第122話 加わった面々の配置

「私がカペラ殿に執事教育をすればよろしいのですか?」


「うん、そうだね。お願いできるかな?」


僕は母上の部屋を出ると、ガルンの元に直行した。


父上、ディアナ、カペラも僕と一緒だ。


僕達がガルンの居る所に辿り着くと、彼は荷物の片付けの指示を出している。


見る限りは大体片付いているようだったので、彼に声を掛けてカペラを紹介。


執事教育のお願いをしているというわけだ。


ガルンはカペラを見ると、すぐに微笑んだ。


「承知致しました。リッド様の執事となる者の教育を任されるのは大変光栄であります」


ガルンは言い終えると僕達に向かって一礼した。


その様子に一安心した僕はカペラに向かって笑みを浮かべた。


「カペラ、君には僕の執事になってもらうからね。大変だと思うけど、ガルンの所でしっかり勉強してね」


「承知致しました。リッド様の執事になれるよう、励みます」


彼は無表情のまま、僕に頭を下げる。


その様子を見ていたガルンが早速何か気になったようで、カペラに優しく声をかけた。


「カペラ殿、失礼ではありますが執事がそのように無表情ではいけません。こういう時は微笑ながら返事をするものですよ?」


「……申し訳ありません。微笑みは少し苦手でして……今、練習をしております」


ガルンはカペラの言葉を聞くと小さく頷き「では、今見せて頂いてもよろしいですか?」と言った。


カペラは少し困った様子ではあったが、僕が「大丈夫」と笑みを浮かべて伝えると、ぎこちない笑顔をガルンに披露した。


ガルンは彼の笑顔を見ても表情をまったく変えない。


そして、カペラに優しく言った。


「素晴らしい。とても、可能性を秘めた笑顔です。ですが、強いて言うなら『心』が足りておりません。これから、其の辺りを私がお伝えいたしましょう」


「……⁉ よろしくお願い致します……‼」


可能性を秘めた笑顔と言われたのが嬉しかったのか、カペラの表情に少しだけ明るくなった気がする。


その時、カペラの笑顔を遠巻きに見ていた女性が声を発した。


「ぼ、僕も、カペラさんは素敵な笑顔だと思います……‼」


「姉さん、今はよそうよ‼」


声が聞こえた所に振り向くと、そこに居たのはエレンとアレックスだ。


そうだった、彼等のこともあった。


忘れていたわけではない。


エレンは少し赤らめながら爛々として目でカペラを見つめている。


アレックスはそんな彼女に呆れている様子だ。


「父上、ここでは何ですからエレン達二人の今後のことも踏まえて、執務室で話し合いませんか?」


「そうだな……私も明日、明後日には帝都に行くつもりだ。話し合いはすぐにしたほうが良いだろう」


父上はそういうと執務室に向かった。


僕はカペラにしばらくはガルンに従うよう指示をすると、エレン達にも声を掛けて一緒に来るように伝えた。


「わかりました‼」と言って二人は僕の後を追って来てくれている。


エレン達はあまり大きな屋敷に入ったことはないようで、家の作りなどにも目を輝かせていた。


執務室の前では丁度、父上がドアを開けていた。


「全員、そのまま部屋に入りなさい」 


「……‼ し、失礼いたします」


「お邪魔します……」


僕はいつも通りにスッと部屋に入るが、エレン達は緊張した面持ちで執務室に入った。


二人は執務室の作りにも感激しているようで「うわぁ……」と呟いていた。


「屋敷の内装が珍しい?」


「え⁉ あ、すみません‼ 僕達、帝国の立派なお屋敷に入ることもありませんから、この機会に作りとか覚えておきたいと思いまして……」


僕に返事をしたエレンの言葉に、アレックスが同意するように頷いている。


二人の様子を見た父上はニヤリと笑みを浮かべた。


「二人にはこれから色々とお願いすることも多いだろう。屋敷内の作りなどが気になるなら、好きなだけ見てくれて構わんぞ。屋敷の者達にそう伝えておこう」


「え⁉ 本当ですか‼ いやぁ、ライナー様は、さすがリッド様のお父様ですね‼ 話が分かる人で助かります‼」


「ちょっと、姉さん‼ 言い方が失礼だよ‼」


エレンはとてもサバサバしており、職人気質な感じだ。


それを、フォローするようなアレックス。


とても良いバランスだと思う。


話していても不思議と嫌な感じはない。


きっとそれが、エレンの良い所なのだろう。


父上もエレンの言葉遣いは気にしていない様子だ。


「ふふふ、構わんよ。それより、改めて自己紹介をさせてもらう。バルディア領、領主、ライナー・バルディア辺境伯だ。以後、よろしく頼む」


父上は二人に対して名乗ると、僕をチラッと見た。


僕にも名乗れということだろう。


「僕も改めて、自己紹介させてもらうね。バルディア領、領主、ライナー・バルディア辺境伯の息子、リッド・バルディアです。これから、よろしくね」


二人はハッとして、姿勢を正すと普段よりも礼儀正しい様子で言葉を発した。


「僕、じゃない……私は、エレン・ヴァルターです。この度は、リッド・バルディア様にお仕え出来ること、大変光栄です。よろしくお願いします」


「私は、アレックス・ヴァルターです。エレン・ヴァルターの双子の弟になります。姉同様、リッド・バルディア様にお仕え出来る事、大変光栄です」


二人共、言い終えると頭を下げる。


二人に頭を上げてもらい父上がソファーに座るように二人に促すと、彼らは緊張した様子でおずおずと座った。


彼らと僕と父上で机を囲むようにソファーに座ると、僕は彼らの自己紹介に少し疑問に感じた事を質問した。


「早速だけど、エレンとアレックスは貴族だったの? 苗字を持っているのは知らなかったよ」


「僕……いえ私たちは貴族ではありません。ドワーフでは一族ごとに継承している技術があります。それがわかるように苗字を持っております。私とアレックスは父が『ヴァルター』の出身なので苗字が『ヴァルター』になるのです」


ドワーフの一族にそんな決まりがあるなんて知らなかった


。ふと父上に視線を送ると、父上も少し驚いた雰囲気がある。


父上もしらなかったのかな? 


そう思っていると、エレンが少し笑みを浮かべた。


「ふふ、ドワーフに苗字があることはあまり知られていないと思います。外部の人には、基本的に苗字をお伝えすることはありません。国外であれば尚更です。僕……じゃない、私もアレックスも、国を出てからは苗字を伝えたことはありませんから」


「なるほど、そうなのだね。あ、言葉は崩してくれて大丈夫だよ。父上はエレンやアレックスの言葉遣いは気になりますか?」


「ふむ。私も崩してくれて構わんが、公の場と身内の場で使い分けてくれれば良い。貴族というのは揚げ足取りが多いのでな……」


父上は僕の言葉に頷きながら、貴族の下りだけ少し面倒くさそうに話していた。


その様子に僕とエレン達は苦笑すると、エレンは「では、お言葉に甘えますね」と言っていた。


その時、アレックスがエレンに視線を送った。


「姉さん、バルディア家の方にお世話になる以上、俺達が国を出た理由も伝えるべきだと思う……」


「……そうだね」


アレックスの言葉に、エレンは頷くと少し雰囲気が変わった。


父上と僕は顔を見合わせると、父上がエレンを見据えた。


「わかった。この場でのことは私達だけの胸に秘めよう」


「そうだね、ディアナも一旦、席を外してもらってもいいかな?」


「承知致しました」


ディアナは僕の言葉を聞いて一礼すると執務室を退室した。


エレンとアレックスは少し驚いた顔をしたが、彼女が部屋を退室するとおもむろに話始めた。


ドワーフの国、ガルドランドは優れた技術力で武具製造を海外から受託している工業国家だ。


エレン達もその受託業務をする傍らに、自作の武具作成を行っていたらしい。


そんな時、国から技術向上を目的に各一族に伝わる技術を集結させるという話が行われた。


従わない場合は然るべき処置を下すという。


これに関しては国内のドワーフ一族達から様々な意見が出た。


勿論、反対する者もいたのだが、反対する者達を国が厳しく弾圧するのを見て、エレン達は国を出る決意をしたのだという。


エレン達に家族はいなかった為、身軽に動けたのが幸いしたらしい。


興味深く聞いていた父上はおもむろに口を開いた。


「ガルドランドは技術流出を恐れていると聞いた事はあるが、そのような動きまでしていることはな。この件は、私も調べてみよう。だが、安心しなさい。君たちはもうバルディア家に仕えることになったのだ。身柄の安全は保証しよう」


「……‼ ありがとうございます‼」


エレンとアレックスは父上の言葉に感激しているようだった。


しかし、エレンの話をまとめると、故郷の国を出て、安定出来ずに流浪となり、流れ着いた先のレナルーテで嵌められて借金まみれ。


危うく奴隷として売り飛ばされそうになったということだ。


そう考えると、中々に大変だったのだろうな。


ふと、そんなことを僕は思いながらも僕はあることに気付いた。


「あ、父上、相談なのですがエレン達の作業場をどうしましょうか? 一応、町で空いている作業場を探してみようと思います。それから折りを見て、彼等専用の作業場を作って色々とお願いをしようと思うのですが、良いでしょうか?」


「ふむ、二人はリッドが見つけたのだから好きにしなさい。だが、泊まるところも決まっていないなら、屋敷の客室をとりあえず使えばよかろう」


僕と父上の何気ない会話を聞いたエレンとアレックスは驚愕した様子で声を出した。


「え⁉ 僕達用の作業場を作って頂けるのですか‼」


「うん、そのつもりだったけど、何か嫌だったかな? 何か不満があったら言ってね」


僕の言葉に、二人は息の会った動きで首を横に振った後、アレックスが僕を見ながら言った。


「嫌とか不満とかじゃないです。ただ、感激したのです‼ ドワーフにとって自分の作業場を持てるのは夢ですから……」


「そうなの? でも、レナルーテでは販売店兼作業場じゃなかったの?」


アレックスの言葉を聞いて、僕は彼らがしていた販売店を引き合いにして質問をした。


すると、その質問にエレンが残念そうに答えた。


「……あのお店は居抜き物件だったので、僕達が求めていた作業場のレベルに届いていなかったのです。それでも、僕達の技術でお店を繁盛させて良い作業場にしようって、アレックスと話していたのですが、結果はご存じの通りです……」


「そっか。それなら、作業場は出来る限りエレン達の要望に沿うようにするよ。設計する時に希望を言ってもらえれば良いと思うからさ」


「……‼ リッド様、ありがとうございます‼」


僕の言葉に二人はとても喜んでくれた。


彼等にはこれから色々とお願いしたいことがある。


だから、彼らの要望は可能な限り叶えてあげたい。


その分、僕のお願いも色々と聞いてもらおう。


そう思い僕は微笑んでいた。


そんな僕を見ていた父上がそっと僕に呟いた。


「……リッド、お前は『予算』をちゃんと考えているのか? それから、何やら黒い笑みになっているぞ?」


「え⁉ いや、そんなわけないじゃないですか? 予算も……考えていますよ?」


父上は僕の様子に少し呆れている様子だった。


こうして、改めてバルディア家にエレン達が仕えたのだった。

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