第85話 因果応報の始まり

「脱走した魔物はまだ見つからんのか‼」


「申し訳ありません……」


マレイン・コンドロイの屋敷では本人の怒号が響いていた。


大金になるはずだった、珍しい魔物の夫婦。


捕まえるために専用の首輪も作ったと言うのにこれでは大赤字である。


マレインは机に座っており、とても不機嫌だ。


指で机を叩きながらまた怒号を発した。


「ドワーフ‼ ドワーフの小娘はどうした‼ あいつらもまだ戻らんのか‼」


「……はい。そのようでございます」


「クソッ‼ どいつもこいつも役立たずではないか‼」


その時、怒鳴られている執事にある報告が入った。


「なんだと、本当か⁉」執事はその報告に顔を綻ばせ安堵した様子をみせた。


そして、すぐにマレインに報告する。


「マレイン様、ドワーフの娘と魔物を捕らえた者が屋敷に来たようです‼」


「なんだと⁉ 本当か‼」


今の彼にとってこれ以上の朗報はない。


先ほどの怒りが嘘のように彼は顔が綻び上機嫌となった。


その様子に執事も上機嫌となる。


「ドワーフの娘と魔物を捕らえた者達が、マレイン様に面会を希望しているようです。いかがしましょう?」


「わかった。時間も無い。すぐに会おう。あと、奴らにも準備をするように言っておけ」


部屋から出るとマレインはすぐに来訪者がいる場所に向かった。



僕達は今、マレインの屋敷の玄関ホールとでも言うべき場所にいる。


無駄に広くてダンスパーティー出来そうなぐらいの大きさがあり、奥には二階に通じる階段がある。


二階から、このホールを見渡すことが出来るような作りには、彼の権力を誇示するような狙いを感じさせる。


この屋敷はレナルーテより帝国に近い作りだ。


「……うまく、行くでしょうか?」


「大丈夫、なんとかなるよ」


忍者のような頭巾で顔を隠した少女が心配そうな様子で僕に尋ねてきた。


僕は自信に満ちた小さな声で彼女を励ました。


すると、もう一人顔を頭巾で隠している女性が少女を励ました。


「姫様、私がお守り致しますのでご安心ください」


「……そうですね。ティアにアスナ、皆いるのです。私も頑張ります……‼」


そう、頭巾で顔を隠しているのはアスナとファラだ。


マレインの悪事を暴き、かつ追い詰めるには彼の自白をこの国のトップに聞いてもらうのが一番良いのでは? と考えた結果である。


だが、顔が知られている可能性もある。


なので、事前に町で頭巾を購入して二人には顔を隠してもらったというわけだ。


二人の姿を横で見ていたエレンは少し呆れた様子で呟いた。


「……でも、よく屋敷の人達もここまで通しましたね。僕ならこんな怪しい集団が来たら門前払いするよ……」


「それだけ、マレインが焦っていて屋敷内も浮足立っているのでしょう。それに、欲していたエレンと魔物二匹が来たのです。彼らからすれば、鴨が葱を背負ってきたも同然なのでしょう」


確かに、エレンの言う通り僕達はかなり怪しい集団になっていた。


まず、袴を着た女性の二人が顔を頭巾で隠しており、そのうちの一人は帯刀している。


さらに、帝国のメイド服を着た大人と子供に加えて、ドワーフの女性と魔物である。


今、横並びなっているが中々に異様な雰囲気を醸し出していた。


ディアナの発言にエレンはやれやれとおどけて返事をしながら魔物の2匹に目をやった。


「僕と魔物の二匹、どっちが『鴨』で『葱』なのかなぁ……」


「……ググゥ?」


魔物の二匹にも今回、協力してもらった。


彼らはとても頭が良くて僕達の言葉をあらかた理解してくれた。


シャドウクーガーには首輪をつけて小さい猫サイズになってもらっている。


ただし、首輪は当然すぐに外れようにしてある。


スライムに関しては、申し訳ないけど、小さい檻に入ってもらっている。


もちろんすぐ出られるように鍵もかけていない。


彼らもマレインに思う所があったようで、マレインの屋敷に行くと言う話を僕達がしてからずっと付いて来た。


その時に彼らは僕達の言葉をあらたか理解しているのでは? 


と思い、話をしてみたら予想通り通じたというわけだ。


さて、結構時間が経つがマレインはまだ来ない。


その時、ファラが僕に心配そうに話しかけてきた。


「……クリスさんは大丈夫でしょうか?」


「クリスなら心配ないよ。彼女は頼りになるからね。今頃、あの男達を兵士達に引き渡しているだろうし、僕達の合図を案外もう待っているかもよ」


町中でばったり出会ったクリスには、ディアナとアスナが倒した男達を兵士に引き渡すようお願いした。


勿論、男達は縄で縛っている。


引き渡しが終わったらマレインの屋敷の外で合図をするまで兵士達と待機して欲しいと伝えた。


僕の言葉に「そうですよね‼」とファラは小さく呟いた。


その時、2階の奥から初老のダークエルフが現れた。


彼は僕達を見るなり怪訝な表情を浮かべて小馬鹿にするように言った。


「珍妙なご一行だな……顔を隠した不審者、帝国のメイド、ドワーフの小娘に魔物か。見世物小屋でもしてくれるのかな?」


「……初対面の相手に対してその物言いは、さすがにどうかと存じますが?」


あまりに失礼な彼の言葉に僕は思わず言い返した。


他の皆もあまり良い気はしていない。


「……ふん、子供のくせに生意気だな。私が誰だかわかっているのか? 私がマレイン・コンドロイだ。わかったら、魔物とドワーフの小娘を置いてさっさと帰ってもらおう」


「……それは出来ません。私達は交渉に来たのです」


二階から文字通り見下すような目線でマレインは僕達を見ていた。


そして、僕の交渉という言葉に険しい表情した。


「交渉だと? 交渉とは立場が近い者同士で使うものだ。貴様の場合は私に「お願い」する立場だろう。言葉は正しく使いたまえ」


「……なるほど。では『お願い』があります。いまこの場にいるエレンの借金を私達があなたにお支払い致します。なので、彼女を自由して頂きたいのです」


僕はマレインの言葉に対して苛立ちを抑えながら、笑顔で返事をした。


だが、彼は鼻を鳴らして高圧的な物言いで返してきた。


「ふん。もはや借金の問題ではない。そこのドワーフの小娘についてはもう買い手がいるのだ。それも借金を帳消しにして大量のお釣りが来るほどだ。それに、ドワーフの価値は貴様達が思っているほど安いものではない」


「な‼ それは、最初に僕達にした話と違うじゃないか⁉」


マレインの言葉に対してエレンがさすがに噛みついた。


彼はエレンを見て呆れた様子で言った。


「馬鹿な小娘だ。お前たちのように他国から来た者達に、意味や意図もなく大金を貸すと思うのか? 貸すと言うことはそれ以上の見返りがあるからだ。小娘、貴様はバルスト経由で買い手がすでに決まっている。弟に関しては、その技術力を私の元で存分に生かしてもらう予定だ。フフ、貴様達は良い『鴨』だったよ」


「……あんた、最低のクズ野郎だ‼」


マレインの言葉を聞いて怒り心頭のエレンは吐き捨てるように言った。


その時、人相を頭巾で隠していたアスナが怪訝な声で彼に質問をした。


「……貴殿はいま、『バルスト経由』と言ったか? 我が国ではバルストへの奴隷販売は禁止されているはずだ。それを秘密裏に行っているということか?」


「む……私としたことが、口が滑ったな。貴様は我が国の関係者かな? まぁ、色々と金が必要だったのでね。あぁ、心配するな。私も同胞には一切手出しはしていない。あくまでも他国から来た者達だけさ……」


彼は良心の呵責も無く、下卑た悪意のある笑みを浮かべながらアスナに返事をした。


その言葉を聞いたアスナの表情はわからないが彼に対してとても嫌悪感を抱いている気がする。


隣にいたファラはスッと僕に体を寄せると手を力いっぱい握ってきた。


少し震えている気がする、僕は何も言わずにその手を力一杯握り返した。


彼は僕達の様子を見ると楽しそうに言葉を続けた。


「……それに、バルストに奴隷販売が禁止されていると言っても、それは同胞の話だろう? 他種族に関しての記載は含まれていない。わが国の法では「民の奴隷化、販売を禁止する」だ。つまり他国から来た種族は含まれんと言うわけさ」


「それは、詭弁だ‼」


アスナの嫌悪感が含まれた怒号に彼は呆れた様子で答えた。


「詭弁ではない。解釈の違いだ。私は何一つ法に触れたことはしてないぞ?」


「なんだと……‼」


興奮した様子のアスナを僕は静止して冷静装いながら僕は言った。


「なるほど。あくまで合法と言うのであれば、あなたも法を守るべきでは? エレンさん達の返済期日はまだ残っています。その期間中の返済も認めないというのは筋が通りませんよ?」


「甘いな。君たちは今日ここにきておらず、私は返済について何も聞いていない。ドワーフの少女は返済期日が過ぎるまで行方不明になるのだからな。それから、そこにいる魔物も返してもらうぞ。それは、まぎれもなく私が捕まえた物だからな」


マレインは言い終えると片手を上げて合図をした。


すると、一階と二階の奥からごろつきのようなやつらが続々と現れた。


ごろつきの中にダークエルフはいない。


恐らくすべて他国から流れてきた冒険者の輩なのだろう。


彼は下卑た笑みを浮かべて言った。


「私は今、少々忙しくてね。ドワーフの小娘と魔物さえを置いて行ってくれれば、君達に手を出すつもりはない。恩を仇で返すようで悪いが、運が悪かったと思って引き下がってくれないかな?」


「……忙しいというのは、『ノリス』が捕まってあなたの後ろ盾がいなくなったからかな?」


僕の言葉にマレインは眉をピクリと動かしてから、険しい顔をして言った。


「……何を知っているのか知らないが、君たちを逃がすわけにも行かなくなったな。君のような勘の鋭い餓鬼は嫌いだ。お前達、やれ‼」


マレインの言葉を聞くと、集まっていたゴロツキ達がこちらに一斉に怒号をあげて向かってきた。


その様子にエレンが僕の後ろに隠れて泣き叫んだ。


「穏便にするんじゃなかったのぉぉおおおお⁉」


「いや、あいつは無理でしょ」


僕はエレンの言葉に軽く返事をした。


ディアナも僕の言葉に頷きながら、臨戦態勢になり言った。


「どの国にもクズはいるものです。ここは世直しと割り切りましょう‼」


ファラは変わらず、僕の手を力いっぱい握っているが深呼吸をすると力強く言った。


「同胞の華族にこのような人物がいたとは大変残念です。ですが、私がこの場に居合わせたことも何か意味があるのでしょう。アスナ、私の剣となってくれますか……‼」


「姫様……承知致しました。我が身を姫様の双剣として彼らを成敗致しましょう‼」


アスナはファラの言葉に力強く返事をすると、自らの怒りも込め帯刀していた二刀を抜いた。


シャドウクーガーも首輪を外すと体を大きくして、臨戦態勢になると耳を貫かんばかりに咆哮した。


「グァアアアアア‼」


その姿と咆哮に、ゴロツキ共は怯んだがすぐにマレインの檄が飛ぶ。


「怯むな、馬鹿者‼ 所詮は魔物と女子供だ‼ お前たちの数には敵うはずもない‼ やってしまえ‼」


こうして、マレイン・コンドロイの屋敷で戦いの火蓋が切られた。


「あ‼ 皆、相手を殺しちゃダメだからね‼」


僕の言葉に皆は何とも言えない顔をしていた。

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