


さらに、この件に関しては父上から帝都の皇帝陛下に秘密裏で詳細を伝えてもらい、特別な了承も得ており根回し済みだ。


ただ、その際に他家の事も考え『目立ち過ぎないように』と皇帝陛下から父上は釘を刺されてもいる。


その点から、考えると一五〇名程度の奴隷は確かに目立つ可能性が高い。


クリスティ商会を経由するとはいえ、バルストから彼らを移送するだけでも結構な規模の動きになるからだ。


それでも、僕はこの機を逃すべきではないと思い、怪訝な表情をしている父上を真っすぐに見つめた。


「父上が懸念していることもわかります。ですが、次回がどうなるかわからないということ。加えて、中途半端に奴隷の子達をバルディアに引き入れることは、バルストとズベーラの両国に僕達の動きを嗅ぎ付けられる可能性もあります。やはりここは、勝負に出るべきだと思います……‼」


力強く伝えた僕の言葉を聞き終えた父上は、腕を組むと考え込むように目を瞑った。


そして、少し間を置いてから、険しい表情でおもむろに言った。


「ふぅ……『毒を食らわば皿まで』か……わかった、そこまで言うなら購入を認めよう」


「……‼ 父上、ありがとうございます‼」


父上の言葉を聞いた瞬間、僕は緊張していた表情を崩すと同時に明るい笑みを浮かべていた。


父上はそんな僕の笑みを見て少し雰囲気が柔らかくなるが、表情は厳格のままに気を引き締めるように言った。


「だが、どのように移送するかについてはクリスを含めて、打ち合わせが必要だな」


「それでしたら、クリス達が別室で待っておりますので、呼びましょうか?」


「そうなのか? それなら、クリスを呼んで打ち合わせを続けるとするか」


僕は父上の言葉に頷いた後、ソファーから立ち上がり、クリス達を呼ぶ為に執務室の外に出た。


するとそこには、ディアナが待機してくれていた。


「あ、ディアナ、応接室で待っているクリス達と一緒に打ち合わせをしたいから執務室に案内してくれる?」


「かしこまりました。すぐにご案内してきます」


「うん、ありがとう。あと、人数分の紅茶もお願いね」


ディアナは僕の言葉に会釈で返事をすると、応接室に向かった。


僕は彼女にお願いし終えると執務室に戻り、先程と同じ場所に腰を降ろすと父上を視線を移した。


「いま、ディアナにクリス達を呼ぶようお願いしましたから、すぐに来ると思います」


「そうか……それにしても、いきなり一五〇名も受け入れることになるとはな……お前もしばらく、忙しくなりそうだな」


父上は厳格な表情をしながらも、その目には心配するような色が見える。


僕は、その心配を打ち消すようにやる気に満ち溢れた眼差しを送った。


「そうですね……でも、その分やりがいもあると思います。それに、今回の計画が成功すれば、バルディア領は飛躍的に成長出来るはずですから、必ずやり遂げてみせます」


今回の事業計画は奴隷の子供達で試した後、問題点の洗い出しと修正が終わり次第、バルディアに住む領民の子供達にも参加してもらう予定だ。


最初から領民の子供達に参加してもらう方法もあるが、今回はしない。


理由は様々あるが、一番の理由は領民の子供達は領地における重要な労働力にもなっているからだ。


子供が労働力という言い方をすると、少し聞こえが悪いかもしれない。


だけど、この世界には『電気』なんてないから、すべての作業は基本的に手作業で行われている。


領民の皆が頑張ってくれているオリーブ栽培や小麦と言った農業から、家畜の世話まですべて人力が中心だ。


勿論、作業効率を上げるための装置や道具などはあるが動力は人力だ。


こうなると大人だけでは当然手が足りないので、必然的に子供達も年齢が上がって来ると両親の仕事や作業を手伝うことになる。


現状を考えれば、いくら将来に繋がるとはいえ領民の子供達の働く時間を奪ってしまえば不満を買うし、領地運営自体に影響が出てしまう可能性もある。


だからこそ、奴隷の子達に魔法を使えるようにして様々な作業をより効率良く出来るようにするのが先決だ。


そうすれば、領民の子供達が多少抜けても領地運営に問題はなくなる。


僕の中では、今回の事業計画をいずれはバルディア領における『義務教育』という所まで持っていきたい。


領民全体の質を大きく向上させる施策を行うことで、バルディアは将来飛躍的に大きくなれるはずだ。


父上は僕の言葉を聞くと、少し嬉しそうな雰囲気を出したが目にある心配の色は消えず、優しく僕を諭すように言った。


「ふむ……『その意気やよし』と言った所か。しかし、気を付けることだ。どのような行いをしても敵は常にある。敵がないように生きることは出来ん。それどころか、善良な生き方をすればするほど敵は多くなるものだ。お前に敵が現れたその時は、必ず私や頼れる者に相談をしろ。よいな?」


言い終えた父上は、いつも以上に厳格で真剣な表情していながら、優しい眼差しで僕の目を真っすぐに見てくれている。


僕は気にかけてくれている父上から、とても暖かくて優しい思いを感じながら返事をした。


「……はい、承知致しました」


「ならばよい……レナルーテで見せたような無茶だけはするな」


父上はそれ以上、何も言わなかった。


僕と父上の間にはクリス達が来るまで静寂な時間が流れる。


しかしこの時、僕にはある疑問が浮かんでいた。


父上の言った『レナルーテで見せた無茶』とは御前試合で見せた魔法のことだろうか? 


それとも、ファラ達と城下町にこっそり行ったことだろうか? 


心当たりが多いから気になったけど……さすがにいま聞いたら怒られるよね? 


僕は結局、疑問を父上に聞かず、胸に秘めるのだった。

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